第9話 ほとんどの確率で泥仕合になるだろうね

 結論から言おう。研究所はとても快適空間だった。研究所は、な。4人の空気にとても気まずいものが内包されていたのは言うまでもないだろう。


 さて、この研究施設だが実際は居住区もしっかりしていて人数分の寝袋もあった。流石に布団やベッドはないが。まぁ部屋が3つあって風呂トイレ完備なだけでも御の字だ。文句は言うまい。


 そもそもこのご時世に赤外線センサーやらの技術を駆使しても見つからないレベルの隠し部屋なんて都合のいい物がある方がおかしいのだ。……ほんと何してんの、誠一さん。


 早速研究所に入ることにした俺達だが、聞く事は聞いておかなければならない。


「……誰も聞こうとしないから俺が聞くけど、いいの?ユキさん。俺達について行くって事はかなり危険もつきまとうと思うぜ。それにこれからこの家で暮らすことになるわけだけど、さっき出会ったばかりの奴らについて行って良いのか?」

「……」


 ユキさんが静かに頷く。美優はそれを見てどこか嬉しそうだ。


 それで良いのか?


「まぁ、本人が良いって言うのなら俺から言う事は無いけどさ……」


 どうも釈然としない。普通あり得ないだろ……今日知り合ったばかりだぞ俺達。そんな相手にホイホイと付いて行って良いわけがない。楽天的な美優はともかくとして、英治がこの違和感に気づかない訳はない。それとも何か考えがあるのか?


 俺はユキの行動に疑問を覚えたが、それが明らかになるのは随分と後のことだ……」


「何勝手にモノローグを入れてんだよ、美優」

「いや~だって何かこれ見よがしに顔顰めてたもんだからさ」


 美優はあはは、と笑いながらそう返す。俺の心の声を代弁した美優だが、あながち間違っていないから恐ろしい。


「浩介、それ聞くのって普通入る前にするものじゃないか?」


 これは英治の言葉だ。ほんともう何なのコイツ。お前が聞かないからだよお前がぁ! これもまた天然で言っているから恐ろしい。


「……もう良いや。荷ほどきとこれからの事話し合おうぜ」

「そうだね。部屋の案内もしておこうか」


 今現在は隠し部屋のメインルームにいる。おおよそ15畳くらいのこの部屋の中央にテーブルが備え付けられている。そこに俺達は座っているわけだ。とりあえず荷物を置いて疲れた足を休める為にここに来たが、各部屋に関しては全く見ていない。


 英治は椅子から立ち上がり、この部屋に3つある扉のうちの1つに近づく。


「見れば分かると思うけれど、今いる部屋がメインとなる研究室だよ。水道やガスはここに通ってる。非常食は浩介の後ろのクローゼットにあるよ。こっちの扉の奥には寝室がある。鍵はナンバーキーで314159265。円周率だから覚えておいて。オートロック式じゃないけど鍵はなるべくこまめに締めるように。風呂やトイレはこっちにあるよ」


 英治はそう言うと別の扉に近づいた。


「この扉の奥は元薬品置き場だよ。今は何も置いてないんだけどね。まあ空調は付いてるし寝室としても使えると思う」


 残る1つは俺達が通ってきた入り口につながる扉だ。この隠し部屋への入り口は巧妙ではあったがハイテクではなかった。初見では絶対に分からないだろうし、認証センサーなどを使っていればそれを探知することでこの隠し部屋の存在に気付かれるがそれも無い。こういった物はやはりアナログの方が盲点になりやすいのだろう。高技術はより高い技術に破られる。しかし、系統が全く違えば高い技術も意味を成さない。


 少し考えに耽っていると、英治は俺に構わず話を進めていた。


「さて、最後に……」


 英治が説明をしようとして入り口近くにある2つのライトに目を向けると、赤と青のライトがあるうち青のライトが点灯した。


「みんな、静かに……敵が来たみたいだ」

「「!!」」


 英治の言葉に自然と体が強張る。俺の脳裏には公園で相見えたロボットがよぎっていた。横目で見てみれば美優やユキさんも萎縮している。きっと俺と同じ事を考えているのだろう。


 ……それでもやはり英治は普段通り落ち着いている。もうアレだ。こいつの心はきっと鋼かジュラルミンで出来てるんだろう。絶対そうに違いない。


 突然、備え付けられたモニターに光が点る。どうやら正面玄関の辺りを映しているらしい。


(やっぱりこいつら……)


 美優がそうこぼすのも無理はない。モニターには見覚えのあるロボットが銃を構えて映っていたのだから。そう、俺達が壊したそれと同じ型のものだ。この機体が未来人達にとっての歩兵ユニットなのだろうか。ともあれ俺達にとっては少女を襲い、英治に傷を負わせた忌々しいやつで間違いはない。


 しかし、ここに俺達がいるとはバレていないだろうし報復ってわけじゃないはず。そうなると、英治の父親の家に侵入するということはやはり『楠木英治』は……


 俺は深く考えることを止め、ロボットを観察することにした。


 ロボットは全部で4体。4体で1チームというような編成を受けているのだろうか。統率のとれた動きでロボット達は中へと侵入してくる。……ん?


(なあ、英治。この映像ってもしかして玄関しか見れないのか?)

(もしかしなくてもそうだよ。部屋の中に監視カメラつけるなんて普通しないだろ?)

(いや、確かにそうだけどさ……)


 何だろう、この使えない感じ。


(あ! 出て行くみたいよ!)


 美優が口を開く。その声に俺達はモニターを確認し、やがて緊張の解けた溜息を吐いた。いつの間にか青のライトも消えている。


 えらく早いお暇だと思ったが、英治曰くロボット達は赤外線センサーに頼った捜索をしたらしい。家の中に入ってスキャンして終わりか。随分と手抜きな捜索だな。いや、それだけ自分達の技術力を疑ってないって事か。


「遅くなったけど、青のライトが点灯すると侵入者が来たっていう意味。点滅したらこの場所がばれたっていう意味だよ」

「それほんと最初に言おうな!?」


 マジで頼むぜ英治……うっかり説明不足でバッドエンドなんて悔やみきれない。これはゲームじゃないのだ。無論、セーブもロードもコンテニューも無い。ちょっとしたミスが命取りになる。銃火器に対する対抗手段の無い今、ロボット達に襲われたりしたら全滅ルート一直線なのだ。


「そんな焦んなくてもいいんじゃないの? 一回は倒した相手なんだしさ」

「それは俺達が奇襲出来る状態で、尚かつ注意や警戒が薄かったからだ。正面からやり合える訳は無いし、こっちが襲われる側だったら抵抗する間も無くやられるだろうよ」


 美優の能天気な言葉に、俺は少し呆れながら説明する。


 なんでフィジカルばかりの脳筋と連携難易度の高いブレーン役しかいないんだろうな! バランス悪過ぎない? こう言ってはなんだけどユキさんは戦力外だし……そもそも明確な目的も決まっていないのだ。今を生きるだけで既に余裕など無い。


 美優の隣では話についていけていないのか、ユキさんがこちらを見て首を傾げている。美人、というよりは愛らしい容姿の彼女がそんな仕草をすると男としては目のやり場に困ってしまう。俺の横に座っている英治を見てみれば、何やら考え事をしているのか上の空だ。英治の通常運転ぶりはいつも俺を安心させてくれるよ、全く……


「そうだね……改めて、僕らの目標を決めておこう。今までは状況に追われるように行動してきた。けど、今はとりあえず落ち着ける場所も確保出来ている。それにいつまでも後手に回り続けていては、いつか詰むからね」


 俺がつい先ほど危惧し始めたことを、英治は口にする。出来ればもっと早く決めておいて欲しかったものだが、口ぶりからは決める余裕が無かったことが分か……


「まあ、暫定的に決めてはあったんだけどそういえば言ってなかったなぁ、て思ってさ」


 俺は英治にジトーッとした目を向ける。もはや何も言うまい。ああ! そうだとも。考えてたんなら早く言えよ! とか、言う暇無かったとかじゃなく絶対言うの忘れてただけだろ! とか言いたいことは山ほどある。しかし、言うまい。目で訴えてやる。


「ま、それはさておき……」

「いや、考えてたんなら早く言えよ!」


 ……自分が自分で残念だ。こんなにも早くフラグ回収をするだなんて……


「ともかく。これからの目標だけど、僕が考えてたのは『未来人をこの世界から追い出す、及び孤立させる』だよ」

「「「――――――」」」


 この英治の宣言に、俺達は読んで字の如く三者三様の反応を見せた。俺のは俺の感覚に過ぎないけど。


 美優は自分に出来うる限りの驚いた顔を見せた。まあ、ヒョットコとかを想像してくれ。


 ユキさんは顔から表情が抜け落ちた。いや、怖いよ。可愛いけど怖いよ。心なしか目からハイライトが消えた気もする。


 そして俺だが、もう想像がつくんじゃないか? そうだよ、ジト目だよ。なんなら胡散臭いものを見るときのジト目だ。


「どうしたんだ? みんな顔が面白いことになってるけど……」

「あんたのせいよ十中八九。浩介はどうか知らないけど」

「俺も一緒だよ!?」

「…………」


 英治は俺達の反応の意味が分からんらしい。首を傾げつつも話は続く。


「まず第一に未来人だけど、彼らは資源を目的にここに来た。ということは未来にはもう資源が残っていないって事だ。なら、ここに移住する以外に彼らにとって選択肢は無い。資源を自分達の世界に持って帰るよりも移住の方がよほど楽だからね。さて、彼らが大人しく帰ってくれる望みが潰えたところでもう一つ残念な事がある」


 ここで英治は一区切りし、俺達の顔を見回す。


「僕ら現在の人類が未来人と正面からぶつかって勝てそうに無い事だ」


 英治は淡々と、それでいてどこかおかしげにそう言った。


「向こうがどれだけ資源を残してるかは分からない。けれど、侵略を十分視野に入れながらここに来たっていうことはそれなりに兵力はあるんだろう。平和ボケした生身の兵隊と未知の兵器を持っているかもしれない機械兵、どっちが強いと思う?」


 俺は返事の代わりに唸って見せた。


 確かに白兵戦で勝てるわけが無い。完全に人類軍とロボット軍の戦争であるならば何かの映画で人類が勝つのを見たことがあるが、向こうはロボットと人類の混成軍だ。駆け引きで人類がロボットを出し抜く、なんて展開は期待出来ない。


「ミサイルみたいな兵器にしても未来人に軍配が上がるだろう。もっとも、こちら側はともかくとして資源狙いの彼らがそれを無遠慮に使用するとも思えないけどね。つまり……」

「「つまり?」」


 英治は俺達の顔を再度見回し、ニヤリと笑ってこう言う。


「つまり、ほとんどの確率で泥仕合になるだろうね」


 ……こいつ、現代人が無条件降伏して自分を捕らえにかかる可能性を無視しやがったな。


 話は続く。彼らの未来を決定すべく……

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