吃音症の土井は

「あれ?土井さん…………?」


 ショッピングモールで土井と言う男性社員に会った。


「あ………」


「お疲れ様です。ショッピングですか?」


 私と同じ班にいる男性社員で、冬野の同級生なのだという。だが、友人という関係ではないようで、ジュースの奢りや無理な生産台数の押し付けをされている。


「ここのテナントおしゃれな店多いですよね〜。

 あ、グッピーズのショップバッグだ。あそこのネクタイオシャレですよねぇ!」


 土井は赤面しながら、頭をカクカクと振って頷くばかりだ。


 彼は吃り症で、内気な性格な方だと思う。

 言い方次第では弄られキャラと言うものだろうが、まぁ実質いじめだ。


 そして冬野は土井にこう吹き込み続けている。


「お前のようなものは、他の会社じゃ使い物にならない。

 お前のようなものは就職出来ているだけでもありがたいと思え。

 お前のようなものをこの俺が面倒を見てやってるんだぞ」


 現場で冬野が時折、土井のそばに来る時は、決まってこれらを念仏のように唱えているか、罵声を浴びせているかだ。


 学生時代から三十四歳になる迄、ひたすらこの調子だったそうだと仁恵に聞いた。


「………そう!……ネクタイ、か、か買って……」


「へー!」


 しかし、なんと言うか……。


 互いに皆、決められた作業服で会社にいるから気づかなかったが。

 土井のセンスの良さよ!


 決して馬鹿にしてる訳じゃない!

 土井は通勤も下のTシャツも地味な保護色ばかりを選んで居て、社内では目立たないタイプだ。


 それに比べて。

 休日のこの土井のセンスは一体どうなってるんだ。

 相当だぞ。

 おしゃれ雑誌等を読んだだけのそこいらの女性共など、比べ物にならない。

 配色、柄、そして少々太めのコミカルな体型にも絶妙なバランスで映える、五体それぞれの絶対領域。


 まさに歩く芸術だな。


 最初は私も気付かなかったが、すれ違いざまに土井の顔を認識した。

 周りの通行人の何人かは振り返って見惚れるほどなのだ。思わずガン見してしまった。


 弱々しい垂れ下がった眉と人の良さそうな目元も、目深に被った独特なハット帽のインパクト上手くで視線をいなしている。


「これから帰るんですか?」


「えぃ、え、えい」


 あ、最上階の映画館か。


 土井はいつもそのような調子で話すが、決して通じない訳じゃないのだ。

 私が配属したての頃は世話になったものだ。別け隔て無く、気のいい男なのだ。


 立ち話に思わず花が咲く。

 休日は専ら映画鑑賞をしているらしい。映画館二箇所をはしごして、ひたすら新作を見続ける。自宅でもほぼ読書やレンタルDVDを見て過ごしていると言う。


「すみません長々と。上映時間大丈夫ですか?」


「だだ、だ大丈夫!」


 土井は作業も真面目で丁寧に仕事をこなすタイプだ。


 その日から、土井とは顔を合わせれば休憩室で話をするようになった。


「今度友達と映画に行くんですけど、アクションが見たいって言うんですよね…私はホラーしか見ないんですよ」


「ほ、ほう、ほぅが」


 邦画か洋画か?


「出来れば洋画がいいなぁ。でも、友達はそこにこだわりは無いみたいで」


「あ、あの、せ、せんっ、先週……」


「先週公開になったやつですね?そうか…あれ、面白いんだ。じゃあそれにしようかな」


 土井はにこにこと頷いていた。


「春子ちゃん優しいのね」


「え!?」


 仁恵に言われて、はっと社内での土井の立場を思い出す。


「いや、そんな同情とかじゃないですよ!

 実は土井さんて物凄いオシャレでやばいです!」


「えっ!!?本当に!?」


「何度か別の話もした事があるんですけど、土井さんなんでも知ってるんですよ!びっくりしました!」


「えー?そうかぁ。雑学に強いって話は聞いた事あったけれど。

 でもオシャレ関係は意外ね」


「はい。私も最初は誰かわからなくて」


 土井はうまく話せないだけだ。

 この男はキレる。

 おそらく、冬野はその辺をはき違えているんだろうな。


 夕刻、一人っきりで残業している土井に声をかけた。


「冬野課長と土井さん、同期なんですね?いつも一緒にいるし、仲いいんですか」


「ま…………まぁ………」


「実は最近、作業治具に違和感がある時があって、冬野さんを探したんですけどいないんですよ!仁恵さんもいないし、誰にも聞けなくて……。

 みんなどこに言ってるんでしょうね……?」


 さぁ、答えは?


 土井は俯き、しばし無言のまま。

 手が止まっている。


「は、は……春子ちゃ。

 お、おれ、それ、言っちゃ、駄目。言えない」


 素直な男だ。

 それはもう知っていますと肯定した様なものじゃないか。


「そうですか………仁恵さんが、可哀想だと思ったからつい………」


「お、お、おお俺からは、とと、と止めれない!」


 そう言うと土井はガタガタと震えたまま作業を再開した。


「余計な事を言い、すみません…………」


 状況下によっては、彼は冬野の支配下から抜け出せるな。

 そして、仁恵については、誰にも悟られず、穏便に冬野から離さなければならない。


 今はまだ。

 もう少しだ。

 大丈夫。出来る。

 やるんだ。私が。

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