第8話 溜息を吐きたい2人

 さて、まずは状況を整理しよう。


 なんで今更整理するのかって?


 整理しないと俺の頭がパンクしてしまいそうだからだ。異論は認めん。


 まあ、若干俺の愚痴になるかもしれないが我慢してくれ。


 そう、あれは今朝の事だ。珍しく遅刻した英治を美優と2人で学校で待っていると、突然空から強烈な光に包まれた。最初はただただ恐怖したものだ。もっとも、現状も決して安心出来るような状況ではないが。


 何はともあれその光は現代の科学技術からは理解しがたく、天災を疑われたがそうですらなく、実際はタイムマシンを起動した副産物なのだという。


 光を見た後、ようやく登校してきた英治と合流することができた俺達だが今度は大規模なスマホジャックに見舞われる。しかも、おそらくは世界規模でありその犯人はさっき説明した光を起こした張本人なのだという。あの時起きた光がタイムマシンの起動によるものというのはそいつの説明だ。偽装する理由も無いので恐らくは本当なのだろう。


 ……ねえ、展開早くない?今朝まで日常路線をほのぼの歩いてたんだよ?脱線するスピードと方向が予想外過ぎる。日常の一コマから未来人による地球侵略までの時間が約4時間程。対策を練られる前に速攻を仕掛けたというのなら理屈には合うが速過ぎだ。もう少しゆっくりしてくれないとちゃんとしたリアクションが取れない。『えぇー⁉︎ なんだってぇー⁉︎』とか言ってみたかった。……少し違うか、うん。


 閑話休題。


 そいつは未来の国の王を名乗った。名前は……なんて言ったかな?確かクルセウスなんとかだったはずだ。


 こんな事態になれば政府も重い腰をあげるというもの。国民には対核シェルターへの避難が決まり、俺達も避難する予定だった。そう、する予定だったのだ。こんな言い方をするだけに実際は避難なんて出来ていない。まあ、今から考えればシェルターへの避難は出来ていなくて正解だったんだけどな。


 俺達が避難出来ていないのには勿論理由がある。


 1つは未来人からの要求だ。先程出てきた未来人だが、宇宙船に乗ってやってきたのだ。正直言って、今の時代に宇宙船なんてオーバーテクノロジーもいいところ。その上アンドロイドまで連れていたのだ。彼らが未来から来たというのは信じざる得ない話だった。


 そうして彼らはわざわざ過去にやって来た目的を果たそうとするわけだが、それはこの時代への移住だった。そして、そのために今この星に住む人類に地球をあけ渡せなどと要求してきた。


 まあ、目的を考えればこの要求の意図は理解できる。しかし、もう1つの要求が理解できなかった。1人の人間、英治の身柄だったのだ。


 そのために俺達は公に姿を現さない事にした。どう考えても交渉のカードにされる未来しか見えないからだ。


 今や各国政府やら未来人やらからひっぱりだこになる事間違いなしの英治。モテまくりである。主に中年のおっさんやらロボットから……羨ましくはないな。


 そして、2つ目の理由が人助けだ。避難先のシェルターへと向かう途中でロボットに囲まれた女の子がいた。事なかれ主義の英治が積極的に助けようとしたのは些か気になるところだが、ともあれ救出には成功した。これに時間がかかったのもシェルターに避難出来なかった要因の1つだな。その時、怪我をしたので学校に寄り、保健室で休んだ。


 助けた少女はユキというらしい。整った顔立ちに、今にも折れてしまいそうな儚さ。庇護欲のそそられる美少女だ。そして今現在俺の最大の悩みでもある……


 ……………………


 俺は、顔を上げて自分の前を歩く少女に目をやる。


 俺にはこの少女、ユキの事が何も分からなかった。時間が無かったのもあるが、あまりにもユキの事を調べなさすぎだ。俺には英治の考えもまた分からなくなっていた。


 何故この子の同行を提案したのだろうか。状況を考えるに今俺達の側にいるのはとても危険だ。ロボットがこの街にいた事には驚いたが、それはつまり街中を歩いているだけで危険だという事。シェルターに送ってやる方が余程この子のためになる。俺に分かる事が英治に分からない筈はない。なのにどうして……


 いや、もしかするとこのユキという少女を利用するつもりなのか。英治は、自分の守るべき存在とそうでない存在を明確に分ける。守りたいものを守るためなら他の全てを犠牲にしてでも守る。それ故に英治は半端な関係は作らない。ユキは果たして英治にとってどんな存在なのだろうか。


 今度は英治の背中を見る。


 身長が高いわけでも、体格がいいわけでもない英治の背中は一見して頼りなく見える。


 しかし、その背中は普段からは想像もつかないほど大きなものを背負っているのだ。俺は一体こいつに何をしてやれるだろう。ほんの少しだけでも支えてやれるのだろうか。


 俺は途端に不安という感情で塗りつぶされ、いつも通りひょうきん者の仮面を深く被り直した。


 —————————————————————————————————————


 ……まだか、まだなのか。


 私達が歩き始めて1時間近く経つ。しかし、英治はといえばあいかわらず無口に只々歩くだけで、何処へ向かっているかさえ分からない。浩介はともかく、か弱い女子2人をこんなに歩かせて何も思わないのだろうか。


 碌な説明も無く私達を振り回す英治に恨み言の1つでも言ってやろうかと私が口を開きかけた時、唐突に英治が言葉を発する。


「さて、着いた。ここを僕らの拠点にしよう」


 英治は目の前の建物を指差して私達に振り返る。かなり大きめの建物だ。英治にこんな大きな家があったなんて知らなかった……


「ユキさん、僕らは訳あって隠れて活動してる。だからシェルターじゃなくてここで生活しようと思うんだ」


 今度はユキを見て英治はそう言った。


 ユキは英治の言葉に頷く。彼女はこの身勝手男に対して特に不満はないらしい。


「しっかし、この家は一体どうしたんだ? 祖父母の家ってわけでもないだろう」


 浩介が不思議そうに英治に尋ねる。


 浩介の疑問は私も感じた物だ。これまでそれなりに長いこと英治と過ごしてきたが、この家を私と浩介は知らなかった。そもそも英治が住んでいた一軒家以外に不動産を持っているなんて初耳だ。英治の祖父母には会った事はないが、どうも英治とは疎遠らしくここ10年近く連絡も取っていないらしい。目の前の家が英治の親戚の物だとは考えにくい。


 ここで私は1つの考えが浮かび、口を開いた。


「もしかして、ここって誠一さんの研究室?」

「……ああ、そうだよ。よく分かったね」


 この場の温度が数度下がった気がする。英治の顔色を伺うと、その顔はいつもより若干青白く見えた。


「そうか……、でもそれはそれでいいのか?ここがどうなるか分からないぞ?」

「うん、大丈夫。本当に必要なのは隠し部屋だから」

「隠し部屋⁉︎ そんなのがあるのか?」

「……じゃないとここに来た意味がないだろう?」

「??」


 英治が残念なものを見る目を浩介に向ける。あはは、手厳しいわねぇ。


 隣では、ユキが全く分からないようで首を傾げている。


「僕に関連した場所は全てチェックするだろう。だから本当は僕に全く関係のない所に行きたいんだけどそうは上手くいかない。それでここにしようと思ったんだ。父さんはちょっと変わった人だったからね。やけに凝った隠し研究室があるのさ」

「食料に関してはどうするつもりなんだ?」

「非常時用の倉庫がついてるから大丈夫だよ。それなりにあったから1年はもつと思う。流石にこの家を解体されたらばれるけど、ライフラインもその部屋を経由しているから風呂やトイレにも入れる。水道やガスの利用量なんかも誤魔化せるように出来てるから安心してもいいよ」


 安心していいの⁉︎ ……誠一さんは一体何がしたかったのだろうか。優秀な学者で、少し変わったところがあると聞いていたけれどどう考えても只者の発想じゃない。何がどうなればそんな本気の隠し部屋を用意する事になるのか。私の頭がショートするのにそう時間はかからなかった。


 ……『英治の父親』ならあり得ない話でもないか、うん。


 楠木誠一は妙な所で信頼のある人だった。何の前触れも無く私達を振り回し始める英治の父親、というだけで既にお察しの通りである。中学の頃に英治や浩介と知り合って以降、たまに会った事があるけれどとても不思議な人だったなぁ。


「まぁ、立ち話を続けるわけにもいかない。続きは入って話そうか」

「そうだな」


 浩介が答え、研究所に入る。その時英治の浮かべた笑みが、何故かとても印象的だった。







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