新工場F棟
会議
新しいビルに初めて見る機械。
難解な説明書、五十人が三班あり、その百五十人全てが初心者。
経験者は秋沢のみ。
ほぼ、一度では記憶出来ない落ちこぼれ社員たち。やる気があっても、脳が付いていけない。または体が思うように付いていけない。
だが、秋沢は苛立つ事もなく。丁寧に丁寧に何度も、何度同じ事を聞かれても真剣に部下に向き合った。
寝る間も惜しみ、まずは社員にマシンの使い方を仕込む。
少し出来る者が居ればメンテナンスも全て。
本当に全員が素人集団であった。1日の生産台数のノルマ等、もう既に出遅れていた。
日に日に秋沢はやつれ、顔が土気色に変色していった。
引き抜きで来た以上、彼としても簡単に投げ出すことも出来ないのだろう。
付いていく部下の私たちも、どうしたもんかと頭を抱え始めた。
(秋沢さん、限界なんじゃないか?)
(そのうち倒れちまうんじゃないか?)
(コレは急に入院なんて事にも……)
(今、いなくなられたら…また、あの日々に戻らなくちゃならない…)
士気が下がりつつある。
なんとか、なんとかしないと……。
しかし、どう頑張っても仕事は進まない。
来週には会議がある。
現場の朝礼の他に、役職だけの報告会議が毎月一、二度あるのだ。
来週はおそらく、F棟の生産台数が大幅に遅れている点につき、厳しく追求されるだろう。
一体どうなってしまうのか…。
会議当日。
秋沢は私を呼んだ。
「はい。なんでしょうか?」
「琴乃。俺の会話に合わせてこの書類を整理して、次の書類を用意したりしてほしいんだ」
「はい……」
なぜ私が……?これは係長や主任の仕事では。
「佐伯さんにな。お前を使うように言われてる」
聞き取れるか否かの声量だった。
しかし、秋沢も訝しげにしており、不釣り合いに若く社会経験の無い私を見下ろす。
この様子だと、佐伯次長からは何も聞いていないのか?
「分かりました」
中立組の主任、係長は居ないものと考え動けと言う事だ。
「じゃあ行きましょうか」
書類をファイルに詰め込み、F棟を出た。
生産予定の遅れはとんでもないことになっている。
つまり秋沢と頭を下げる作業だ。
憂鬱。
しかし、秋沢をサポートしなければ、いつ縁故組にF棟を横取りされてもおかしくない。
持ちこたえなければならない。
F棟から移動中、秋沢と佐久間部長と三人になった。
まだ早いか。しかし、ここで秋沢を失うのはいかない。
何より、これから起こることを秋沢は知らない。
この会社の闇を、まだ見ていない。
「部長!」
先手必勝だ。
「冬野課長から何かあったら部長を頼れって言われてます。頼りになるからって!」
佐久間は満更でもない顔だ。秋沢は少し不満そうだった。私は続ける。
「実は、昔の話ですけど、うちの父も佐久間部長とよく遊んでたって聞いて!」
佐久間の顔色が豹変する。
父との繋がりは事実である。
『お前の会社に佐久間っているか?結構上だと思うんだけど、俺の同級生なんだよ』
佐久間は目が泳いでいた。
「えぇっと……」
私のネームプレートをまじまじと見つめる。
「高校の頃の同級生って言ってました!父は哲也と言います!覚えてますか?」
「あぁー」と、なんとも歯切れの悪い応えだ。
それもそのはず、佐久間は劣等生の挙句、卒業後は毎日不良達の使いっ走りもさせられ、空き巣やひったくり……濡れ衣とは言え補導歴も数回あったらしい。
これが冬野の耳に入れば、高みを目指す冬野は簡単に佐久間を切るだろう。もし結託しても、噂に流せば佐久間から恨みを買おうとも、共倒れくらいには持ち込める。
「懐かしいなぁー、なんて言ってましたよ!」
「そ、そうなんだ……本当に懐かしいよ」
佐久間は私を避けるように秋沢と話こもうとする素振りを見せ始めた。
こんなもんでいいだろう。
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