第5話 理由なき攻防
(よし、じゃあ行こう!)
かなり意気込んで言ったが、実際は地味なものだ。荷物は適当な所に置いてきた。そして美優が公園に近づき、塀の下に隠れつつ弓を構える。流石弓道部のエースと言うべきか、とても姿勢が綺麗だ。浩介も配置についてドローンを飛ばす用意をしている。
スタンガンを構えた僕は、2度大きな深呼吸をした。これはゲームじゃない。勝負は一回、時間は無い。
もし矢が外れたら、ドローンが注意を引きつけられなかったら。一応の対応は考えている。しかし、そもそも荒事に慣れていない僕らは絶体絶命の状況に陥るだろう。いや、もう絶対絶命ものかも。理性がこのまま逃げろと警鐘を鳴らす。
けれど。
「彼女を助けなければいけない」
普段ならば絶対に切り捨てる、直感によく似た何かが僕を動かす。
僕は、美優に合図を送った。
ヒュッ、……ガシュッ!
よし!美優の放った1本の矢が2体のロボットに突き刺さった。上手く動力を潰せたようで、2体のロボットはその機能を停止する。
と同時に浩介がドローンを飛ばす。ロボット達は突然の奇襲に混乱し、ドローンに銃を向けた。
今だ!
ここで、僕は飛び出した。恐怖が無いわけじゃない。竦みそうになる足に叱咤をかけ、駆ける。混乱し始めたロボット達に少し違和感を感じたが、今はそれを気にする時じゃない。ドローンはロボット達の目の前を飛んでいる。僕はその反対側から来ているのでまだ気づかれていない。
全力で走っているのに、やけに遅く感じる。流れる時間がとても緩やかに感じた。突然の事に、件の少女が座り込むのを目の端に捉える。いや、座り込んじゃダメだって。
思わず苦笑してしまいそうになる唇をキュッと引き締め、眼前のロボットにスタンガンを向ける。
しかし、ここで僕はひどく後悔をする事になる。何をって、それは勿論集中を乱した事だ。きっと、油断があったのだろう。作戦が上手くいっている事にあぐらをかき、警戒を怠った。本物の銃に恐怖していたはずなのに。命の危機に警戒していたはずなのに。
その瞬間、目の前のロボットがこちらに振り返ったのだ。僕に拳銃が向けられる。きっと今の僕は歪んだ表情をしている事だろう。けれど、足を止めるわけにはいかない。残り5メートルも無いこの距離で銃弾を避けられるわけがない。というか、どんな距離でも避けるとか無理。
「クッ!」
アンドロイドと違い頭部に眼のパーツしか無いこのロボットだが、一瞬笑った気がした。
バチッ!!
最大出力のスタンガンはロボットの首元、関節部分を電撃した。狙うは各部への命令伝達回路。大きな電流が流れ、回路を焼かれれば動く事が出来なくなるはず。本当ならこのロボットを動かす電子回路を壊したかったところけど、硬そうなボディに覆われていて出来そうもない。美優の矢も関節部分を貫いている。
ロボットから動作音が次第に消えていく。どうやら無事に倒せたらしい。となると残りは1体。
僕が最後のロボットに目をやると、それは既にこっちを向いていた。
不味いッ
相手が持っているのは恐らくマシンガンだ。そんな物を撃たれたら僕どころか浩介に美優、それに元々襲われていた彼女も危ない!
僕は反射的に駆け出した。しかし、3歩もいかない内に膝をついてしまう。
突然、脇腹に痛みが走る。着ている服には血が滲んでいた。どうやら一体目と向かい合った時に撃たれていたらしい。そんな事にも気づかないとは、僕も全く余裕が無い。
何とかしてロボットを止めようとする僕に、ロボットが何やら声を発する。
「ナニッ! 貴様ハ『楠木英治』カ! 何故我ラノ計画ノ邪魔ヲスルッ!」
このロボットはかなり焦っているらしい。心の無いロボットのくせにやけに感情めいたものが見える。さっきのロボットといい、どれだけ優秀なプログラムによって構成されているんだよ。
改めてマシンガンを向けられ、思わず目を閉じる。しかし、来ると思われた銃弾はやって来ず、代わりにグシャッという音が1回。
目を開けると、浩介のドローンがロボットに体当たりをしたらしい。その瞬間は見ていないがロボットの体の凹み具合からとてつもない勢いであった事が分かる。そしてその次の瞬間、ロボットの頭に矢が突き刺さる。……あの矢って鉄板を貫くんだ……
全てのロボットが停止したところで2人がやってきた。
「ふ〜、やっぱり持つべきは優秀な友だな! 英治!」
「大丈夫!? って怪我してるじゃない!?」
どこか自慢げな浩介と僕を心配してくれる美優。緊張の糸が解けたのか僕は浩介の肩を借りてようやく立った。
あともう少しだけ頑張らないと。
僕は、公園の端で座り込んでしまっている少女に手を差し伸べ、声をかける。
「大丈夫? 怪我は無いかい?」
「……はい。助けていただいて……ありがとうございます」
彼女は震える声でそう答える。目尻に涙を浮かべていて、立ち上がれそうにないな。本当はもう動きたくないが僕は膝をついて彼女に目線を合わせる。ちなみに脇腹の痛みは歯を食いしばって耐えた。格好つけたくなるのは男の性だと誰かが言っていた気がする。
「もし、良かったら……教えてくれないかな」
僕は、よく無愛想だと言われるこの顔を、頰を緩ませ尋ねた。
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先程までロボットに囲まれていた少女は、今にも泣きそうな顔で英治を見つめている。いや、少し涙を浮かべている。
対して英治は珍しく優しげな笑みで少女を見ている。
この状況を前にして、私は全く別の事を考えていた。
この少女を助けた理由だ。いや、困っている人を助けるのに全く異論はない。むしろ、日頃は私の方が人助けは積極的だ。というかそもそも英治は自分の友人、もしくは助けないと自分が損をする状況じゃないと誰かを助けたりしない。
だからこそ、美優にはさっき英治がこの少女を助ける決意をした理由が分からなかった。
もしかして、一目惚れとかかな!
……それはそれで複雑だなぁ。
私は再度少女に目を向ける。
少女の年齢は恐らく私達と同じ。白人なのか髪は白く、肌も綺麗だ。潤ませた眼は深い青色をしている。こういうのを何て言うんだっけ、碧眼? 白い髪に合わせたのか白いコートを着ている。髪には、赤い髪留めもつけている。また、大人しい性格なのか先程からオドオドとしている。……な、何だろう。もの凄く保護欲を掻き立てられるというか……ハッ、まさか英治もこれに当てられて……
(相手はきっと傷心中なんだ。可愛いからって襲うなよ?)
浩介が私に耳打ちしてくる。
私を何だと思ってるのやら。ん〜、頭を撫でるくらいなら許してくれるかな?
「もし、良かったら……教えてくれないかな」
英治が優しく少女に声を掛ける。少女の顔が淡く紅潮した。。
……何だろう、このムード。もの凄く甘酸っぱそうな空気。これはあれかな? 英治とこの女の子でラブコメでも始まるのかな?
ふと、隣を見ると浩介が怖い顔をしている。具体的には、今にも血の涙を流しそうでお化け屋敷にいたらお化け役も卒倒しそうなレベル。そう言えば浩介は最近彼女が欲しいとかって言ってたわね。朴念仁に先越されるのが悔しいんだろうなぁ。
………………
…………
……
「君は……あー、いや、先に移動した方がいいな。この場所でロボットが壊されたのは知られているだろうし」
「「はぁ?」」
「……?」
私と浩介は間の抜けた声で聞き返し、少女は戸惑いを隠せない。
バタッ
「「えぇ!」」
「…………」
英治は立ち上が……ろうとしてそのまま倒れてしまう。大方、少女に大丈夫な振りをして安心させようとしたんだろうけど、これではむしろショックが大きくなった。
涙目の少女もこれには絶句。
あぁ、長年の付き合いから私は理解した。彼が彼女を助けたのは「なんとなく」だ、と。
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時は遡る。
とある研究所で、男は悩んでいた。
彼は、途方も無い時間をかけて1つの問題に取り組んでいる。それがあと少しで完成しようとしているのだ。
「あと、あともう少しなんだ……」
ゴホッゴホゴホッ
彼は誰もいない研究室で咳をし、血痰を吐いた。あまり歳をとっているわけではなく、若いとすら言える年齢ではあるものの無理を重ねてやつれた彼にはあまり時間が残されていない。
「まだ足りないというのか……また救えないのか……」
「守ら……ない……と……」
人の一生は長いようで短い。大きな使命を背負う人間がその生涯を捧げたとて、それを全うできるとは限らない。
時間は無情にも男を置いて過ぎ去っていく。
これは、そんな未来の物語。
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