3


 「片付いた。楽勝ってやつだ。ランデブーポイントを指定するから迎えに来てくれ」

ウィーランドが作戦本部に報告を行う。酒の密売人は例によってあっさりと捕まり、僕らは迎えの飛行機を待ちながら、秘密の息抜きを楽しもうというところだ。

 「カークス。右の箱だ。思いっきりぶち破ってくれ」

 すっかり日の沈んだ荒れ地のど真ん中で、密売人のトラックから品物の入った箱を頂戴する。僕らの任務は密売人の確保だが、運んでいるものの回収まではその内容に含まれていない。こんな東欧の辺境は、人工衛星を使った監視網の網に捉えづらく、僕らは仕事柄、隠れて悪さをするのが得意だ。ナノマシンのおかげで潜入捜査に使われる技術は大きく発展を遂げている。例えばフェイスカムは、その土地に合わせてナノマシンが顔を現地にいそうな風貌に変える。あるいはデータベースから指定した人物の顔へと作り変える。またはデータベースそのものをねつ造し、変装する人物を作り上げる。サイコドライバーはさらに、様々な人工筋肉製の機器をハックして攪乱性を高める。監視カメラの映像をごまかしたり、そのまま破壊したり、視覚補助デバイスを用いているものに対しては、デバイスをハックして別の映像を見せたりといった具合だ。機器は発達しても、いや、したからこそ、人の頭は固いまま発達せず、WHOの上層部は僕らが、本部に対してそういった技術とか裏テクを悪用して、隠れて酒やたばこを楽しんでいるとは考えていない。

 いや、彼らはそれをされても、どこかでセーフティがかかって自分たちに害を及ぼすことはないと考えているのかもしれない。サイコドライバーはきっと、本当にその気になれば安全機構とか監視体制とかそんなものたちはすべて吹っ飛ばすことができる可能性を秘めている。

もし自分たちが何でもできると気づいたら?

凛の言葉を思い出す。

 「大量ですよ!何語だこれ?これなんて書いてるんだ?これがビール?こっちがウォッカ?」

新顔の調査官のカークスが喜んでいる。テンションが上がって、バトラーが眼前に表示する情報を読み上げている。こういったことは新人のうちはよくあることだ。

 密売人は、護衛用として珍しく軍用の四輪駆動車と戦闘員を携えていた。車は軍の中古品を買い叩いたものだろう。酒やたばことは違って、軍用車は、その出所を調べるために本部に持って帰らなければならない。売買の履歴を調べて、芋づる式にテロ組織を検挙するためだ。酒やたばこはなぜこういった調査をしないかというと、それらの品物は年代物が多く様々な人の手を渡っており、その売買の履歴も膨大なものになっているからで、ブロックチェーンを1つ1つ調べていくと気の遠くなるような時間がかかるからである。また、密造酒はローテクで作られているものもあり、そもそもデータベースに照会できないというケースも多い。

 そういうわけで、ジャンケンで負けて車の運転役になったマルコ以外の三人で酒盛りが始まった。すべての車はハンドルを握った際に運転手の健康状態をチェックする。体調が悪いと車は運転できず、アルコールを摂取していた場合、即座にWHOに通報がいってしまう。この車にも人工筋肉は使われているが、軍に卸される車は流石にしっかりとシステムが構築されてあって、外から人工筋肉をハックするだけでは動かせないようになっている。ヒューマン・イン・ザ・ループと言って、その起動プロセスの中にハンドルを握るとか、鍵を回すとか、スイッチを入れるとか、そういった人間の行動を絶対に介するようになっているのだ。ただ、駆動系には人工筋肉が使われているので、やろうと思えば力技でセキュリティを突破して、無理矢理車を動かす事もできると思うが、時間もかかるし、そんな意味のないリスクを負うことはやりたくはない。

 「タイのビールかなこれは。アジア圏のビールは味が薄い傾向にある」

 ウィーランドがいつものように語っている。彼は脱法飲酒のベテランで、プライベートのデータベースの中に各国の酒のレビューを書いて保存しているくらいだ。僕が同じことをやろうものなら即、当局にバレそうだが、彼曰く、特別なコツがあるらしい。

 「3人方、レーダーに感ありだ。だれかスペシャルゲストを呼んだか?」マルコが叫ぶ。

 「規模は?」

 「車が3台。詳細不明だが、おそらく俺らが乗ってるのとおんなじだ」

飲んでいた缶を握りつぶして車に飛び乗る。カークスが本部に連絡を取り、マルコが車を急発進させる。

 「あの密売人のグループ、ずいぶん金をかけてるんだな。あの積み荷にそこまでの価値があるとは思えないけど」

がたがた道を飛ばしてることもあって、発音はほとんどできなかったがナノマシンが補正して、僕の言いたかったことを他の三人に正しく共有してくれる。

 「俺たちが知らないだけで何かあるのかもな。あるいは、今まで溜まったうっぷんを爆発させようと魂胆かもしれん」ウィーランドが答える。

今までWHOの調査官に殺されてきた売人の敵討ちを、そのまま調査官にしようとは、律儀な奴らだ。そういうのは無関係な市民をテロリズムで殺して訴えかけるのが世の常じゃなかったのか。都会でテロをするより、僕らを見つけて襲うほうが簡単ってことなのかな。

 「追いつかれますよ!マルコ急いで!」

「地元のPMCだ!奴らのほうが運転に慣れてんだよ!」

剣呑な雰囲気になってきた。僕はバトラーに装備の状態をもう一度確かめた。

 ウィーランドの提案で近くの森林に突っ込むことになった。3台の車も当然追ってきて、森を目前にして、ギリギリ目視できるくらいの距離まで近づいてきていた。

 先頭の車のサンルーフが開く。拡大して見てみると、ごついロケット砲を持った男が出てくる。

 「オーガニックランチャー・・・ッ!」

生体工学を用いた兵器。人工筋肉によって飛行機と同じように変形し、不可解な軌道で対象物へと着弾する弾頭だ。それが今、連中の手から放たれた。

「陸人!」

「間に合わない!」

「クソッ!ハンドル!」

「当たるぞ!伏せろ—―」


 バトラーが五体満足を伝えてくれる。車はオシャカになったが、他の隊員達も無事のようだ。そして、追手も当然来ている。森の中に突っ込んで身を隠せたのは幸運だった。

オーガニックランチャーの弾頭にハックをかけ、軌道をずらそうと思ったが間に合わなかった。アルコールのせいかもしれない。

 「散開して戦うしかないな。死ぬなよ」

 バトラーがアドレナリンを脳内に分泌させる。僕らは森の奥へと進んでいった。


 他の隊員の反応が途絶えた。EMPを使われたのか、あるいは単純に整備不良でもあったのだろうか。とにかく通信などの一部機能が作動しなくなった。背中に嫌な汗が流れる。地の利は敵にあって、僕らは連携が取れない。バトラーが僕の心拍数をモニタリングする。大丈夫だ。薬のおかげもあって落ち着いたままでいられる。

 月の光の届かない真っ暗な森でも、ナノマシンが補正してくれるお陰ではっきりと周りが見える。GPSは使えなくなったが、こういう時のために周囲の地形図は叩き込んであった。

 向こうにもサイコドライバーがいたら、本当に終わりだな。ゆっくりと風下を移動しながら僕は考える。しかし、あんな小物の商人のためにわざわざ出張ってくる理由がわからない。ロケットをぶっ放されたときに奴らの車と砲手の外見を確認できた。車はそこそこボロの中古。砲手は、浅黒い肌をした、地元の人間だった。フェイスカムを使って、カモフラージュしている可能性もあるが、車と釣り合わない。あれはWHOでも選ばれた特殊調査官しか使えない高価な装備なのだ。奴らはどう考えても地元の零細PMCだ。ロケット砲もデッドコピーの安い使い捨てのものだった。弾頭は別だが、発射機には有機化合物を素材として使っていないので、生分解されず、適切な処理がされなければごみとして一生残り土壌を汚染する。銃も安物の粗悪品。それらを使って、時折彼らのテリトリーを通るよそ者を誘拐しては、身代金を要求することで糊口をしのぐ。WHOが普段は気にも留めない組織だからこそできる稼ぎ方だ。

 サイコドライバー適性のある国民の数を公表している国はない。僕はアメリカ国籍を持っていて、アメリカ軍所属ではないけれど、特殊部隊としてアメリカ軍と共同作戦を行う機会が多いので、そこそこセキュリティレベルの高い情報にアクセスできる。なのでアメリカにだいたい何人サイコドライバーがいるか知っている。比率で考えると、新ヨーロッパ共同体の総人口はアメリカのそれより少ないし、ロシアは領土もかなり広いので人口もかなり多いが、いくら田舎とはいえ、サイコドライバーが食い扶持に困って東欧諸国に不法入国し、PMCとして出稼ぎをしているというのはえにくい事態だ。この場に僕以外のサイコドライバーがいる可能性は極めて低いと考えられる。僕らは結構貴重な存在なのだ。

 なるべく風を肌で感じるようにしながら移動を続ける。バトラーは律儀に風向きと風速をモニターし続けている。ナノマシンの普及で、僕ら人間のいわゆる動物的感覚というものはずいぶんと衰退したと言われている。それでも僕は、機械的に計算される数値よりも、本能的な感覚で感じることのほうが信頼できると考えている。その感覚というのも、ドーピングされたものではあるのだけれども、サイコドライバーなんていうオカルトな存在がうまれるくらいなのだから、人間のプリミティブなセンスというものは機械にいまだに引けを取らない、いや、引けを取らないよう進化しているのだろう。

 ピリ、と毛が少し逆立つような感覚を覚える。ライフルの引き金に指をかける。ゆっくりと、ゆっくりと、あたりを付けた場所に回り込んでいく。

 約100m先、男が二人いる。こちらにはまだ気づいていない。何か話しているようだがここからでは聞き取れない。予想通り、粗悪な装備を付けていた。安物の銃はサイコドライバーに乗っ取られることを想定していないため、ハックに対するプロテクトがかかっていない人工筋肉がふんだんに使用されている。バトラーが銃までの距離を算出する。身を隠したまま銃を凝視する。あの銃は広く使われているものなので、ハックの感覚もよく知っている。

 流れ込んでいく感覚。自分がドロドロと溶けた流体になって、筋繊維へと溶け込んでいく。水よりもっと粘性の液体、言うなれば肉の混じった血液で満たされたトンネルを猛スピードで泳いでいくような。そのトンネルには出口はなくて、ただ流れていく。流されていく。

僕には自分がこの血の海のどこにいるかがわかる。これは感覚的なことだが、どこに行ってどう念じればこのデバイスを操ることができるかが理解ができる。それがサイコドライバーだ。

 ここだ。僕は目的の場所に到着する。この手の銃の道筋は完全に理解している。僕は暴発しろと銃に念じる。

 奥の男が握っていたアサルトライフルが派手に破裂する。指が吹き飛び、骨が露出し、血と肉が顔まで飛ぶ。男達はそれを呆然と見つめている。

 その隙に彼我の距離を縮めた僕は立ち上がる。頭めがけて弾を放つ。銃弾が到達した男たちの頭は、一瞬ちいさくぷくりと膨れ上がった後、破裂した。彼らは死んだ。

 これで2人。4人乗りの車が3台だったから、残り10人。1人でやるにはちと厳しい量だ。銃が爆発した音を聞いて援護を開始してくれると嬉しいけど…連携が取れないのは痛いな。銃声を聞いて敵も集まってくるだろう。こっちが先に相手を見つけられさえすれば、1人でもなんとかなる。とにかく移動しなければ。

 木々をかき分けて動こうと思った瞬間、背後からノイズ音が聞こえた。無線機の音。しめた。自分たちがジャミングの影響を受けないように用意していたんだな。

 死体の持っている無線機から声が聞こえる。

 「どうした!何かあったか!」

 あったに決まってるだろ。僕は無線機の中に飛ぶ。肉の海をくぐり抜け、目的地を目指す。僕が念じると、無線から大音量のノイズが流れる。森の中からノイズが聞こえてくる。音が発生した地点が地図にスポットされる。点は8つ。予想通りの数だ。後はスピード勝負。

夜の森は悲鳴と血に染まる。


 「7だ。今ので7人目」

 「そうか。俺らで3人やったからこれでピッタリ10人だな」

6人目を殺したくらいでウィーランド達と合流できた。僕らは、運良く誰も死なずに済んだ。

今撃った男を見遣る。浅黒い肌をした男。科学技術がいくら発展しても、人々の格差は埋まらないどころか、ますます広がっている。そしてその差はサイコドライバーの出現で、努力によって埋められないところまで来てしまった。才能もなく、満足に教育を受けられずに、自分の命を危険に晒して、他人の命を奪ってしか生計を立てられない人達。それでいて、糊口をしのぐ程度の金しか得られない。僕らがやっていることも本質的には変わらないはずなのに、得られる対価には随分と差がある。

自分で殺しておいて同情も無いな、と男から目を外そうとして、ふと男の首元の刺青が気になった。三角形の中に黒い丸。そういえば何人目かに殺した男も、同じ刺青を入れていた。

「ウィーランド、あの刺青見たことあるか?」

「どれだ?」

僕はしゃがんで、男の首元を指した。

「これだ。何か、どこかで見たことある気がするんだけど」

「さあ…知らないな。三角と丸だ。簡単なマークだし、なにかと間違えておぼえてるんじゃないか?」

 「そうかな。なんか宗教っぽくないか?こんなの無かったっけ?」

 宗教。自分でそう言ってから、少し考えてしまう。何者かの大きな意志に自分をゆだねて、その何者かを完全に信頼して、もっと言えば、流されて生きるのは楽だろう。今の世の中はほとんどの人間がそんな感じだ。ナノマシンとそれを使った過保護な社会は大きな1つの意志で、しかもそっちの方から僕らを囲みに来ている。人間は弱くて脆いから、私たちにゆだねて下さい。僕もゆだねている内の1人だ。ナノマシンと投薬とカウンセリングで人を殺しても傷がつかないよう保護されている。そして、なぜ殺すのかという事も深く考えることは無い。

 薬が切れてきているのだろうか。思考が進んでいく。人を殺すという事は、元来とても恐ろしいことのはずだ。それでも僕らは何事も無いようにそれをこなせるようにされている。心が壊れないようコントロールされている。でも、自然なのは壊れる方のはずだ。僕らは感情をコントロールしているのではなく、できないのだ。そしてそれは歪に育っている証左に違いない。自然に反して生き続けて、僕らは人間で居続けられるのだろうか。

 「陸人、どうした?大丈夫か?」

 ウィーランドが心配そうな顔で僕を見ている。

 「ああ、大丈夫だ。ちょっと疲れたかもな」

 ならいい、とウィーランドが言って、僕らは森の出口に向かって歩き始めた。

 風は吹いておらず、森の中にはほとんど音もない。木々に遮られ、月明りもあまり差し込まなかった。僕はこの森の中で死んでいく彼らに思いを馳せた。


 「さっきナイトオウルの中で言ったよな。歴史や文化が伝承されていれば、それは真の絶滅ではないって。俺らが殺した連中はどうなんだろうな。彼らにも文化があって…でもナノマシンが塗りつぶしてしまったのかもしれない。それで彼らが生活のために...明日を生きるためだけに銃を握らなければならないのだとしたら、彼らの生きている意味はあるんだろうか」

  僕は歩きながら、ウィーランドにそう聞いた。

自分の生きる目的を決められるというのは、彼らの目線からすれば贅沢なことなのかもしれない。彼らには未来を考えているような余裕はない。ただ少しの金のためだけに銃を握り、人の命を奪い、時に仲間を裏切る。そして得られる対価は極めて少ないものだ。

パンデミック世界中のすべての国に大打撃を与えた。それでもアメリカは先進国でやっていけている。アメリカ国民は最先端のテクノロジーの恩恵を存分に受けて、何不自由なく暮らしている。破壊や変革といったものはいつも弱者側に大きな影響を与える。

ウィーランドは振り向かず、歩きながら答えた。

 「さあな…。そんな哲学的な問いをする暇もないのかもしれない。あるいは、気付きながらも無視せざるを得ないのかもな」


マルコが車を回して来てくれたので、それに乗ってランデブーポイントまで移動した。ナイトオウルがステルスを解き、唐突に空中に現れた。低い音を立てながら、ゆっくりと着陸する。この間見た昔のSF映画に出てくる飛行機みたいだな、と僕は思った。

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