第10話 もうこれ以上奪わせやしない
「ほとんどの確率で泥仕合になるだろうね」
英治はニヤリと笑いながらそう言う。
私にはイマイチ笑いどころが分からなかったが、浩介にはその意味が伝わったらしく溜息を吐いている。
「両者が決め手に欠けていて、なおかつ焦りがある。僕らにも何か出来そうじゃないかな」
「何かってなんだよ何かって」
「そりゃあ、もちろん未来人を追い出すか孤立させるのさ。さっき言ったよね」
英治はさも当然の事のように言う。それに対して、浩介はやはり頭を抱えているようだ。
「だからどうやって?」
浩介の一言には私も内心同意した。この話の流れは理解したが、過去と未来による戦争の最中に私達が出来る事なんてあるようには思えない。
「それは勿論、これを使ってさ」
英治はそう言って自分のカバンから紙束を取り出す。かなりの量だ。レポート用紙のようだが、A4サイズの紙が30枚くらいある。
「それは?」
私は思いきって英治に問う。何かが書き込まれているのは分かるが、その内容はあまり見えていない。
「その質問に答える前に1つ話しておくことがある。美優や浩介には前に僕が未来人の探す『楠木英治』とは限らないと言ったよね」
私と浩介は目を見合わせて頷く。公園でユキと出会う前に、確かに英治はそう言っていた。ユキは初耳だからか、少し話についていけていない様子。後で教えてあげよう。
「あの時はまだ僕も疑っていた。けれど、ようやく確信出来た。まず間違いなく僕が『楠木英治』だ」
隣で息を呑むのが分かる。ユキは今までよく分かっていなかったらしい。
……やっぱりこの子とは話が合うかもしれない。そもそも英治や浩介が頭の回転速すぎるのよ。なんで推理小説読んでて探偵役より早く犯人が分かるか私には理解出来ない。
「なんでこの結論に至ったのか順を追って説明しようか」
英治が私達の前に指を一本立てる。
「まず第一に、楠木英治という名前の人物が希少だって事。そもそも現在楠木姓は5世帯しかいない。そのうちで英治という名前の人がもう1人でもいるかな?」
う〜ん、確かに居なさそうな気がする。しかし、納得するのはまだ早い。英治が『楠木英治』である理由としては弱いし、何より英治が『第一に』と言ったところだ。
私達は大人しく続きを待つ。
「第二に公園で対峙したロボット。あいつ、僕を見てこう言ったんだ。『楠木英治』か、てさ。彼らは未来から来たんだ。当然彼らの世界にも僕は存在していて、そして死んでいるんだろう。なら、虹彩だったり声紋といった個人を特定する情報はあってもおかしくない」
浩介が唸りをあげる。
英治が言っている事は分かった。というかそもそも私は最初から英治が『楠木英治』だと思っていたのだ。今更のように感じる。しかし、疑り深い英治と浩介にとっては必要な事なんだろう。
「そして第三、これだよ。まぁ、まだ未完成なんだけどね」
英治は紙束を摘み上げ、テーブルの中央に寄越す。表紙には「タイムトラベル理論」と書かれている。
……タイムトラベル?
私にはそれが何を意味するのかが分からないでいたが、浩介とユキには分かったらしい。2人の反応はそれぞれだったけど大きな事には変わりなかった。
「…………」
「それが、英治を狙う理由か?」
ユキは顔を青ざめ、浩介は心底驚いた顔で英治に尋ねる。
話についていけない私は2人の反応について考えていた。
浩介の反応は至極当然のものだ。いきなり「タイムトラベル」がどうとかという紙束を見せられて驚く以外にどうしろというのか。
……いや、何だか違う理由で驚いていそうだけども。
けれど、ユキの態度に私は首を傾げる。彼女もまた浩介と似通った反応を見せるだろうと思った。しかし、今彼女は青ざめて英治の見せた書類を見つめている。「タイムトラベル理論」とはそんなに不味いものなのだろうか。
「ああ、間違いないだろう」
英治は浩介の問いを肯定する。
「なんでそれが英治を狙う理由になるのよ」
私は疑問に耐えきれず口を挟んだ。それに対して英治は苦笑いしてみせ、浩介は肩を竦めて説明しだした。
「え〜っとだな、簡潔に言えば英治が将来タイムマシン、もしくはその設計図を作るかもしれないからだよ」
「どうして?」
「英治が作るかもっていうのは後から考えた辻褄合わせだけど、実際のところその可能性は高い。そうじゃないと筋が通らないところがあるからな」
「…………」
ま、不味い。頭が痛くなってきた。
「おーい、もうちょっとだけ集中しろ。まず1つ目に、何故『楠木英治』を奴らが求めるのか、だ。これに関しては直ぐに答えが出る。『楠木英治』が奴らに出来ない事を成し遂げた歴史上の人物だからだ。俺達にとっては未来でも、奴らにとっては過去だからな。まだ起こっていない英治にまつわる出来事も奴らは歴史を紐解けば知ることができる」
うーん……理解出来たような出来ていないような……
私の内心が分かったのか、浩介は溜息を吐く。
「ハァ、とりあえず続けるぞ。じゃあ『楠木英治』に出来て、未来人に出来ない事は何か。それこそがタイムマシンを作ることってわけだ。これはまだ仮定だが、そもそも未来人の科学力ってそこまで高くないんじゃないか?もし俺達より遥かに上を行くんだったら英治を求める理由が無くなる。わざわざ英治を攫わんでも自分達で作ればいいんだからな」
英治は説明をしている浩介を見る。しかし、どこか上の空のような気もする。
「つまり、実物があるのに解析できず原理が分からないから再現出来ない、タイムマシンを作らせて次に資源が枯渇するときに備えようって事だ!」
浩介は自信があるのか、声に勢いがのっていた。
「資源は欲しい。けど、それが無くなった時の保険も欲しい。だからタイムマシンを作る科学技術を得る必要がある。そして英治を狙う事にした、これが未来人の目的のはずだ」
浩介は採点を求めるように英治を見る。しかし、英治は苦笑いを浮かべるだけだ。
「おおむね合ってるよ、浩介」
おっと、嬉しそうだ。
「けど、まだそれじゃあ足りないね」
肩を落とした。
「いや、浩介の言った事を否定するわけじゃないよ。ただ補足するだけ。例えば、僕の身柄を確保しようとする所とかかな」
英治は一度ユキの方に目をやる。
……なんでこのタイミングでユキを?
「彼らはタイムトラベルする技術が欲しい。そこに『楠木英治』という個人は含まれない、とかね」
「?」
「まぁ、つまりだ。彼らの要求は正確に言えば『楠木英治』じゃなく、『楠木英治が持つ脳』だけなのかもしれないという事さ」
「「!?」」
どういう事……それってつまり英治の発想力とかが移植できれば英治自身は用済みって事? でも、そんなこと出来るの?
私の顔に疑問が浮かんでいるのを読み取ったのだろう、英治はその疑問に答える。
「相手は未来人。この世界からどれだけ進歩しているかは分かったものじゃないよ。確かに、ロボットが現代にあるのと同じような銃火器を持っていたあたりを考えれば進歩していないように思える。もしくは進歩したが退化したか、だね。けれど、それはその分野に限った話だ。武器は発展しなかったけれど医療技術は大いに進んでいる可能性だってあるんだよ」
ここまで話して英治は一息ついた。そしてまた口を開く。
「話を戻そうか。彼らはこの世界の資源が欲しい。そして、『楠木英治』を捕らえたい。けれど、既にこの世界にいる彼らの祖先にあたる人類が邪魔だ。なら、次に彼らが取る行動は戦争。宇宙空間での戦闘が現代人に出来ない以上、この惑星の全てが戦場になり得る。特に、『楠木英治』がいる可能性の高い日本以外は激戦区になるだろうね」
「そんな……」
英治の言うことはその一つ一つが正しくて、目眩がするほどに残酷なものだ。平和的な解決なんて望むべくも無くて、殺すか殺されるかしか無いと彼は言っているのだ。それも遠くない未来に私達はその選択を強制される。逃げ場は無く、逃避は不可能。フィクションでしか戦場を捉えず、長く戦争を知らないこの世代の人類に、運命は厳しく問いかける。
「別に、未来人が資源不足に陥ってこの世界に資源を求める事を否定はしない。奪おうとする事も間違っているだなんて何も知らないくせに言うつもりなんてないよ。きっと彼らにも守らなくちゃならないものがあるんだろう。けど……」
「けど?」
私はその瞬間、問い返した事を後悔する。彼の口調が、雰囲気が、変わった。
「僕の大切なものに手をかけようとするなら許さない。他の全てはどうでも良い。何がどうなろうとも、相手が何であろうとも……だ。もうこれ以上奪わせはしない……!!」
英治は、張り詰めた空気と共にそう言った。いつもの柔和で穏やかな彼とは違う。明らかに敵意を含んでいる。
私と浩介は、そんな彼を見て心が痛んだ。今の彼にはきっと私達が声をかけても届かない。
ユキが怯えている。きっとここまで強い心の歪みを見た事が無いのだろう。
けれど、これは止められない。英治が自然と落ち着くのを待つしか無い。
いつか……彼が救われる日は来るのだろうか……
英治の持つ、この執念にも似たこれが発生したのはもう10年前になる。
かつて起きた彼の悲劇を私は静かに思い出す。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます