第6話 怪我をしたら保健室に
「ハァ、ハァ、全く世話の焼けるやつだ……」
俺は思わずそんな言葉を吐いてしまう。当の本人は今絶賛気絶中なので皮肉めいたセリフも虚しく響くだけだが。
「もう! こっちだって重いんだから文句言わないでよ!」
とは英治の荷物を運ぶ美優の言葉。俺は英治本人を背負って歩いているので重量的にはこちらが重い。けれどまあ、そこは男女の差だし文句はない。
文句を言いたいのは後ろに背負われてるコイツだコイツ。シェルターに避難する為に元々重い荷物を運んでたってのに、この上に荷物が増える。本当に勘弁して欲しい。一体俺が何をしたって言うんだ! ……いや、心当たりは割とあるな、うん。
くだらない事を考えつつも、俺達は神谷高校へと向かっている。多少の止血はしたが、英治の傷はしっかりと手当てしたい。シェルターに行く事も考えたが、止める事にした。というのも宰相が人類に対する要求を発表してから英治や俺と美優に電話やらメールが絶え間なく続いたからだ。
きっと未来人達に誘拐されるのを警戒しているんだろうけど、それだけで終わるはずがない。未来人との関係性を聞かれ、その身を要求された理由を聞かれ、挙句には未来人を呼んだなどという冤罪をかけられるかもしれない。少なくとも歓迎はされないだろう。
だからといって未来人側につくというのも悪手だ。身柄を要求されただけでどうするかは知らされていない。もしかすると自分達にとって脅威だからと殺したいだけかもしれないのだ。保護されるかは分からないし、その可能性は小さいと思う。
また、俺達も英治に対する人質になりかねない。友達の少なさがここで活きることになるとは。……自分で言ってて悲しくなってきた。
まぁ、だから俺達が取る行動は1つだ。「自分達で自分達の身を守る」これに限る。
そしてそれゆえの高校行きだ。そこで色々な物を揃えたい。
俺は、この無謀な一手についてきた少女をちらりと見る。
白髪に碧眼。整った顔立ちで、1度見たら忘れない印象的な少女だ。それと言うのも美少女と言って差し支えないこの少女、物凄く哀しそうなオーラを身に纏っているのだ。簡単に壊れてしまいそうで、消えてしまいそうな、そんな気がする。出身を聞きたいが、聞ける雰囲気じゃない。俺は勝手に北欧出身とアタリをつけてみる。近所に住んでいるなら何となくでも知っていると思ったが、俺には見覚えが無かった。旅行者か何かかな?それならシェルターへの避難に遅れていたのも納得だけど。
しかし、普通ならシェルターに行きたがるもんなんだがな。助けられた手前物申しにくいのか、それとも『楠木英治』に用があるのか。何はともあれ俺達としては見知らぬ同行者が増えるのはノーサンキュー。今はただ人手が欲しいのと、英治が少女に何かを聞こうとしていたから同行しているのだ。そう、断じて疚しい思いは無い。
彼女には英治のキャリーバッグを持ってもらっている。線が細く、今にも折れてしまいそうな体をしているが手伝ってもらわないと公園から動けなかった。
あれから彼女は全く喋っていない。英治のキャリーバッグも自分から持っていた。無理をしなくてもいいと言ったら首を横に振られ、彼女に任せたのだ。
おかげでこの少女が何者なのか一切分かっていない。だからさっきから「少女は〜」だとか「彼女が〜」と表現している。
英治よ、せめて名前くらい聞いてから倒れてくれ。そう思ったのは何度目だろうか。
「おっ、ようやく着いたな」
「あ〜、疲れた。 いつもの倍くらい歩いた気がする〜」
「…………」
学校に着いた俺達はまず最初に保健室へ向かう。英治をベッドに寝かせ、服を捲る。勿論手当をするのは俺と美優だ。名も無き少女には離れた所で待ってもらっている。年頃の女の子が生々しい傷なんて見るべきじゃ無い。
「ふ〜ん。じゃあ、私は年頃の女の子じゃ無いと?」
俺は慌てて、それでいて出来得る限り自然に美優から目を逸らす。なんでコイツら地の文を読めるの?
うわ、血がベットリ。 俺はまず傷口を清潔なタオルで拭き、消毒をする。染みるのか、心なし英治の顔が曇った。痛そうではあるが縫ったりする必要は無いようだ。弾丸が体内に入ったわけでも、貫通したわけでも無いのは公園で確認してある。
ガーゼを当ててテープで固定。その上から包帯を巻く。
よーし、完成。医療知識の無いなんちゃって応急処置だが、悪化させることはないだろう。後は起きるのを待つのみ。
しかし、待つだけというのも暇なので保健室から絆創膏や消毒液、ガーゼや包帯を拝借してまわる。
これからどれだけ怪我をするか分からない。今回は偶々俺と美優に遠距離攻撃役と陽動役が宛てがわれたが、次は俺達が怪我をするかもしれない。色々あって生傷の絶えない俺達なのだが、銃で撃たれるのは初めてだ。
「むう、うぐっ……あれ? ここは……」
どうやら英治が目を覚ましたらしい。手当てをしてから10分と経たずに起きるとは器用な奴め。
「おはよう。ここは学校の保健室よ。英治が倒れたからここに運んできたの」
美優が英治に声をかける。英治は体を起こし、周囲を見回して少しの間空を見つめる。すると状況が把握出来たのか英治はゆっくりと話し始めた。
「ええと、ロボットを倒してあの子を助けたんだよな……僕は確か脇腹を撃たれて……ウゥッ!」
英治は自分の脇腹をさすり、うめき声をあげる。
「俺が一応手当てはしておいた。けど、知っての通り素人技だからな。無理はすんなよ。主義に口出しするつもりはないけど、フォローには限度がある」
今度は俺が声をかけた。インドア派であるにも関わらず、俺達で1番怪我をしてきたのはコイツなのだ。言葉で止まらないのは知っているが、言わないわけにはいかない。
耳が痛いな、と呟いて英治は苦笑しつつ頭を掻く。俺の言葉はどうやら響いてはいない様子。
「まあ、手当てをありがとう浩介。美優もありがとう。心配をかけたね」
英治は怪我を気にしつつベッドから降り、部屋の中央を横切る。そのまま少女の前に立ち、声をかけた。
「あー、さっきはごめん。急に倒れちゃって。ちょっと怪我しちゃってたみたいでさ」
少女は申し訳なさそうに首を振った。
1人で忙しく表情を変える俺なんて全く気にする事なく英治は続ける。
「ありがとう。それじゃあ改めて。もし良かったら、教えてくれないかな」
少女は息を呑む。英治は一度目を瞑り、ゆっくりと開いて微笑みかけた。
アイツ、あんな顔出来たんだな……
「君が何処から来た、どういう人間なのかを」
「「「…………」」」
……は? え、待ってどういう事? なんとなく良い感じになってたんじゃないの? 美優が甘酸っぱい空気を感じる〜って顔してたのは何? 俺の勘違い?
俺が心の中でひどく狼狽していると、美優の顔が目に入った。何やら苦虫を噛み潰したような顔をしている。美優も俺と同じ心境らしい。
「あの……えっと……私は、ユキです。……お父さんに言われて…………この辺りのシェルターに行くようにって……」
少女、もといユキは詰まりながらもそう言った。対して、英治は少し逡巡してからこう言う。
「……ユキさん。君の名前を聞いておいて何なんだけど、僕の名前を言う事は出来ない。けど、出来るだけの事をしたい。君は今僕達の都合でここにいるわけだしね。まぁ、もしそうするなら僕らの事はなるべく口外して欲しくないんだけど……勿論、君の身の安全を慮っての事だよ」
英治は笑みを崩さずにユキを見つめる。その笑みは、些か不気味な気配すらあった。
「さあ、君はどうしたい?」
ユキは目を伏せ、困り果てたように息を吐く。
それはそうだろう。名前を尋ねられ、答えてみれば相手は名乗らない。それだけでも怪しい事この上ないのに英治は先程から少したりとも笑みを崩さない。最初は優しい微笑みだと思ったが、そんな事はない。なんだか俺にも英治が悪魔に見えてきた。ほんとコイツ何企んでんの?
「わ、私は……私は…………」
ユキは、何かを言い出そうとするも踏ん切りがつかない様子。この子はこの子で色々と抱えているのかもしれない。
「じゃあ、僕達と一緒に来るかい?」
英治は台本を読むようにそんな事を言う。
……事前に話す暇が無かったのは確かにそうだけど、大事な事を相談無く決めてしまうのはいただけないな。
俺と美優は同時に英治を責めるような目で見る。そろそろ目からビームが出てもおかしくはない。英治は、そんな視線から逃げるように目の前の少女を見据える。
何だかんだ言って許してしまう俺達も、甘いんだよなぁ……
「……良いんですか?」
「勿論さ」
躊躇いがちに尋ねる少女に、少年は笑って返す。少年の、『らしく』なくも『らしい』行動によって、時はもう一度動き始める。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます