第3話 少年少女は何を見たか

「どうした? 美優」

「ううん、何でもない」


 私は、英治を見つめていた。彼は今、一体何を考えているんだろう。見知ったはずの彼の背中が何処か、遠く感じた。


 私たち生徒は各自の家へと戻り、支度をしてからどの市町村にも一つはある対核シェルターへと避難することとなった。先生たちは先立ってシェルターへ向かって避難者受け入れの準備をしている。この国の公務員には有事の際、シェルターの職員として従事するというのが職務内容にあるらしい。先生たちが準備をしている間に私たち生徒は各々の家族と合流し、準備ができ次第シェルターへ向かう。


 私は、さっき見せられた映像はもちろんだけど、それよりも英治のことが気になっていた。だって、何か分かったような反応をしていたくせに、尋ねても何も教えてくれないのだ。尋ね方を変えても、カマをかけてもはぐらかされる。元々口では私も浩介も英治には敵わないからダメ元ではあったけど。でも、もし何か分かったんだったら私と浩介にくらい教えてくれてもいいじゃない。


 ピロリン♪


 ……先程の集団スマホジャックのこともあって少し身構えてしまったけど、お母さんからのメールだった。内容は私を除く家族全員が家に到着し、避難の準備を始めたとのことだ。そこに私の安否を心配するような文言は一文字も無い。以前、お兄ちゃんから「お前ってたとえ宇宙人に地球が襲われてもても生き延びてそうだよな」と冗談を言われたことがある。しかし、あれは冗談なんかではなかったのかもしれない。もっと言えば、お兄ちゃんだけでなく、家族全体がそう考えているのかもしれない。


 私は家族に対して若干の不満を抱きつつ、自分の前を歩く二人を見た。ものすごく懐疑的な視線で。


「な、なんだよ……」


 反応したのは浩介であった。動揺しているのはやましいことがある証拠と考え、浩介の左脚にローキックをお見舞いする。


「痛ッ!」


 浩介にしてみれば突然蹴られたわけであり、文句の一つでも出ておかしくない。

 しかし、何故か機嫌の悪い美優に突っかかるだけの勇気が浩介にはない。


 ちなみに、浩介にも家族からのメールが届いており、同様にシェルターへの避難準備を始めているとのことだった。私と同じく、浩介にも身を案じるような文言は無かったらしい。ん~、なんだろうこの信頼感。


 どうも日本政府は戦争警戒態勢を取ることにしたようだ。最後に日本の関わった戦争が終結しておよそ100年が経つ。当時は戦争を知る世代が減ると戦争に対する忌避感も減るだろうと危険視されていたが、実際はそうでもなかった。この国は戦後に創設された自衛隊という救助・支援用の組織を保持するに留まり、防衛用の施設を増設させてきた。それが現在のシェルターだ。人類が持つ自分たちに影響が出ないレベルにおける最大火力の兵器、核爆弾にも耐え得るほどの強度がそれにはあるらしい。正式な名前があったはずだが、長過ぎて覚えていない。


 そこまで考えて、私は一つ疑問を覚えた。


「ねえ、なんでこんなにあっさりとシェルターへの避難令が出たのかなあ」


 それを聞いた二人はそれぞれ違う答えを出していた。


「あの光が人工的なものっていう確証でも取れたんじゃないの。天文学研究所にはたいそうな観測機器がゴロゴロとあるんだろ? よっぽどヤバイものが観測できたか、少なくともあの自称王様のビデオとの関連性が出たんだろうぜ」


 浩介は言う。


「いや、それはどうだろう。むしろ、殆ど何も分からなかったからかもしれないよ。まぁ、もしもあの光とビデオが全く関係なくてビデオがテロリストトの犯行予告だった場合を考えると、人間を一箇所に集めるシェルターへの避難は相当な賭けになるんだけど。浩介が言った仮説の方であって欲しいとお偉方は思っているだろうね」


 英治は、遠くを見つめながらそう言った。


 それからは2人とも黙ってしまい、珍しく私は居心地の悪さを感じた。きっと私には想像のつかない、先の事を考えているのだろう。教えて欲しいとも思うけど、結論が出ないと話しようもない。


 街行く人々の様子は様々で、明らかに混乱していそうな人もいれば落ち着いて避難を始めている人もいる。


「おっと、とりあえずはここで解散だな」


 私たちは、それぞれの家がある道へ続く三叉路に出た。といっても、私たち3人の家はそれぞれ徒歩2分の距離も無い。昔からのご近所さんだったのだ。


 私はこれから家に帰り自分の荷物をまとめる訳だけど、終わり次第英治の手伝いをしに行こうと思う。きっと浩介もそう考えている事だろう。英治の名誉の為に一応説明しておくが、別に英治の生活力が壊滅的であるわけでは無い。むしろ家事全般を自分一人でこなせる辺り一般的な高校生より高いはずだ。


 とはいえ、一人で一軒家を整理して避難準備をするのは骨が折れる。そこで私たちが手伝おうということだ。きっと私たちの両親も手伝いを申し出てくれることだろうけど、英治が遠慮するだろうし、家に入れるのも信頼のおける者だけにしたい筈。


 ……あるわよね?私達って、信頼。いや、でも信頼があるなら分かったことを全部話してくれるだろうし……


 思考がループしかけたところで私は頭を振り、考えるのをやめた。ともあれ、今

 は自分出来ることを一つずつこなしていくべきだろう。まずは自分の家に帰って避難準備をすることだ。


 私は歩く速さを少々速めた。

 

 —————————————————————————————————————


「おかえり~」

「ただいま。荷物を置いてきたら私も手伝うね」


 家に帰った私は、お母さんに出迎えられた。お母さんは案の定避難準備をしていたようで、大きなカバンに服やら身分証明証やらを詰め込んでいた。そこで私はお父さんが居ないことに気がつく。避難しなきゃいけないんだから家で準備していると思ったんだけど。


「あれ?お父さんは?」

「ん?お父さんなら自治会の方で避難勧告の準備してるらしいわ。あとやっぱり和樹は大学の寮からそのままシェルターに行くらしいわ」


 そう言って母さんは少しだけ肩を落とした。きっと久し振りに長男の顔が見たかったのだろう。あの研究狂いとはシェルターに行けば会えるはずだけど。


「お兄ちゃんは仕方ないか。そういえばお父さんは自治会で役員してるんだったっけ」

「そうそう。私としてはうちの準備を手伝って欲しいんだけどね?でも、後で荷物運ぶのにトラックをまわしてくれるらしいから大丈夫よ」


 自分の荷物をまとめたら英治くんの手伝いに行って来なさい、とお母さんは告げてヒラヒラ手を振った。


 どうもお母さんには私の考えてることが筒抜けなんだよなぁ。


 私は自分の部屋へ向かった。実際、自分の荷物だけでいいというのはとても助かる。


「さて。何を持って行こうかな」


 私は自分のリュックサックを見て、持っていく物を想像した。まずは服。その次にはケータイだったりラジオだったりの情報機器。そして、防災セットなどetc……


「うん。こんなものかな」


 荷物をまとめ始めて十数分、私は自分の避難準備が終わった。


「それじゃ、英治の家にいってくるね」

「いってらっしゃい。浩介くんもきっと英治くんのところでしょ?三人で先にシェルターへ行ってなさい」


 お母さんに見送られて私は英治の家に向かう。


 空を見上げると、雲の多さがやけに目に付いた。

 

 —————————————————————————————————————


 浩介は自分の荷物をまとめ、英治の家を訪ねていた。


「で、何してんの?」


 自分の用意を済ませて、いざ英治を手伝ってやろうと考えて来たものの、そこで目にしたのは居間でテレビを見る英治だった。隣には大きめの鞄が置いてあり、部屋はいつもより些か綺麗に見える。……普段から綺麗なので、違いが殆ど分からないけど。


「見ての通りさ。今、テレビでニュースを見ているところだよ」


 英治は何ということもなく答えた。


「いや、避難の準備は?」

「済ませた」

「じゃあ何で家にいんの?」

「二人が来るかもしれないと思って」


 こ、こいつ……


「じゃあ、来なかったらどうしてたんだよ」

「一応、午後3時まで待って来なかったら避難しようと思ってたよ」


 そう英治に言われて、俺は時計を見た。時計の針は11時半前を指している。


「なぁ、避難って午後の1時までじゃなかったか?」

「うん。そうだけど?」


 俺は大きな溜息をついた。こいつに協調性というやつを教えることは不可能なのだろうか。


「浩介たちを優先しただけさ。これも一種の協調性じゃないかな」


 地の文を読むな、地の文を。


「そんなことより浩介も見なよ、とうとう面白いことになって来たよ」


 協調性云々の話をと言う辺りに協調性の無さが垣間見えてるんだがな。


 俺は英治に呆れつつ、テレビを見た。すると、そこには明らかにオーバーテクノロジーな宇宙船のようなものが映っていた。大きさは周囲に映っている建物から察するに全長60メートルくらいか。


「何だこれ。SF映画のPVか何かか?」

「いや?NHKのニュースさ。ちなみに場所は日本の国会議事堂上空」


 英治は、あくまで冷静に言った。


 口調から察するに、冗談の類ではないようだ。しかし、この光景を冗談じゃないと信じるには少々難易度が高すぎる。は? NHK? いや、最近のCGってすげーよなー。


「…………」


 ピンポーン♪


 インターホンが鳴って、俺は我に返った。危ない、一瞬現実逃避をしていた。


 恐らく今のは美優だろう。きっとあいつも英治の荷物整理を手伝いに来たのだと思われる。徒労に終わるけど。


「俺がでるよ。お前はそれを見ていたいんだろう?」

「あー、じゃあ頼んだよ」


 心の中で盛大にため息をつきながら俺は玄関の扉を開ける。


「どうしたの? 随分なため息なんかついて」


 む、実際についてたか。


「まあ、とりあえず入れよ。俺が来た時にはもう荷物の整理は終わってたから特にやる事もないんだけど、話したい事がある」


 美優は妙に真剣な表情で英治の家の扉をくぐる。


「は? 何これ。SF映画のPV?」


 美優はテレビを見て第一声にそう言った。


 だよな? そう言いたくなるよな? 


 俺は自分がノーマルな感性をしていた事に安心しつつ、アブノーマルな男、英治の声に耳を傾ける。


「いや、だからNHKだって。未来からやって来たって言うんだ。これくらいの技術はあるさ。けど強いて言うなら地球にやって来るまでの早さに驚きかな。どこから来たのかは分からないけどテレビを見るに上空、恐らくは宇宙から来ている。地球に移住するんだから何処かに拠点を作ってると思うんだけど最も近い月に作っているにしても早過ぎる」


 英治はどうも話しながら考えているらしい。こいつは一旦集中しだすと周りの声が聞こえなくなる代わりに、結構頼りになる。


 テレビの中では国会議事堂に覆い被さるように飛んでいた宇宙船? が地上に着陸しようとしている。


 それを見つつ英治は続きを話した。


「電話ジャックの時にあの王と名乗った人物は地球の侵略を考えている様だった。ということは奇襲をかけて速攻で終わらせようとしている? いや、それだとなんで要求という名の会合をするかが分からない。もしかすると地球の資源以外にも欲しい物があるのかな……」


 そこまで話して英治は止まった。どうやら自分で納得するところまで考え終わったらしい。


 俺と美優は顔を見合わせて苦笑する。


 口から言葉として出てきたのは実際に考えた物の何分の一だろうか。英治の頭の回転の速さは凄まじい。俺達はそれをよく知っている。それの欠点も。


「考えは纏まったか? 何はともあれまずは行動だ。避難しよう、俺は1日に2度も美智子先生に怒られたくない」


 渋る英治を俺達は少々強引に連れ出した。



 ぐずる英治をなんとか引っ張り出しようやく家を出ると、腕時計の針は既に12時50分を超えていた。


 いや、どんだけ粘ったんだよ。もう出るぜ、的なセリフ言ってから随分経つぞ。


「もうちょっと見てたかったんだけどな」

 と英治はつまらなさそうに言う。ワンセグで中継を見ながら。

「子供か!」


 つーか見れてるだろ今も!


「英治ぃ? いい加減にしないと怒るよ?」

「「……ごめんなさい」」


 なんとも情けない話だが、俺も英治も怒った美優は怖いのだ。何故か俺も謝ってしまった。


「で? 何か分かったの?」


 おお、美優もどうやらそれが気になっているらしい。話が変わって良かった。


「ああ、例の宇宙船からビデオのおっさんとそれを守る様にロボットがワラワラ出て来たところ。どうもこのまま会談を始めそうなんだけど……」

「は? 何その展開。始まってんだったら俺にも見せてくれよ」

「え? でもさっきまでさっさと歩けって」


 はあ、これ素で言ってるから困るんだよ。色んな事が分かる癖にこういう事は分からないんだよな。英治はやる時やるのにオフの時は結構ポンコツなのだ。


「いいからいいから。で? もう自称国王様は議事堂に入ったのか?」

「ああ、これから要求の内容が発表される筈だよ」


 英治が持つワンセグの小さい画面には、既に豪華な衣装を着た例の中年男性が人型っぽいロボットを従えて会議室に入っていた。アンドロイドと呼ぶには少し機械兵な感じがある。ただ、一体だけSF映画で見るようなアンドロイド、人間と間違える程では無いが正装に身を包んだ人型ロボもいた。


 普通そこは人間の兵士が護衛してるもんじゃないのか?なんでロボットなんだ……いや、技術差を見せつける為か。


「何でこんなにロボットばっかりなんだろ? これ全部AIが動かしてるのかな?」

 美優が不思議そうに首を傾げた。

「単に人間の護衛が信用出来ないから、かな。これだけ技術が進んでいればロボットの方が高性能だろうし。王が直々にやってきたのに兵の人命を気にするのも変だしロボットを人が操ってるって可能性も無さそうだね」


 英治が美優の疑問に答える。


 なるほど、そういう考えもあるか。


 と、ここで会談が始まるらしく画面の中で自称国王が口を開く。


『改めて名乗るとしよう。余は統一国家ブランバルム王国13代国王クルセウス=ヴァン=ブランバルムである。そなたらの未来の王だ。先立って通告した通りこの星は占領させてもらう。即刻占有してやりたいところだが、いくつかこの世界で必要な物があるらしい。そなたらには余にそれを捧げ、命乞いする猶予をやろう。発表は宰相が行う。余はそなたらが利口であることを望んでいるぞ』


 クルセウスとやらはそれだけ話すと踵を返して宇宙船へと戻っていった。入れ替わる様にアンドロイドが進み出る。


 あのアンドロイドが宰相? 小難しい事は全部AIに丸投げか? にしても随分偉そうな奴だ。身分的には間違っていないんだろうけど。


「「…………」」


 英治はいつも通りの無表情、美優はしかめっ面をしている。あのおっさんの態度が気に入らないのだろう。まるで、俺達は居なくなって当然とでも言いたげな態度だった。この時代を生きる俺達を旧人類と呼んでたしな。かなりの選民意識がありそうだ。


 おっと、アンドロイドが話し始めた。


『旧人類諸君。未来より来たと言っても信じられん者も多くいるだろう。混乱も動揺も発生するだろう。しかし、我々は和平を求めているわけでも理解を求めているわけでもない。諸君はただ我々の要求に応えていればいい。そうしている間は我々も危害は加えない。さて、我々の要求は2つだ。1つはこの惑星からの恒久的退去、及び我々に対する従属。もう1つはある人物の身柄だ。その人物は旧人類の身でありながら叡智に溢れるという。もっとも、今はまだ少年であると思われるが』


 アンドロイドは淡々と、それでいてこちらを見下したような声音でそう言った。

 どうやら英治の言った侵略云々は現実となったようだ。


 周囲には人気がない。5月にしてはやけに寒い風が俺の頬を撫でる。


『その者の名は、楠木英治。既にいると思われるところには部隊を派遣させてもらっている』


 画質の良くないワンセグ画面ではハッキリとは分からない。しかし、アンドロイドは俺達を嘲笑うように口角を上げてみせた。

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