第3話 迷宮③
セバスチャンは夢の中で聞いた懐かしくも嫌悪に満ちた男の言葉で目を覚ました。
その男の言葉は目覚める前の混濁した世界の雲を切り裂くには十分な刃を持っていた。
その男の言葉は短く、一言、セバスチャンに向かって発せられた。
「下品」
セバスチャンは目を見開くと、夢の中で男が言った言葉の節回しを真似しながら、部屋の天井に向かって呟いた。
視界に光が感じられた。
ベッドの右側に朝の陽が射し込んでいて、それが自分の顔を照らしているのだとわかった。
身体を起こすと、壁に掛けてある時計を見た。
時刻は午前十一時を少し過ぎていた。
(寝すぎたようだ)
そう思うと身体を起こしてベッドから離れてハンガーに掛けてある赤地のストライプ柄のシャツを手にとって袖を通し、藍色のジーンズを履いた。鏡を見て髪型を手で整えた。金色の長い巻き髪を後ろで整えて髪バンドで括った。
昨日、バカンス先のギリシャのクレタ島から故郷のサルデーニに帰って来た。
その移動で様々な乗り物に乗った為か、身体の節々に疲れが出て体がだるい。
セバスチャンは服を着ると目を閉じて大きく背を伸ばした。足元から、疲れが徐々に消えてゆくのがわかった。
腹が低い音を立てて鳴った。
朝食を食べ損なったのに気づくとセバスチャンは部屋のドアを閉め、板張りの螺旋階段を駆け足で下りて行った。
(街のどこかで食事をしよう)
そう思って階段を下りながらサングラスをかけると、明るい日差しの街の通りに出た。
白地の禿げた石畳の上を太陽の光が反射している。
セバスチャンはまばらな人通りを横切りながら海が見える方へと歩いた。そして通りと海を隔てる石の塀に腰をかけると、眼下に広がる海を眺めた。
心地よい潮風が頬に当たり、美しい地中海が見えた。
遠くを見ると入江に入ってくるが穏やかな風が、小さな波をつくりながら漂う白いヨットの側を抜けて青い空を岸壁まで運んでいるのが見えた。
「バズ、今起きたのかい」
セバスチャンを呼ぶ声が聞こえた。
自分のことをバズというのは自分の幼馴染達以外にいない。誰だろう、そう思ってセバスチャンは声のする方を振り返った。
白いシャツに色落ちしたズボンを履いた男の姿が見えた。栗色の巻き髪の下で青い瞳が笑っている。
幼馴染のレオナルドが立っていた。
セバスチャンはニコリと白い歯を出して微笑した。
「レオ、今起きたばかりだよ。昨日は遅くまでトニーやブルーノ達と一緒に君の店にいて飲んでいたから、朝寝坊してしまった。君が僕に作ってくれた最後のカクテル、なんて言ったかな・・そうそうメデューサ、あれだよ、名前のとおりそいつのおかげでさっきまでベッドで石のように寝ていたよ」
セバスチャンは笑いながらレオに向かって言った。
「そうかいバズ、そいつは悪かったな。長旅の疲れを取る薬の効き目としは十分すぎたかな。じゃどうだい?朝寝坊なら食事なんてとっていないだろう。俺の店で昼飯というのは。トマトベースで煮込んだ魚料理がある」
レオナルドは首を振って、店に来ないかと合図を送った。セバスチャンはレオナルドの方に歩み寄ると、「大賛成だ。じゃ行こう」と言って並んで歩き出した。
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