第88話 ウサギの獣人です
「ブヴァ、殺気! レニ様っ!」
今まで溺れていたサミューちゃんが上半身をバッと直角に持ち上げる。
どうやらナイフを持った女の子から私を守ってくれようとしたようだ。
「なに者ですっ!!」
サミューちゃんが私を抱いて、高く跳ぶ。
ナイフを持った女の子と距離を取ったあと、サミューちゃんはきりっとした顔で殺気の持ち主を見た。
「……だいじょうぶ?」
かっこいい。サミューちゃんはとってもかっこよかった。
が、顔がびしょびしょだし、口と鼻から水が垂れている……。明らかに溺れていた人のそれ……。
サミューちゃんを見上げながら聞くと、サミューちゃんは「はい」と頷いた。
「問題ありません。取り乱しました。レニ様に危険を感じさせてしまい、申し訳ありません」
「うん、それならよかった」
「レニ様、ここでお待ちください。捕縛します」
サミューちゃんはそう言うと、私を地面に下ろし、女の子と間合いを詰める。
女の子はあっという間に捕まり、サミューちゃんが縄で縛っていく。
ナイフを取り上げられ、地面に転がされる女の子。むぐぅっと力を入れているようだが、縄はびくともしなかった。
「お、おかしいノ! 獣人ならこんな縄なんて、すぐにちぎれるはずなノ!」
「無理です。いくら獣人が力が強いと言えど、エルフの魔力で強化された魔絹糸の縄を力づくで解くなど不可能」
「むぐぐぅー!」
女の子はうごうごとしているが、縄はしっかりと固定されている。どうやら危険はなさそうだ。
それを確認し、私はとてとてと歩いて近づいた。
「ちかくいく」
「はい、レニ様。今は安全かと」
サミューちゃんの隣に並び、すぐそばにいる女の子を見る。
女の子は自分でも「獣人」と言っていたように、どうやら種族は人間ではないようだ。頭にはピンク色のふわふわ、長い耳。おしりにはピンク色の丸いしっぽがついていた。つまり、これは――
「うさぎさんだぁ」
ふぁああ……っと声が漏れる。
ムートちゃんを知っているから、人間の姿に角や翼、しっぽがある種族を見たことはある。だが、こうしてふわふわな毛皮の獣人を実際に見るのは初めてだ。
【猫の手グローブ】をつけている私は獣人のような見た目になるわけだが、こうして本物の獣人を見ると、感動で思わず声が出てしまった。すごくふわふわだぁ……!
ピンク色の髪を左右で三つ編みにして結んである。同色の目はまんまるでとってもかわいい。
「なぜ、レニ様を狙ったのですか?」
そんなかわいいウサギの獣人の女の子を、サミューちゃんは冷えた目で見下ろす。
ウサギ獣人の女の子は、縄から抜けるのをいったん諦めたようで、力を抜くと私をキッと睨んだ。
「レニがだれだか知らないノ! その子が獣人のフリをしていたノ! 人間なのに獣人のフリをするなんて酷いことなノ! きっと獣人のイメージダウンをさせようとしていたの違いないノ!」
「獣人の?」
「いめーじだうん?」
ウサギ獣人の女の子の言葉に、サミューちゃんの視線を合わせて、はて? と首を傾げる。
先ほど、装備品の【猫の手グローブ】を外したため、猫耳としっぽはなくなった。ちょうどその場面を見て、私が「獣人のフリをしている」と思ったのだろうが。
だが、「獣人のイメージダウン」の意味が分からない。
サミューちゃんも同様の考えに至ったようで、また冷えた目でウサギ獣人の女の子を見下ろした。
「イメージダウンとはどういうことですか?」
「そのままの意味なノ! ……獣人は悪いことをするって言われるノ。獣人は身体能力が高いから、人間世界ならやりたい放題できちゃうノ。きっとその子は獣人のフリをしてそれを悪用して、村をいじめていたに違いないノ!!」
獣人の女の子は「許せないノ!」と言って、またむぐぐぐっと体に力を入れ始めた。
私はそれを見て、ふむ、と考える。
この世界に転生して四年。旅に出てからはすこししか経っていないが、ウサギ獣人の女の子の言う通り、人間世界では獣人に対する偏見のようなものがあるとは感じる。
とくにガイラルの事件の際にはそれを強く感じた。
それは新興の教団が信じていた「エルフが女神に一番近く、獣人が一番遠い」という創世神話のせいだと思っていた。
が、獣人の女の子の話だと、獣人は身体能力の高さにより、人間を襲ったり、人間から金品を奪ったりもしやすいのだろう。それがより獣人への偏見を強めているのかもしれない。
で、私がそれを利用して、麓の村へ害を与えていたと獣人の女の子は早合点したようだ。
「れに、そんなことしない」
きっぱりと横に首を振る。
サミューちゃんは話を聞いているうちに、私を襲ったのが獣人の女の子の思い込みの勘違いだとわかったようで、もはや目が据わっている。
「麓の村が困っていたのは、人間同士の無駄で些末な欲深いやり取りによるもの。放っておいても良かったものを、レニ様は寛大なお心で村を救いました。……それを脇から見ていただけの者が思い込みでレニ様を襲うなど」
サミューちゃんは、獣人の女の子の縄をむんずと掴んだ。
そして、湖に向かって歩き出す。
「このまま湖に沈めましょう」
「ま、待ってなノ! いくら獣人でもほどけない縄で結ばれたまま湖に放り込まれたら死んじゃうノ!」
「自分の愚かさを悔やむのですね」
「ひゃあああー!!」
湖の淵に立つサミューちゃんと、悲鳴を上げる獣人の女の子。
上空ではムートちゃんが腕組みをして見下ろしており、湖では【水蛇】が困ったように、私を見つめていた。
どうやら止める者はいないらしい。
私は急いでサミューちゃんに声をかけた。
「みずうみ、きれいだから、すき」
そう。転生前から大好きだったCGで表現された湖面。貯水池を潰し、水を戻し、ようやくこの目で見れたのだ。
それが、曰くつきの湖になってしまうのはちょっと……。【涼雨の湖】が【惨劇の湖】になっちゃう……。
「きれいなままがいい」
水質も。謂れも……。
ので、そう言うと、今まさに湖に投げ込まんとしていたサミューちゃんがぴたりと動きを止めた。
そして、私を見てにっこりと笑う。
「そうですね! ウサギの死体で湖を汚すなどもってのほか! 埋めましょう!」
埋めるのも……ちょっと……。
はやるサミューちゃんをなんとか止める。
そして、まずはみんなで移動しようということになった。
向かうは村の宿屋。
【水蛇】に別れを告げると、【水蛇】はお礼を言うように頭をすり寄せたあと、湖に潜っていった。
そして、宿屋についたんだけど……。
「本当に、本当にごめんなさいなノ! 勘違いだったノ……!!」
道中、村人に「お猫様」「お猫様」と称えられる私を見て、自分が盛大な誤解をしていたことに気づいたらしい。
ウサギ獣人の女の子は宿屋の床で、それはそれはきれいな土下座をした。
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