第87話 【水蛇】の秘宝を手に入れました!

 水を取り戻した【涼雨の湖】はとてもとてもきれいだった。

 透き通った水は湖底まで見ることができる。そこには色とりどりの水草が生えていて、ゆらゆら揺れるたびに、湖面の色が変わるのだ。

 CGで表現されたあの湖面の美しさはこの水草によるもの。実物はCGよりももっともっと美しくて――


「『よし』じゃないわい! 『よし』じゃ!!」


 ――そんな湖面を見ながら、私はムートちゃんに怒られていた。


「『倒す』というのは吹き飛ばすということじゃったのか! 幼いエルフよ、もしや、目的を忘れたわけだはあるまいな!?」


 湖の岸辺に座る私。腰に手を当てたムートちゃんがクドクドと怒る。

 湖には【水蛇ナーガ】が戻ってきており、水から頭を出して私を見ていた。

 ムートちゃんが慌てて飛び、雲になりかけていた(ほぼなっていた)【水蛇ナーガ】を空から連れ戻してきたのだ。

 湖はまだ温かいようだが、【水蛇ナーガ】は気にしていない。地下水が流入し、ちょうどいい温度になっているようだ。


「もくてき……」

「そうじゃ! 余がしっかりと話したであろう!?」

「もく……てき……」


 ムートちゃんに言われ、私は自分がなぜ【水蛇ナーガ】と戦っていたか考えた。えっと……。


「みずをもどす。なーが、つよくなる。わくわくする。たおす……」

「待て待て待て! 違うじゃろう! 秘宝じゃ! 余の秘宝を探し出し、おぬしのおかしな体、魔力異常を安定させるんじゃ!」

「……ふわぁああ」


 そうだった……!

 ムートちゃんに言われ、はっとする。

 忘れていたわけではない。ないと思う。今すぐには言えなかったけど……。【水蛇ナーガ】との戦いが楽しすぎて、うっかり最終目的が消えていた……。

 私はいつもそうだ……。目の前のことに熱中して、ついつい勢いでやってしまう……。

 自分の残念さにしょんぼりと肩を落とす。

 すると、隣に座っていたサミューちゃんが慌てて立ち上がった。


「レニ様、これはまったく問題ありません! 秘宝を手に入れるには【水蛇ナーガ】を倒すのだと言ったのはドラゴンのほうです! レニ様はそれを実行した。どのように倒さなければならないかの指定はありませんでした」

「倒し方の指定なぞするか! まさか空に吹き飛ばすとは、思わんじゃろう!」

「レニ様は規格外ですので」

「それは十二分にわかったわ! 誇らしげに言うんじゃない!」


 胸を張ったサミューちゃんにムートちゃんが突っ込む。

 すると、サミューちゃんは眉間に皺をよせ、ムートちゃんを「ああん?」と見た。


「そもそもあなたはどういう立場で話をしているのですか? レニ様の味方なのか敵なのか。立場をはっきりできない者の話に価値はあるのでしょうか」

「ぐっ、余は【世界礎の黒竜ブラックバハムートドラゴン】じゃ! 世界の均衡のためにおる! 幼いエルフが宝玉ごと消えるのを防ぎたいだけじゃ!」

「ならば、粛々と秘宝を渡せばいいものを、【水蛇ナーガ】のもとへ案内だけして戦わせるだけ。レニ様はそれを責めもせず、熱い志と尊い魔法、すばらしい機転で勝利に導いた。それを、戦い方にまでいちゃもんですか」

「余はだれかに肩入れはしないのじゃ! ……それが世界なのじゃ!」


 サミューちゃんに押され、ムートちゃんがぐぬぬとなっている。

 ムートちゃんは、世界存続のため、秘宝を手に入れさせ、私の魔力異常を安定させたい。が、場所への案内までとし、それ以上の介入はしたくないのだろう。……いや、もしかしたらできないのかもしれない。

 ムートちゃんは【世界礎の黒竜ブラックバハムートドラゴン】。その名の通り、世界の礎であり、その身の上に地上がある。【世界礎の黒竜ブラックバハムートドラゴン】が世界そのものとされているのがゲームのムービーで語られていた。

 いつも俯瞰的立場で、だれか一人に肩入れをすることはないのだ。


「おぬしたちが飛ばした人間も、村人も、【水蛇ナーガ】も……余から見れば全員同じじゃ。それはエルフやその幼いエルフとて同じ。余は……ただ見守るのみ。地上の者たち同士の営みには必要以上に干渉はせんのじゃ!」


 ムートちゃんはそう言うと、ふんっと視線を私たちから外した。

 私はそれに「うんうん」と頷く。ムートちゃんは最初は器である私から宝玉を取り戻すために現れた(サミューちゃんが突進して弾き飛ばしていたが)。私の生死はどちらでもよかったのだ。

 そして今は世界滅亡回避のために、私と一緒に旅をしてくれている。

 ムートちゃんは敵ではないが、味方でもないということだ。

 サミューちゃんはその言葉にはぁと息を吐いた。


「あなたがそうして第三者的立場でいたのであれば、それでかまいません。とにかく、レニ様へのお言葉を慎むように、と!」

「じゃが、幼いエルフは普通に目的を見失っておったぞ!」

「レニ様はなにごとにも一生懸命なのです! すばらしいことです!」

「そういう問題じゃないじゃろ! 【水蛇ナーガ】の秘宝が【水蛇ナーガ】が持っておるのじゃ! 吹き飛ばしてしまえば、手に入らんぞ!」

「そうなの?」


 二人のやりとりを見ていたが、「秘宝が手に入らない」という話になり、え? と声を出す。

 すると、ムートちゃんは「そうじゃ」と頷いたあと、【水蛇ナーガ】へ視線を向けた。


「ほれ、出せ」


 その言葉で 【水蛇ナーガ】はうぇっとした。……そう。うぇ……っと。


「わぁ……」


 べしゃーという胃液とともに、なにか光るものが岸辺へと出される。


「ほれ、あれが秘宝じゃ。【水蛇ナーガ】の胃液には毒があり危険じゃ。秘宝も長年体内にあり、毒がしみついておるぞ。注意して近づいてみよ」

「レニ様はこちらでお待ちください!」


 サミューちゃんはそう言うと、【水蛇ナーガ】の胃液を避け、矢を菜箸のようにしながら慎重に秘宝をつまんだ。そして、そのまま湖へとつける。

 途端、じゅぅぅぅと音がし、秘宝の周りからどす黒い煙が立ち上った。


「迷いなく、この美しい湖で浄化するとは。エルフには躊躇いはないんじゃろうか……」

「レニ様にこんなばっちいものを渡すわけにはいきません。しっかり洗ってからお持ちしますので!」

「うん……」


 すっごくきれいな湖で胃液洗いなんてしていいのかな……と思う。が、サミューちゃんがまったく気にしていないから、まあ、いいのかな……うん。

 私は作業中のサミューちゃんからそっと目を逸らすと、湖の上に浮かぶムートちゃんを見た。


「むーとちゃん、ありがとう」

「うむ?」

「むーとちゃんのおかげで、ひほう、てにはいる」

「むっ」

「なーが、つれもどしてくれた。ありがとう」


 ムートちゃんは私のお礼の意味がわからなかったようで、最初は目を丸くした。

 続けた言葉で、なににお礼を言ったのかわかったようで、頬を赤くすると、ふははははっ! と笑った。


「まあな! そうじゃろうな! 余がいるからな! ……そうじゃな! おぬしは好きに戦えばよい! 余がおるからな! そうじゃそうじゃ!!」

「レニ様の戦い方に文句を言ったり、好きに戦えと言ったり。どちらなのですか」

「倒したのは幼いエルフじゃからの! べつに【水蛇ナーガ】を湖に戻すのは肩入れしたわけじゃなく……うむ! この湖には【水蛇ナーガ】がいて守ったほうがいいという世界の判断じゃ!」

「それでしたらレニ様のお礼は必要ありませんね。レニ様がもったいないです」

「ぐ、ぬ」


 サミューちゃんは一度、秘宝を湖面から引き上げると、そっと岸辺へと置いた。

 しかし、まだ毒は残っているようで、秘宝を置いた地面がズズズッと焦げていく。

 あの秘宝、私がアイテムボックスに入れたら【呪い】が付与されていそう……。バッドステータスを付与してくるヤツだ……。


「ところでレニ様、先ほどの【水蛇ナーガ】を湖から弾き出した技はどういうものですか?」

「あ、とっぷつのこと?」

「はい。レニ様はそう呼ばれていました」

「そうじゃそうじゃ、あれはなんじゃ?」

「えっと、ぜんぶ、わかるわけじゃないけど……」


 あれは『突沸』と呼ばれる現象。本来ならば沸点に達した液体は気泡となっていく。だが、沸点に達したものの気泡が発生せず、過熱状態になる場合がある。その場合、過熱状態になった液体は、異物の落下や衝撃により、一気に沸騰。生成した気泡は急激に膨張して上昇するのだ。

 これを防ぐために理科の実験のときに沸騰石を入れる。私はグループで行う実験が苦手だったから、あまりいい思い出はないけれど。

 日本での引きこもり時代、電子レンジで温めたミルクティーが突沸により、大変なことになった。幸い火傷はしなかったが、電子レンジ内で飛び散ったミルクティーを掃除するのが悲しかったよね……。

 その際に調べた現象をここで利用したのだ。電子レンジは突沸が起こりやすい。

 わかる範囲で、そしてこの世界でもわかる語句を使って、たどたどしく説明すると、サミューちゃんは感激したように頷き、ムートちゃんは器用に片眉を上げた。


「さすがレニ様。その現象をご存じなこともさることながら、それを即座に思いつき実行できるということがすばらしすぎます……。私もまだまだ知識を入れ、機転を利かせるよう動かなくては……」

「幼いエルフはほんに不思議よのぅ。なにも知らないかと思えば、そうして不思議な知識を駆使し、能力も規格外、か……」

「あ、レニ様! 浄化が終わったようです!」


 サミューちゃんがそう言うと、手に秘宝を持ち、こちらへと走ってくる。

 どうやら手で持っても大丈夫なようになったらしい。


「レニ様、こちらです」

「ふぁあああ!」


 サミューちゃんが恭しく私に秘宝を差し出す。

 私はそれをそっと受け取った。この形は――


「たんけん」


 ――短剣だ。

 刃渡りは30cmぐらい。たくさんの宝石がついた金色の鞘に収まっている。

 柄には繊細な金細工の意匠が施され、実用よりは鑑賞用を目的とした宝剣の類だろう。

 鞘から剣を抜く。ずっと【水蛇ナーガ】のお腹の中にあったというのに、刃こぼれも錆も見当たらない。刀に反りはなく、両刃。陽の光を受け、銀色にきらりと輝いた。

 美しさにうっとりする。

 そして、私はあの言葉を呟いた。


「すてーたす」


 そう! 見たいのはこれ! ステータス!

 ゲーム内では手に入れていないアイテムである。アイテム名や効果を知りたい!


・【水蛇ナーガの短剣】

・【世界礎の黒竜ブラックバハムートドラゴン】の秘宝の一つ。【世界礎の黒竜ブラックバハムートドラゴン】が眠りに落ちるとき、世界の危機を救うために創り出された。

・常時:【魔力操作】+200%、【魔力耐性】+200%

・使用時:【一回魔力使用量】+100%、【魔力量】+100%


「ふぁあ……」


 これは魔力チート武器だ……。正直、攻撃力は強くない。私が前世で強化しまくった【猫の手グローブ】のほうが武器としては断然強いのだ。

 だが、魔力バフがすごい。メイン武器として使うわけではなく、サポート武器として使えばいいのだろう。

 そして――


「あ、……からだ、かるい」


 ――か、体が軽い……!

 これまで、自分の体をおかしいと思ったことはあまりない。いや、おかしかったのかもしれないが、体が動かない赤ちゃんからこの世界を始め、まだ四歳だ。【魔力暴走】になった際は、熱が出て眠かったからおかしいと思えたが、そうじゃないときは普通だと思っていたのだ。


「はしってみる」


 短剣を腰に差し、【猫の手グローブ】を外す。

 そして、てててててっ! と岸辺を走ってみた。


「レニ様?」

「なんじゃなんじゃ、いきなり」


 途中で引き返して、サミューちゃんのもとへ戻る。もちろん、猫になっているときよりも断然遅い。でも、それでも……。


「れ、に、はしるの、はやくなった!」

「っ、ええ、そうですねっ! はい、たしかに!」


 すぐに息が切れてしまったが、これまでの全速力が50%とすると、今は70%ぐらいになっている気がする……!


「うむうむ。それが秘宝の力よ。幼いエルフは魔力と器があっておらんかったからの。秘宝は器を強くし、魔力に耐えられるようにする力がある。それがいい方向に働いたのじゃ。いずれ、幼いエルフであれば成長すれば身に着くものでもあるが、今は秘宝の力に頼るがいいじゃろう」

「うん!」

「よかったぁ……よかったですねぇレニ様……っ!」


 サミューちゃんがうるうると目を濡らす。

 まだ秘宝は一つ目だが、これが三つ揃えば、【魔力暴走】なんて起こらない気がする。秘宝、すごい!


「れに、はやかった?」

「はい! 光の速度のようでしたっ!」

「それ、はやいね」


 まさか光速と同じだとは思わなかった。そんなわけはないってわかっているけど、サミューちゃんがまっすぐに言ってくれるからうれしくなる。

 思わず、そのままぎゅーと抱き着いた。

 そして、サミューちゃんを見上げて、ふふっと笑えば――


「ふぐっ……ぐぅ、かくさつ……」


 ――サミューちゃんは目を濡らしたまま、白目になった。

 あ、ダメ、ダメ、まずい……っ!


「さみゅーちゃん! おちちゃう!」


 ここ、ここっ、岸辺だから! そっち側、湖だから……!


「ぐぅっぐ……」

「さみゅーちゃん!」

「フガフガブクグガクブブグ」


 頭浸かっちゃってるから……! 溺れちゃってるから……!

 溺れているサミューちゃんを必死の思いで岸辺に引き上げようとがんばる。

 すると突然、甲高い、知らない声が響いて――


「獣人じゃなかったノ……! 騙してた! 私は見たノ! 人間、許さないノ!」


 ――ナイフを持って、私にまっすぐに向かってくる女の子がいた。

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