第12話 甘い物好きで辛い物好きで珍味好き
……微妙な空気が流れ始めておよそ30分が経った。ん? 微妙な空気ならとっくの昔に流れ始めてたか。なら、英治が物騒な宣言をしてからって事になるな。
狂気さえ感じられる気配を出していた英治が沈黙を破った。ようやく正気に戻ったよ、コイツ。
「……ごめん、取り乱したね」
「全くだ。結局のところ、方針だけで今後の行動に関しちゃ何も決まってないんだからな」
批判する俺に英治は苦笑いをして見せた。美優は微妙な顔をしているし、ユキさんは戸惑うばかり。纏まりがあるとは言えないな、俺達。
しかし、何も前に進んでいないのは事実だ。この世界から未来人達を追い出すって言ったって簡単じゃない。おまけに俺達4人で何が出来るというのか。確かに英治はキーマンなんだろうが、何か力があるわけではない。そもそも未来人がこの時代にやってくる為に使ったタイムマシンだってどこにあるか分からない。コイツのことだから、タイムマシンさえ壊せば未来人への対応は各国の政府がしてくれるだろうとか考えてそうだけども。
「そうだね……今のところは様子見かな」
「その心は?」
受け身になることを提示する英治に対し、美優が問う。
「動いたらここがばれるかもしれないし、動くにしても情報が少なすぎるからだよ。残念ながら状況は最悪なんだ。動けば動く程不利にしかならない」
「そう……なんだ」
「…………」
英治の消極的な言葉に、ちょっとばかり意気込んでいた美優はがっくりと肩を落とした。ユキさんも少し残念そうだ。何か期待していたのかねぇ……
「さて、やらなくちゃならない事が無いなら飯にしようぜ。もう夕方だ。いい加減腹が減った」
「ハァ……まぁ、いいや。英治、非常食って言ってたけどどんなのがあるの?」
「えーっと何だったかな。確か缶詰とかレトルト食品が中心だったと思うよ」
俺は、後ろにあるクローゼットを開けて物色する。ウォークインクローゼットのようになっており、とても広いようだ。
何なに……レトルトカレー激辛味にハバネロカップラーメン、唐辛子のタバスコ漬け?
「おい、ちょっと待て。何だこの辛党の宝庫は! 最後の奴なんて激辛味じゃないよな! 激辛そのものだよな!」
後ろを振り返ってみれば、英治が気まずそうに目を逸らしていた。
「……うちは辛党の家系なんだよ」
「それにしたって酷すぎるわ!何だよタバスコ漬けの缶詰って! 初めてみたわ!」
「あぁそっかぁ〜浩介は辛いの駄目だもんねぇ〜」
「…………」
「ギィャァァァァ!」
俺は思わず頭を抱える。美優がニヤニヤしながらからかってくるが言い返す余裕なんて無い。
そう、俺は辛い食べ物が苦手なのだ。唐辛子など天敵と言っても良い。カレーは甘口、麻婆豆腐は卵とじにして食べてきたのだ。そんな俺がハバネロラーメン? 俺に死ねと言っているのか?
「あ、こっちにはロシアンたこ焼きキットがあるわよ」
いつの間にかクローゼットを漁っている美優が余計な物を見つけて喜んでいる。お前はお前で苦いのも酸っぱいのも嫌いだろうが。……ゴーヤの酢漬けとか無いかな。
そういえばユキさんは辛いのとか食べられるのだろうか、そう思って目を向けると案外平気そうな顔をしていた。いや、余程の辛党じゃないと涙目で水をガブ飲みすることになると思うんだけど。
お?
「ハハッ、なら美優はこれを食べたらどうだ?」
精一杯声に嫌味を乗せながら美優に1つのカップラーメンを差し出す。
「ナニソレ……」
「読めるだろ?『超濃厚!レモネードラーメン』だってさ。果汁100%らしいぜ? それにこっちは『苦味MAXブレンドコーヒー』だ!」
キッと睨むように美優は英治に振り返る。しかし、英治はまたも気まずげに目を逸らした。
「父さんは酸っぱいもの好きでもあったんだ……」
「そういえば誠一さんってコーヒーは甘いのが好きだったよな」
「……コーヒーは僕の趣味だよ。父さんはカップ1つに5個は角砂糖を入れるくらいの甘党だからね」
「その上にミルクも大量に入れてたわよね。コーヒーの成分の方が少なかったんじゃ無いかしら」
そうだ、そうだった。それだけ甘いコーヒーしか飲めないのに何で辛党なのか理解出来ないよなぁ。昔、誠一さんに聞いてみたら、辛いのを食べていたら段々甘く感じるようになるんだよ、て言われた。それを聞いたときにこの人は変人なんだって理解したよ。
「で? みんなどれを食べる?」
結局のところ英治とユキさんは激辛カレー、美優はカレー味のカップラーメン、そして俺は何故かあったグレープフルーツを食べることになった。何で俺のだけ料理じゃないのかって? 省エネすべきなのにこれだけ冷蔵庫に入れて保存していたからだよ! というか何で英治も酸味が苦手なの? 食べられるの俺だけじゃん!
腐ってしまっては勿体無いし、渋々食べる事にした俺だが聞かずにはいられない。
「なぁ、何でこんなに保存食がある中でグレープフルーツっていう果物なんか置いてんの?」
「……新鮮なジュースが飲みたかったんだって」
英治が遠い目で答える。いや、だからって果物を数年保存できる保管庫なんて作るか? 常識が通じないのは分かっていたが、非常識にしても異端である。しかし、誠一さんが酸味好き理由は聞いたことが無かったので、謎は永遠に謎のままとなりそうだ。
因みに、食料庫と呼ぶ事にしたクローゼットには、匂いがキツいことで有名なシュールストレミングまで置いてあった。暗黙の了解でそれに触れない事に決まったのは言うまでもないだろう。逃げ場のないここで匂い地獄なんて御免だ。
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それぞれが食品を温めたり、お湯を注いだりする中俺はグレープフルーツを頬張る。すると、英治がお茶を入れたビーカーをこちらに寄越してきた。容量は500ml。
「ああ、ありがとう……っておい!これさっきまで塩酸とか入れてた奴じゃないよな!飲んでも大丈夫だよな!」
「……大丈夫だよ。安心して飲んでくれ」
「今の間は何だ!」
「うるさいわねぇ、お茶入れてもらったんだから礼の1つくらい言いなさいよ」
「言ったよ!」
結局はぐらかされてしまったが、恐る恐る飲んでみるとお茶は普通に美味しかった。変な酸味や苦味は無い。
「それは飲み物用のビーカーなんだ。安心して良いよ」
英治が何か言っているがもう気にするまい。
ガタッ
ユキさんが突然テーブルに突っ伏した。手探りで自分のビーカーを掴み、一気に飲み干す。彼女は涙目になっていて顔は真っ赤だった。
「ユキ、もしかして辛いのダメだったの?」
「…………」
美優が問いかけるが、ユキさんは答えない。その様子を見て英治が納得のいったように声をかける。
「ユキさんは辛い食べ物を食べた事がなかったんじゃないかな」
「えぇ! そんなことって」
あるの、と続けようとしていた美優は英治の言葉に頷くユキさんを見て口をつぐんだ。
まあ、当然の反応だよな。俺だって食べたことが無いのだとは思わなかった。てっきり想像以上に辛かったのか、それとも辛いのが苦手だと言い出しにくかったのだろうと思っていた。ここにいる者の中で彼女だけが特別付き合いが無い。出される食事に要望なんて言えない事だろう……そう思っていた。
「そっか……なら、数少ないまともな食事はユキさんに回そうか」
数少ない、の部分で英治の顔を見たのだが、特に意味の無い笑みで流された。しかし、これがまた思わぬところで暴発する。
「…………」
「コラッ! 意地悪な言い方をしない!」
英治への口撃をユキさんは自分に対する苦情と捉えたらしい。流れ弾に当てられたユキさんは俯いてしまった。心なしか震えてすらいるように見える。そんなユキさんを庇って美優がこちらに牙を剥いた。
「ご、ごめん……ユキさんに言ったんじゃなくて英治に言ったんだ。コイツの家系が辛党で甘党で珍味好きでなけりゃ激辛カレーなんて食わないで済んだんだから」
「そうか、なら浩介の今後のご飯は水と氷だけで良いね?」
「ちょっと待て。確かに水と氷は辛くないし甘くないし珍味でもないが無個性過ぎるだろ! 味気なさ過ぎて、むしろ尖ってるわ!」
「はぁ……贅沢言うなよ浩介。ユキさんだって我慢してくれてるんだよ?もうちょっと彼女を見習ったらどう?」
悪びれもせずにそんな事を言い出す英治。表情からも分かるが、これは完全にふざけている。冗談の類だ。
何と言い返そうか考えていると、英治が満足そうにしている事に気づく。時折向ける視線を辿れば、ユキさんが頬を緩ませていた。今までずっと真顔だっただけに、緊張がほぐれた事が手に取るように分かる。
フォローしてくれたのか。
ありがとう、と視線を送ってみると英治は目を閉じて軽く首を振る。なんて事ないよ、とでも言いたげだ。
余裕のある彼の様子に若干腹が立つものの、俺の頭には別の事がよぎっていた。
内容は無論英治とユキさんの事である。美優は何故か納得しているようだが、ユキさんがここにいるのはどう考えてもおかしい。そもそもこの辺りの住人ですらない出会ったばかりのユキさんをこんな場所に連れてくるのも分からないし、ユキさんだって知らない相手にホイホイとついて行くのは不自然だ。
まあ、ユキさんの方は主張が弱いから場に流されてというのも理解できる。しかし、英治が何で秘匿すべきこの場所に会ったばかりの人間を連れてきたかは説明のしようが無い。俺達はまだ彼女の人となりを知らない。どういった人物で、どういった立場にいるのか。仲間とも友人とも言えず、知り合いというにも微妙な彼女を何故強引とも取れるやり方で引き入れたのか。
それに、何故かユキさんの意図を英治は正確に読み取っている。さっきだって、ユキさんの反応からあの答えが出せるのはおかしい。まるで彼女の事を前からよく知っているかのような……いや、それは無いな。英治の交友関係の狭さは折り紙付きだ。外国人の知人なんて出来る余地はない。が、ただの勘や偶然とはとてもではないが思えない。
考えても、考えても答えは出ない。結局感じる違和感が形を得る事はなく、俺の頭の中では何かが噛み合わないでいた。
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