偽善の城

 そろそろ冬と言う時。


「すみません。エアコンが調子悪くて」


 会議室に呼ばれた。

 書類を持った人事部を名乗る女性がリモコンを手に取る。


 ホワイトボードの横には佐伯次長。

 そこを向くように社員が列んだ。


「あ………!」


 栗本がいた。


「おー。一緒だな〜」


「そうだね」


 他にも知ってる顔がちらほら見受けられる。


「ついにだなぁ」


 出田が呟く。


「だといいんですが…………」


 仁恵、土井もいる。

 居ないのはただ一人。

 冬野だ。

 これで異動なら成功だ!


 最後に総務の役人が入室し、扉が閉じられる。


「では、始めましょうか!

 佐伯次長、お願いします」


「あぁ。

 おはようございます。作業中に中断させてしまって申し訳ない。

 ここにいる諸君は人事異動という事になったので、よろしくお願いします」


 内心、ガッツポーズを決める。

 よかった!!


「本日から急遽休日を二日取り、すぐに配属されるな。下駄箱やロッカーももう準備してある」


 本当に急な話だ。まるで夜逃げのような異動。

 だが確かに、仕事中に冬野に茶々を入れられては気分が悪い。

 このまま穏便に異動と言う形であいつから離れられればいい。


 簡単に名前などを言い自己紹介を済ませた後、佐伯次長が前に出る。


「では、最後に役職の発表だ。

 ここはB棟の管轄下であるため、責任者は私佐伯が務めさせていただきます」


 B棟の管轄と聞いてホッとした。

 これで冬野の支配下から、佐伯次長側へ堂々と寝返ることが出来る!


 そして、やっぱり紛れ込んだか。縁故組の刺客。


「部長の佐久間です」


 五十代前半程の大男である。こいつは縁故組の下位ボスと言うところだ。


「続いて課長、秋沢だ」


「秋沢 とおるです。よろしくお願いします」


 この人か。川田の会社から引き抜きで来た社員。確か年齢が冬野と同じなんだよなぁ。

 冬野、土井、秋沢……………とても同級とは思えない、酷い差だ。


 私たちは軽く自己紹介をした。

 秋沢は妻子持ちらしい。見た感じも真面目そうな男だ。

 中肉中背でオールバックのヘアスタイルが意外と年齢の割に似合う。ポケットの中のボールペン類が綺麗に揃い刺されている辺り、几帳面そうだ。


 引き続き、係長二人。山本と林。彼等は中立者である。


「引き続き日勤と夜勤含め、現場の社員リーダーを琴乃 春子が務める」


 待て!!待て待て!

 聞いてない聞いてない!


「……え…?あの………私ですか?」


 大丈夫なのか?

 これは他に反縁故組の社員の中で割り当てた際の消去法だ。

 誰でもいいんじゃないだろうか?

 不安だ。

 しかし佐伯からの命令だ。拒否権はない。


「心配ない。何かあったらいつでも秋沢を頼れ」


「あ、はい……」


 その秋沢も新入社員だしな。不安だよ。


 この日はこれで解散となった。


 ギスギスした社内。

 パワハラも多く、飲み会など人が集まるはずもなく。現場異動の社員が居ても特に送別会などは無い。

 これもある意味、A棟を去る私達にとっては泣いて喜びたい程だ。


 休日が明け、F棟初出勤となった。


 あぁ!でも、清々しい気分だ!


 ところが私が駐車場から歩いていると、運悪く冬野と顔を合わせた。


「おう、新しい職場だな!

 集まった奴らはどうだ?」


 お前が居なくて快適なのは間違いない。


「仁恵さんや土井さんが一緒なので安心ですねぇ」


「そうじゃない。

 ほら、新しい課長がいんだろ」


「まだ全然話してないんですよ。顔合わせだけですぐに解散になったんですから………」


「なんかねぇのかよ!」


 その後も詮索は続いた。主に新課長、秋沢についてである。

 また、何かあったら部長に相談すればいいとも吹き込んできた。

 本当に、全く嫌な男!


 更に、F棟に集まった面子を聞くと、冬野は佐伯を偽善者だと罵ってきた。


「また使えねぇ奴ばかり集めたもんだなぁ!早めに避難した方がいいんじゃないか!?」


 確かに傍から見ればそう言われても仕方がないのかもな。

 土井や出田もそうだが、他の棟から来た連中も殆どが、病気持ちや障がいのある人間、また虐めにあっていた者も多くいた。


 だが、彼らの多くの武器は、真面目にコツコツと。仕事においては優秀であることである。

 しかもそこに佐伯次長を筆頭に、技術もある引き抜き秋沢が現場を仕切る。


「そこに、なぁ〜んでお前が配属されたんだかな?」


「異動願いは出していないので、私にも分かりませんね」


 冬野は私に不信感を抱いているようだった。


 だが、これでA棟を脱出出来たのだ。

 後はこの冬野を潰してやればいい。


 じわじわといたぶってやる。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る