第2話 迷宮②
ジョゼは翌日、街から忽然と消えました。
僕はジョゼが去った日に起きたことを今でも思い出します。
街の西側にある白いヨットが沢山止まるハーバーでマリオとアランが溺死体で見つかったのです。二人共両手、両足をそれぞれ麻紐のロープで繋いでいました。
僕は仲の良かった二人がヨットハーバーの海へ入水して自殺したことを聞き、街の通りに出ると近くにいたマルケを呼んで一緒に走りました。
ジョゼは呼びませんでした。
僕以上に仲の良かった二人が亡くなったことを知ってしまえば、大きなショックを受けると思ったからです。
僕とマルケはヨットハーバーで多くの警察がいる場所を見つけると一目散にそこへ走りました。
警察官たちの長い足の下で、ロープで手足を繋いだ変わり果てたマリオとアランの姿を見ました。
僕はそれを見て気絶して倒れそうになりました。
そんな僕をマルケは小さい肩で支えてくれました。それで僕は倒れることはなく、その場に立ち続けることができました。
多くの大人たちが集まってきていましたが、ジョゼの姿は見えませんでした。僕は大人達の中にジョゼの父親を見つけました。そして近づくと僕はジョゼの父親に言いました。
「フィリポさん、ジョゼは?ジョゼは来ていませんか」
父親は首を横に二度振りました。そして僕に向かって逆に息子を見ていないか、と聞きました。僕は言いました。
「ジョゼとは今日はまだ会っていません。マリオとアランはとても気の毒に思います・・もしかしたらジョゼは既にこのことを知ってどこかで打ちひしがれているのかもしれません。マリオとアランとジョゼはとても仲が良かった。まるで三人は友人を超えて永遠に愛し合う恋人のようでしたから」
父親は、僕のその言葉を聞くと怒声を放ちポケットから手紙を取り出し、僕の前で破り捨てました。
そして目の前に立つ警官を押しのけるようにして歩き、その場から足早に立ち去りました。
彼の父親が放った言葉がとても汚い言葉で、それがいつまでも僕の耳に残りました。
僕とマルケは再び二人の死体に向き合うと互いの傷ついた心を慰めあうように肩を抱きしめました。
そして僕は心が堪らなく引き締められるような虚無感に襲われるとマルケを見つめ、驚いたことにマルケに自然にキスをしてしまいました。彼女も特にそれを避けることなくお互いに唇を合わせました。
死体が警察の車両に乗せられるまで僕達はその場にいました。
そして警察の車両が引き上げるとひとりひとりと、その場を去って行きました。
マルケも仕事があるからと、僕に言うと去って行きました。
僕はその場所にひとり残っていました。
ハーバーの青とエメラルドグリーに輝く海のそこに漂う二人の魂が僕をいつまでも引き止めているようでした。
何かが僕の靴に当たりました。
僕は足元を見ました。それは先程ジョゼの父親が引き裂いた手紙の紙切れでした。辺りを見るとジョゼの父親が去った場所に引き裂かれた手紙が散らばっていました。
僕はそれを丁寧に一枚一枚集めるとズボンのポケットに入れ、やがて海へ向かって黙祷をしてこの場所を離れました。
ジョゼが行くえ知れずになったことを知ったのは、その日の夜の両親達のひそひそ話でした。
僕はとても疲れていたので、早めにベッドに入りました。だけどなかなか寝付けませんでした。
すると夜中になっても広間の明かりが消えていないことが分かりました。
そんな時は必ず両親たちが自分に聞かせたくない話をしている時でした。僕はそっと広間の扉から漏れる両親の声を聞きました。
「フィリポさん、夜に警察へジョゼの捜索願を出したそうよ」
母の声でした。
「そうか、しかしどこに行ったのだろう。気の毒に。今日アランの働いていた酒場に行くとマリオとアランの話で持ちきりだった。皆、二人の自殺について話をしていたよ。二人はきっと現実世界で叶わぬ愛を叶えるために永遠のハネムーンへ出かけたのだと」
「やめてよ、そんな話、ジョージ。下品だわ」
母親の怒声が聞こえました。怒声の後に、父の低いうすら笑いが聞こえました。
「そう怒らないでくれよ、マリア。愛にも色んな形があるのだ。神はその一つ一つを私たちに許してくれている。私達は愛の形をどのようにするか、選択の自由がある」
母親のコーヒカップをソーサーに置く音が大きくなりました。それで僕は母が父に本気で怒っているのだと気づきました。
「わかった。わかったよ、マリア。僕が悪かった。すこし図に乗りすぎたようだ」
「それ以上、この話をしないで頂戴。もしあの子が聞いたりして、冗談でもあのふたりのようなことをするようになったら、たまったものじゃないから」
「そうだな」と言う、父の声が聞こえました。
父の声が聞こえると、椅子の動く音が聞こえました。
そしてその後、父と母の間で沈黙が訪れました。僕はその沈黙の重さを背中に感じながら、ベッドに戻りました。
この沈黙は母と父が二人の愛の純度を確かめる為にキスをしているのだということを知っていました。
そしてその時間は愛し合うふたりの子供の僕でも邪魔をすることができない神聖な時間であると、僕は知っていましたから静かに音を立てないようにベッドに戻りました。
そして頭からシーツを被りました。
僕はシーツを被りながら、先程母親が父に向かって言った言葉と今日ヨットハーバーでフィリポさんが言った僕に言った言葉が同じ言葉だったのを思い出しました。
フィリポさんは確かに僕に「下品だ」と言ったのでした。
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