第2話 始まりを告げる光②

 俺、中村浩介は親友が学校に来るのを待っていた。


「全く……。何やってんだよ、あいつ」

「確かに。普段は寝坊なんてしないのにねー」


 朝礼も終わり、授業が始まるまでの間、俺は、隣にいる山下美優と駄弁っていた。


 この山下美優と俺達が今待っている楠木英治、そして俺の3人は小学生の頃からの親友だ。イタズラをしたり、放課後に遊んだり、いつも3人一緒だった。


 しかしながら、それゆえにとばっちりを食らうこともある。さっきがまさにそうだ。


 よりによって今日、英治が寝坊したせいで我らが担任鈴木美智子教諭は朝からイライラしていた。その怒りのベクトルは英治にぶつけることが叶わず、されど発散はしたかったようで代わりに俺へと向いた。お陰でさっきから雑用を言いつけられ、不機嫌な先生のもとでキリキリと働くはめになったのだ。


 ちなみに美優はというと先生からなぜか気に入られており、こういった被害は受けない。成績は俺より低いくせに、何故だ。


 話は変わるが、俺たち3人のことでよく言われることがある。それは「何で君たちみたいな3人が仲良くなれたの?」だ。


 中々失礼な疑問である。しかし、自分でも少なからずそう思っているので返す言葉は無い。


 では、何故こんな疑問が生まれるかを説明しよう!


 ……そんな目で見るな。俺は断じて常日頃からこんな感じの変人じゃない。俺も疲れが溜まってるんだ。いきなりハイテンションになったっておかしくないだろう? いや、おかしいか。


「どうしたの? 変な表情して。」


 ……うるさい。


 ともあれ俺たちがどんな奴なのか、だ。若干説明口調なのは許せ。


 まず、俺はアウトドアー派だ。体を動かすのが好きで、休日はいろんなところへ飛び回る。


 加えて言えば……少々遺憾だが、俺は「問題児」であるらしい(らしい、というのは俺に自覚がないからだ)。


 対して英治はと言うと、俺と正反対で断然インドアー派なのだ。


 基本的に家から一歩も出ないタイプである。何やら難しそうな本を読んでいたりする「教室の隅っこで誰とも関わらずに一人で過ごしたがる奴」だったのだ。きっとどのクラスにも一人はいる。しかし、英治はその中でも別格であろう。特に寂しいと思う事もないようで、近寄り難いオーラを放っていた。


 きっと一人でも生きていけるのだろうという雰囲気を持っている。まぁ実際はそんなことないのだろうが。


 小学生の頃、引きこもり体質を盛大に開花させつつあった英治を俺と美優でよく

外へと連れ出したものだ。当時の英治は小学生にあるまじき苦々しい顔で喜んでくれた。


 また、基本的には適当な奴だが、時としてクソまじめになる。根はそっちなのかジョークをあまり言わない。言うとするならよっぽど機嫌が良い時だけだ。代わりにきつめの皮肉が口から飛び出たりするが。それでも恐らく、多くの人からの印象は「真面目な奴」だろう。


 そして、美優はというと結構男勝りな一面を持っていたりする。いや、二、三面あるかもしれない。おおよそ雑で大雑把な性格をしていて、弓道を習っている。奇異なことに、美優は男女問わず人気がある。かわいいだとか弓道着姿が凛々しくてカッコいいだとかいう評判を以前聞いたときは道行く人々の目と脳と口を疑った。


自分の目と耳を疑う気は無い。



 ……お分かりになっただろうか。……分からない?それではもう一度。


 性格をしており、を習っている。


 そう、美優は大雑把な性格をしている癖に精神集中を必要とする弓道をやっているのだ。


 俺としては美優が矢をつがえ、弓を構えたら恐ろしくて堪らない。生命の危機だ。


 ……さて。つまるところ「活発な問題児」と「自己完結しがちな真面目っ子」、そして「男勝りな弓道少女」の3人がそれぞれに化学反応を引き起こし仲良し3人組へと至ったのだ。


 何があったのか詳しくは語らないが、教師たちには予想だにしていなかったらしい。だが、少なくとも扱いの難しい3人が落ち着いたことに教師陣は喜んでくれたに違いない。


 ちなみに俺たちは4月に高校に入学したピッカピカの1年生だ。ここは県立神谷高校。最近、校舎の修繕が行われたらしく、中々キレイな外装をしている。つまり、この校舎もまたピッカピカなのだ!


 ……それはどうでもいいか。うん。


 俺と美優は授業が始まるまで他愛の無い会話を続け、英治を待っていた。




 しかし、ホームルームが終わるまで英治は来なかった。


 今日もいつも通りの日常。何か刺激が欲しいな、退屈だ。そう思っていた時だ。


 突然、空が光った。太陽が爆発したのかと疑いたくなるほどの閃光だった。




 空が光ってしばらくは皆呆気にとられていたが、状況を認識すると教室内は大騒ぎになる。いや、この教室だけじゃない。学校全体どころでもなくあの光を見た者のほとんどが騒いでいるはずだ。おおよそ世界の半分くらい。


「浩介、今の何!」


 美優があわあわとしながら俺にそう訊いてきた。俺に分かるわけないだろうに。


「さあ、少なくとも誰かのイタズラじゃあないな」

「何でそんなに落ち着いてられるのよ!」


 美優が憤慨する。うん。確かにちょっと返事が適当だったな。ごめん。


 けど、しょうがないじゃないか。だって、人が本当に驚いた時って思考が停止するもんなんだぜ?


「いや、ただ何も考えられないだけだよ。刺激が欲しいとは思ったけど、人類滅亡レベルのなんて望んじゃいないぜ」

「どういうこと!?」


 そう、決して落ち着いているんじゃ無い。状況を受け入れられないだけだ。


 今の光が人工的なものであるはずはない。そんな技術は聞いたことがないし、もし人工的なものだったとしても、何の前触れもなく引き起こされたそれが兵器じゃない可能性は低い。


 また、自然現象だったとしても、あの規模だ。光はエネルギー。つまり、あの光量ならそれだけのエネルギーが放射されたはず。その莫大なエネルギーを前に人類が生き残れるとは思えないな。あれ、まさか俺達もう死んでる?


 まあ、冗談はともかく。


 もしも隕石か何かだったとしたら次の瞬間には人類が滅亡していても不思議じゃない。哺乳類の前に繁栄していた恐竜は隕石によって絶滅したという説が有力だ。人類もまた、同様に終わりをむかえるのだろうか。


 俺は、手に汗をかきながら身を強張らせていた。


「もし、今の光が巨大隕石や太陽の爆発が起きたらとてもじゃないが人類は生きちゃいられない。それを回避する術も時間も無いだろうな……」


 自分の声が自然とうわずりかける事に俺は少し悔しく感じた。


 いつも俺、楠木英治、山下美優の三人で過ごしていたからか、こんな状況では三人揃っていないととても不安になる。


 今、あいつはどこにいるんだろうか。


「盛りあがってるところ悪いけど、さっきのは隕石でも太陽の爆発でもないと思うよ」


 後ろから聞こえるその声に振り返ってみると、そこには中肉中背でパッとしない

気だるげでやる気のなさそうな男子生徒が眠そうな顔でこちらを見ていた。


 俺が待ちに待っていた人物、楠木英治である。


「英治! 来てたのか! そうならそうと早く言えよ! どこにいたんだよ! それに話聞いてたのか! 隕石でも太陽でもないってどういうことだ!」


 息切れするまで俺は英治にまくし立てた。人が心配してたってのに声もかけずに……!


 しかし、同意を求めるべく美優の顔を見ると、「気づいてなかったの」と言わんばかりの表情をしていた。……う、裏切り者!!


「とりあえず落ち着けって。それに僕はついさっき来たところなんだ。随分と思い詰めている様に見えたけど、大丈夫か?」

「そうよ、話かけても全然返事もしないし、英治が来たのにも気づかないし。大丈夫?」


 美優、お前こそさっきまで大慌てだったくせに。相手が取り乱してるほど人間は

冷静になると誰かから聞いた事があるけど、こういうことか。


「悪い、大丈夫だ。しかし、英治はあの光がなんだと思うんだ?」

「いや、あれが何かまでは分からない。けど、隕石だったら接近に気づかない訳がないし、太陽が爆発したのなら僕らはとっくに天国にいるだろうね。それに、空を見上げたら太陽がある。さっきの光は太陽が原因では無いと思うよ。あれだけの光量にも関わらず熱が全く感じられないのはおかしいけど」


 うん。まあ、確かに。そう言われてみればそうだ。全く気がつかなかった。俺は随分と焦っていたらしい。


「ともあれ、あれが何だったのかはどこぞの研究機関が究明するさ。僕たちにできることなんて無いよ」


 英治は自分のクセ毛をくるくるといじりながらそう言った。


「それはそうだけど……」

「今頃、各国のお偉方が会議でも行ってることだろう。先生方も職員会議をしてるみたいだしね。そんなことより今日が何の日だったか教えてくれ」

「え? やっぱり分かってなかったの?」


 美優が驚きながらそう言った。


 しかし、英治は今日が何の日か知る機会を失うことになった。


 不意に、スマホが振動し始めたのだ。それも、クラス全員のが。


 俺は自分のスマホを取り出し、画面を見る。英治や美優、他のクラスメイトたちも各々のスマホを取り出していた。そして、画面を見て硬直する。ロックが解かれ、映像が流れ出したのだ。あらゆる操作が全く反応しない。


 映像はどこかの屋内で撮られているようで、中央には一人の中年男性が立っていた。


『余は、そなたらより645年ほど未来の地球における統一国家ブランバルム王国国王クルセウス=ヴァン=ブランバルムである。先程、余はタイムゲートより時空を超えてここへ来訪した。お前たちは強い光を見たはずだ。それは、タイムゲートを起動した光である。余の世界では、資源が枯渇しようとしている。ゆえに、資源のまだ多く残るこの世界へ我が国は移転する。それに伴い、旧人類諸君にはこの地球及び周辺の天体から退去することを命ずる。これより、日本という国の行政所へ向かい、詳しい要求を行う。抵抗及び退去に応じない場合、武力をもってこの世界を制圧することになるだろう』


 映像はそれで終わり、スマホは正常に戻った。


 誰一人言葉を発することはなかった。俺は他のみんながそうであるように、いやそれよりも増して打ちのめされていた。ここにいる全ての人間の持つ情報端末、そしてほぼ間違いなくこの国、あるいはこの地球上にある全ての情報端末が乗っ取られていたことに気づいたのだから。


 映像の中の「王」と名乗る人物。あの男は未来から来たと言った。今の映像が愉快犯によるフェイク動画であるようには思えない。


ただの日常から急展開すぎるだろ! 誰か! 説明プリーズ!!


俺が混乱してパニックな時、隣にいる英治が口を開く。


「どうやら、今日は休校になりそうだ。」


 ただ一人、英治だけが納得したように頷いていた。

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