第7話 絡まり始める思惑

 英治達がロボットに囲まれていた少女ユキを助け同行する事を決めた頃、慌ただしく動く人物がいた。


 各国の首脳陣である。


 とある大国は日本の自作自演を疑った。


 とある島国は自国の観測機関に精密調査を命じた。


 そして日本はというと、未来人からの要求についての会議を行なっていた。


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 日本国内閣総理大臣、武田久信は頭を抱えていた。


「どうして私の任期の間にこんな事が起きるのだ……」


 ここは国会議事堂内にある首相用に充てがわれている部屋。頼りなく呻く上司に秘書の女性は困ったような顔をする。


「総理、先程の会議で決まった通り今は厚生労働省など各省庁への指示を発したところです。あの未来人達への対応を考えるにしても調査の結果を待つべきかと」


 秘書はそれだけ言うと、武田の返答も聞かずに退席してしまった。


(クソッ! どうすれば良い、どうすれば私は生き残れるッ……)


 武田は己の才覚で首相になったわけではなかった。賄賂を送り、競争相手を蹴落とす事で今の地位を手に入れた男であった。故に、今この男が考えるのは日本の将来ではなく自らの保身でしかない。


「そうだ、奴らが欲しているのは『楠木英治』とかいうガキの身柄……それを引き渡せば私も奴ら未来人の一員に加えて貰えるかもしれん。となるとなんとしても私の手で捉えねばならんな」


 武田は意地の悪い笑みを浮かべる。内閣総理大臣となった今、自分に出来ない事は少ない。勿論、国民の批判や野党の糾弾は恐ろしいものがある。しかし、批判しかしない無責任な一部の国民や最近の日和見主義な政治家が武田を脅かす事はないのだ。たかが一高校生をあの未来人に連行する程度訳はない。そう武田は考えていた。


 既に総理大臣の命として『楠木英治』の特定は進められている。現在の日本において楠木という姓は珍しい。戸籍から楠木英治という名の人物を探し出すのはそう難しくない。


 問題はこの時代にまだ、もしくは既に『楠木英治』が存在しなかった場合だ。


 その時は新しく産まれた赤子に英治と名付けさせれば良いか、と武田は独りごちた。


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 退室した武田の秘書、櫻井楓は苛立ちをその美貌の下に隠していた。


(全く、あのクズには困ったものね。ま、その方が私には好都合ではあるのだけれど)


 櫻井は29歳にして首相専属の秘書となった才女である。しかし、その実弱腰の武田を裏から操る悪女でもある。利権や権力といった甘い蜜を吸う為に使えるもの全てを利用してきた彼女だが、今回ばかりは焦っていた。さしもの彼女も未来からの侵略は予想だにしなかったのである。


(未来人の襲来なんてどうしろっていうのよ……とはいえ、されるがままっていうのも癪ね)


 櫻井は廊下を歩きながら思案する。そして、何かを思いついたように笑みを浮かべた。


 彼女もまた、これから始まる権謀術数に参加する1人であった。




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 ユキは呆然としながら目の前の少年を見つめていた。自分達について行く事を勧める少年はとても怪しいものであったが、ユキ自身の現状を考えればそう不味い話でもない。


 けれど、何故私にそんな提案をしたのでしょう。


「さて、君が僕らに同行すると決まった事だし僕らの名前を教えておこう」


 さっき自分の名前は明かせないって言っていませんでしたか!?


 話に理解の追いついていない私をよそに少年は言葉を続ける。


「僕の名前は楠木英治。で、こっちにいるのが……」


 英治と名乗った少年は後ろにいる2人を紹介するように振り返った。


「私は山下美優。気軽に美優って呼んで。よろしくね」

「俺は中村浩介だ。にしても本当に名前を教えて良いのか……」


 紹介された少女は人懐っこそうな笑みを浮かべ、少年の方は釈然としないと言いたげに頭を掻いていた。私は戸惑いつつも3人に対しお辞儀をして声をかける。


 正直に言いますと、頭を抱えたくなるほど話の展開が速いです。もう少しゆっくり会話をしたいのですが、楠木さんにこちらを気遣うような素振りは一切ありません。


「楠木さん、美優さん、中村さん、先程はありがとうございました。そして、これからよろしくお願いします」


 美優さんは照れたように手を振る。中村さんも人助けをした事に満足しているのか、お礼を言われたのが嬉しかったのか満更ではない様子。ただ、楠木さんだけは複雑そうな顔をしていた。


「どうかしましたか?」

「あーいや、これからは英治って呼んでくれないかな? 名字はあんまり呼ばれ慣れてなくてさ、呼ばれても気づかないかもしれない」


 分かりました、と私は彼に頷いた。楠木という名字に思うところはあるけれど、ここで詮索をするべきではないだろう。


「よし、ひとまず話さなきゃいけない事はこれで終わりだな」


 中村さんが少々強引に会話を閉じた。英治さんはまだ言いたい事があったのか不満げに中村さんをみたけれど、黙っていろと言わんばかりに美優さんから腕をつねられていた。


「英治、俺はこれまでにも散々言ってきたよな、1人で突っ走るんじゃないって。俺達にちゃんと相談しろって」

「そうよ、まぁた勝手に色んな事決めちゃって。振り回される側の気持ちも考えなさい」


 中村さんと美優さんは英治さんを呆れながらも責めるような視線を向ける。


 英治さん……あなたは一体今まで何をなさってきたのですか……


 先程出会ったばかりの私にも分かるほどに中村さんと美優さんは疲れた表情をしています。もしかすると私を助けてくださったのも英治さんの無計画な突撃だったのかもしれません。助けていただいた者として何も言えませんが、彼へのイメージが170度近く変わりそうです。


 英治さんは両手を挙げて降参だよ、と言った。


「でも、説明している暇だって無かったよ。危ない状況だったのは2人も否定しないだろ?」


 言い訳は忘れずに。


「まぁ、それは確かにそうだけどさ……」

「ならいいじゃないか。これからは気をつけるからさ」

「それ、毎回言ってない?」


 浩介さんが苦い顔で納得して、英治さんは笑いながら誤魔化す。


 私はちょっと危ない人について行くことになったんじゃないでしょうか。



 話もそこそこに、私達は荷物を纏めて移動を開始する事になった。


 ……名前以外私は何も聞かれていないのですが、本当に大丈夫なのでしょうか。私の事は何も聞かず、ただ自分達が怪しいものではないという事ばかりを中村さんから聞かされました。私にとっての英治さん達もそうなのですが、彼らにとっても私は素性の知れない人物ですよね?


「君の事は後で聞かせてもらうよ。今は1秒でも早く安全な所に行きたいんだ」


 英治さんは自分の荷物を抱えながら私に振り返ってそう言った。言葉の割に焦りは無く、とはいえ悠長に構えた様子もない。


「大丈夫? 重くない?」


 そう尋ねたのは中村さんだ。私は今、追加で揃えた救急箱や飲料水の入ったカバンを持っている。3人は元々避難用に荷物を持っていた為、増えた荷物の一部を新しく手に入れたカバンに入れて私が持つ事になった。華奢な私に配慮してか荷物自体はそんなに重くない。


「いえ、大丈夫です」


 それにしても先程からよく中村さんに、事あるごとに大丈夫かと尋ねられる。


 やはり私に大事な荷物を任せるのは不安ですよね……美優さんが中村さんを冷めた目で見ているのは何か関係があるのでしょうか。



 私達はそれからしばらく歩いた。何処へ向かっているか私には分からない。けれど、前を歩く彼らは何やら楽しそうで、頼もしくて……少し嫉妬した。


 一体いつになったら私はになれるのだろうか。いつになったら解放してもらえるのだろうか。現実というのは複雑で、残酷だ。昔読んだ絵本のようなハッピーエンドなどありはしない。それでも、そうと分かっていても期待してしまう自分がいる。ロボットからだけでなく、最後まで私を救ってくれるのではないかと。


 いや、そんな事はない。あり得ない。そんな夢を信じなくなるのにこれまでの人生は十分すぎた。


 だから私は嫉妬する。目の前にいる、とても楽しそうに笑う彼らが。味方、仲間、そういった自分以外の存在がいる彼らが。独りで生きる事を知らない彼らが……



 少女は時折虚ろな目で前を向く。その姿を英治が目にするのは、もう少しだけ先の話。

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