技術組のボス 佐伯次長

 猛暑の日々が過ぎ、私は十九歳になった。


 時を同じくして、敷地内に新しいビルが建った。

 機械も新品。新規事業拡大。仕事も新しい製品の製造である。次々とマシンが搬入される。


 予想通り、冬野はこの事業に食いついて居た。

 より新しい城に住み付き、更に自分の気に入った手駒で周囲を構築する為に。


 冬野は必ず仁恵さんと出田、そして土井は連れて行くはずだ。

 冬野による私への評価も悪くない。仕事は全てやれるだけやってきた。冬野にもよく懐き、いつでも冬野のフォローを怠らないよう務めた。


 全てはこの為に。


 今年の盆の休暇、地元の友人と会った。

 同じ業界の大手メーカー、フルムーン社に務める川田である。彼が酔いに任せて語り出したのは自分の職場の話であった。


 川田の会社には優秀な次長が居たという。

 面倒見がよく、何より仕事が出来る男であったと言う。

 だが、夏頃に他会社から引き抜きの話があり、また転職先の会社は新しい事業に着手する真っ只中で、自分たちの職場の引き継ぎが急ピッチだったと言う。

 取り残された現場は大混乱により、大変な思いをしているという。


「引き抜き先って…?」


「そうだよ、お前のとこの会社だよ」


 新しい事業を始めるF棟。

 そこに引き抜き者が来る?

 と言う事は、新しいF棟は取り合いになっているのか。

 縁故組と技術組で。


 そして、決定的な情報。


「次長はその現場に行けば、課長に就任する予定になってるって言ってた。しょうがねぇよな。もう契約しちゃったってんだから。


 あの人、現場が好きだからさぁ…自分で作業したいんだろうな…。うちの会社は係長以上は事務作業なんだよ」


「へぇ……」


 引き抜き中心の技術者組は、新しい技術者を課長に抜擢しF棟へ送り込むようだ。

 となると、現在A棟で課長をしている冬野の移動は取り下げられるかもしれない。


 何故、新しい引き抜き者の情報を冬野が知らないのかである。


 おそらく、技術者側にも相当な策略家が居るのだろう。

 それも冬野をハメたい奴が。

 ギリギリまで事実を隠し、冬野の手駒になっている部下を炙り出し、全員技術者側に取り込む……。


 そんなところだろうか。



 ある日の夜勤勤務中、見知らぬ男性が現場へ来た。


「うわっ!!?」


「うむ?すまんすまん…」


 名は知らなかったが、噂に聞いていた特徴と酷似していた。

 B棟の佐伯次長である。


 彼は寝間着姿で、気付くと私の背後へ立っていた。無言で立っていたのでギョッとしたよ!


 噂の抜き打ちチェックか。

 夜勤はどうにも人が減るせいか気が抜ける。サボる者も増えるが、限度とタイミングを誤るとこれに引っかかると聞いたことがある。

 心臓に悪い!


「冬野はどこだ?」


「…先ほど現場から出ていく所を見ました」


「毎日か?」


 それはサボりが?

 仁恵さんの事か?


「琴乃 春子だな?川田がよく話すもんでな」


「川田ですか?フルムーン社の、川田ですか?」


「あぁ、聞いてないのか。あいつは私の甥だ」


 馬鹿な!


 全身の血液が沈んで行くのが分かる。

 川田からそんな話は聞いてなかった。


 つい先日、この会社の悪行について愚痴を言ったばかりだった。

 まるで時間が止まったように、すぐ側の機械の騒音さえ聞こえない。

 手先でさえ、冷え指が固まる。

 次長は私の側へ立ちはだかると、呟くように話し始めた。


「そ、そうだったんですか…」


 おかしな汗が出る。

 佐伯次長は周囲を見渡すと、静かな声色で私に言う。


「まだ、動くなよ。お前が仕事をするのは先になる」


「新F棟ですか?」


「そうだ。俺の予定では、な」


 間違いない、彼は冬野の敵対者である技術組である。

 となると、技術組の巣はB棟か。

 次長はそのまま現場の中をぷらぷら見学し帰っていった。


 なんにしても、お咎めがなくて良かった。

 小さい町だし。こりゃ誰にも社内の愚痴など出せないな。


 後に判明するが、このB棟の佐伯次長。

 技術組で、もう何年も前からB棟の一角に無断で住み込んでいた。


 なんの為に。


 全ては我が社の悪行を暴く、来るべき戦争の為にだ。

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