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 「君は自由を感じているかい?陸人。日々を自分の意志と選択で生きていると言えるかい?」

 凜は僕にそう問いかけた。教室には僕と彼女の2人だけがいた。

 高校生の時のことはよく覚えている。僕は平凡な生徒だった。ゆかりちゃんは…当時から美人だった。そして、件の人物、橘凛は…僕は、その実、彼女のことを全く理解できていなかったのかもしれない。ただでさえも周りから浮いてる日本人の中でも、彼女は特別変わった人物で、それでもハイスクールでの3年間はいつも僕とゆかりちゃんと彼女の3人でいたから、僕と彼女は何かしらが通じ合って、何処かしらで理解しあえているものだと思っていた。

彼女、凛が僕の方に振り返る。綺麗な黒髪がなびいて、シャンプーの良い香りがした。バトラーが分析して、なんの花の匂いを成分として使っているのかを教えてくれた。彼女は僕のツッコミを無視し、自論の展開を続けた。僕はと言うと、彼女が何を言っているかも分からなかったので、ただボーッと彼女を見つめていた。

 「君の今日のコーディネイトはどうやって決めたんだ?」彼女が続ける。「昼ご飯は?自販機で買ったジュースは?バトラーが言うままに決めたんじゃないか?」

 「...まあ、そうだな。服もそうだし、ごはんでもなんでも、こっちが頼まなくても、レビューやら情報をバトラーが勝手に表示するから、それを見て決めるっていうのは、別に僕だけじゃなくて皆そうだと思うけど...ていうか、怒られてるの?これ」

 「いいや、怒ってないよ。確認だな。私たちは自由に生きていない。バトラーの勧めるままの行動をしている。本当は自分では何も選択していないのに、選択した気になっている」

 「君の言う自由っていうのは、あの自殺未遂の事か?」

凛は2度、自殺未遂を起こしている。1度目は9歳の時。ジャングルジムのてっぺんから飛び降りた。彼女の体が宙に浮いて、頭から地面に落ちる寸前に、ジャングルジムはその姿を柔軟に変え、彼女の体を優しく受け止めた。自動的に親に連絡が行って、こっぴどく叱られたらしい。その頃から友達だったゆかりちゃんにも、何も伝えていなかったので、ずいぶん泣かれたらしい。

2度目はつい最近、17歳の時だ。

 「悲しいね。私の身体は私のものじゃないんだ。価値観を押し付けられているんだ。死は不幸なことで、生こそが至上の喜びだと。私は本当に死のうとしたわけではないんだけどね」

「2度とやるなよ。ゆかりちゃんがどれだけ悲しむか...もちろん、僕もだ。怒るからな」

 彼女は一瞬あっけにとられたような顔をして、口を押えてくつくつ笑い出した。

 「そうか...そうだね。ごめん。怒られて当然の行為だな」

彼女はこほんと1つ小さな咳払いをして、息を整えた。

「とにかく、私の言いたいことは、今の世の中は過保護が行き過ぎて馬鹿馬鹿しいってことだ。それも本当の意味での保護なんかじゃない。私は私の思う通りに生きたいのに、それすら許されないのは腹立たしい話だ。でも、ほとんどの人間は過保護を受け入れている。けれど本当はなんでもできるんだ。しかも簡単に。私たちは自由に選択して行動することができる。そして裏を返せば、できると気づいたら、やらずにいられないのも人間だ」

「考えすぎじゃないか?」

「ゆかりも同じ反応だったよ」

凛はそこで一息置いて、僕と目をあわせて話を続けた。

「サイコドライバーのことを考えれば考えるほど怖くなる。もし誰かが、自分たちがどれほどの事をできるのかと気づいてしまったら?人間は試さずにはいられない。きっといつか恐ろしいことが起きる」


「どうして凛はサイコドライバーになることを選んだんだ?どうして恐ろしいものになろうとする?」

「私は体験主義なんだよ。人種的には違うが、生まれも育ちもアメリカだからね」

なんとなく気になって、バトラーで凛の人種を調べようとして、やめた。なんだかデリカシーに欠く行為な気がしたからだ。

僕らのほかに誰もいない教室で、凛は語りを続ける。ゆかりちゃんから、生徒会の仕事が長引いて、待ち合わせに間に合わないことの連絡と、そのことについての謝罪が来た。

 「サイコドライバーは恐ろしい存在だよ。本当に恐ろしい。ただでさえ強力すぎる力が、今後さらに進化していってしまったら、なんて考えたことあるかい?もしもっと大きな力を手に入れたら、サイコドライバーでない人類は支配されて、淘汰していってしまうのかな...」

 「考えたこともないな。でも、サイコドライバーは軍とか、WHOに使われる存在じゃないか。それが進化していったとしても、それを抑えるテクノロジーだって同じくらいの速度で進化していくだろう」

 「さあ...私の取り越し苦労かもね。けど、最悪の事態っていうのは結構起きるものだからね...。それと、寂しいだろうな。力を得るっていうのは。何か、他の人ができないことができるようになるっていうことは、その、他の人たちのコミュニティからの離脱を意味する。サイコドライバーのことはサイコドライバーしか理解できない。その中でも熟練の者と、未熟なもので階層が分かれていくだろう。孤独だ。君とゆかりがいて本当に良かったよ」

 

「陸人は卒業したらどうするんだい?」

さっきまでの話題とは打って変わって、あまりにも普通な学生の話題だったので、僕も少し笑いそうになってしまった。

「WHOだよ。酒やタバコを取り締まる、正義の調査官。給料も結構良いんだぜ。」

「そうか。それは良い。君なら立派にやり遂げられるよ」

 彼女はそう言ってにっこりと笑った。本心からそう思っているよう見えた。

「凛はどうなんだよ」

「秘密」

これもデータベースに検索をかければすぐにわかることだ。登録していればだが。でも僕はそうしなかった。友達だから、彼女の意思を尊重したかった。

「そうだな…どこか旅に出るよ。自分の役割を探したいんだ。陳腐な言い方をすると、自分探しの旅っていうやつかな。自分がどこにだったら命を掛けれるかっていうのを、一応もう1度探してみようかとは思う」

また変なこと言ってるな、と僕は思った。彼女は普段から変なことばっかり言ってるので、それが平常運転だった。

バトラーが、ゆかりちゃんから通話が来たことを知らせた。生徒会の仕事が終わった連絡と、謝罪がまた一つ。凛も誘って、3人で帰ることにした。

次の週、卒業式が終わったあと、凛は消息を絶った。僕は彼女の所在を探ったが手がかりは見つからず、彼女の情報は、彼女が死んだということになっていること以外、データベースから消えていた。

3年経った今でも、彼女は見つかっていない。

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