第86話 バーサス【水蛇】です

 あれから一週間。

 無事、湖は元の水位を取り戻し、村の水路も潤った。

 大水車が回り始めたときは、村人と一緒に大盛り上がり。お祭りみたいだったよね。

 そして、村人は私のことを「お猫様」と呼び、すれ違うたびに目を伏せるようになった。どうやらサミューちゃんが「直接、姿を見るのは失礼に当たる」と説いたらしい。

 村を歩きながら、サミューちゃんに【精神感応テレパシー】を送る。


『さみゅーちゃん、やっぱりへんじゃない?』

『レニ様のお顔を覚えて絵姿などにされては困りますので。せっかく信仰心を植え付けたのですから、利用しない手はありません』

『れにのえすがた、かくかなぁ……』

『それは間違いありません。現に今、あちらに』

『うん?』


 サミューちゃんが示した方向へ視線を向ける。

 そこには村人がいて、掘り出してきた石でなにかを作っているようだ。


「……せきぞう?」

「はい。あちらはレニ様の像です」

「れにの……ぞう……?」


 予想もできなかった言葉に驚く。私の像? え、本当に?

 近づいて、作業をじっと見守る。

 私ぐらいの大きさの石。それが彫られていく。まだ完成ではないようだが、ほぼ形はできあがっているようだ。

 像の上部にある三角は……私の猫耳。そして肩に溜まる布は【隠者のローブ】のフード。うん。手は【猫の手グローブ】だ。

 顔部分はぼやっとしているが、これはわざとなのだろう。

 サミューちゃんが村人に私の顔を見てはいけないと説いているため、そこだけは彫られていないのだ。

 石工さんが上手なのか、細部もとても凝っている。


「わたしだ……」


 たしかに私だ。顔以外の部分、全部が私だ……。

 呆然と呟くと、サミューちゃんは満足そうに頷いた。


「この像はレニ様の素晴らしさ、尊さ、魅力の一かけらあるかないかしか表現できていませんが、その志はすばらしいですね」


 目線が上からなのはいつも通り。

 石工さんがいやな気分にならないかとハラハラしたが、話が聞こえているはずの石工さんは気にする様子はない。


「――その者、白き衣を纏い、この地に降り立たん。手を翳し地を作り、手を握り水を生み出す。まさに奇跡の降臨である。我ら村人、その御業にて窮地を脱す。子々孫々語り継がん」


 石工さんは夢見るように言うと、また作業に没頭していく。

 どうやらその文言が像の台座部分に彫られているようだ。


「おおごと……」


 まさに大事。壮大な感じになってしまっている……。

 慄く私に対し、サミューちゃんは「この手はもっとふわふわです」やら「お耳はもっと理知的です」と石工さんに横からあれこれと注文を付けていた。そして、石工さんもそれに応えている。

 そして――


「なーが、しょうぶ!」


 像のことは忘れて!

 【水蛇ナーガ】と一戦です!


「ふはははは! 水を使える【水蛇ナーガ】は強いぞ!」

「うん!」


 湖に移動し、【水蛇ナーガ】と対峙する。

 最初に見た活力のなかった【水蛇ナーガ】とは違う。今の【水蛇ナーガ】は私をまっすぐに見つめ、目を光らせている。活力! 覇気!

 ムートちゃんは空中に浮かび、楽しそうに私たちと【水蛇ナーガ】を見ている。観戦モードだ。

 サミューちゃんは私の隣でぐっと弓を構えた。


「さみゅーちゃん!」

「はいっ!」


 声をかけた瞬間、サミューちゃんが矢を放つ。

 魔力を込めた一矢は、【水蛇ナーガ】に向かって飛んでいった。しかし――


「そんなもの! 水のバリアで【水蛇ナーガ】には届かんぞ!」


 矢は【水蛇ナーガ】の体に届く前に、水の壁に阻まれる。

 魔力を込めた矢は一枚目の水の壁を貫通したが、次々に出現する水の壁のすべてを破ることはできず、三枚目の壁によって、トプンと周りを囲まれてしまった。

 威力を失くした矢はそのまま水に取り込まれ、ポイッと岸辺へと投げられた。


「かっこいい……!」


 これが【水蛇ナーガ】。水を扱い、攻撃を無効化できる!

 思わず、きらきらした目で【水蛇ナーガ】を見つめれば、【水蛇ナーガ】は誇るようにニッと笑みの形に口を引き上げる。

 そう。これだ! この【水蛇ナーガ】と戦いたかったのだ。


「レニ様! 次は連続で行きます!」

「うん! れにもいく!」


 わくわくする気持ちのままに、サミューちゃんの矢に合わせて、岸辺を蹴った。


「じゃんぷ!」


 まずは真正面から!


「ねこぱんち!」


 【飛翔】の勢いをそのままパンチに乗せて!

 私の必殺の一撃を前に、【水蛇ナーガ】は一声、『シャー!』と鳴いた。

 その瞬間、水が私に向かってくる。水は私を包み込んでいった。


「まけない」


 でも、大丈夫!

 水に包まれたぐらいで止まる勢いじゃない。

 水に包み込まれながらも、【水蛇ナーガ】へと進む。が、やはり水の力は強く、スピードが落ちていく。そして――


『シャシャー!』


 ――【水蛇ナーガ】が体をぐるんと反転させた。

 その途端、【水蛇ナーガ】の尻尾が私の体に激突した。


「レニ様っ!?」


 尻尾の威力に負け、体がポーンと飛んでいく。

 サミューちゃんは慌てて私の落下点へと走り、【羽兎のブーツ】の効果により、ふわふわと落ちていく私を受け止めてくれた。


「お身体は!? 大丈夫ですか?」

「うん。こうげきは、にくきゅうくっしょんで、ふせいだから」


 そう。私は【水蛇ナーガ】の尻尾が当たる瞬間に【猫パンチ】をやめ、尻尾を肉球で受け止めたのだ。ただ、攻撃は防げたが、勢いがあったため、うしろへと弾かれてしまったのだ。


「つよいね……!」

「はい。私の矢もすべて無力化されてしまいました」


 サミューちゃんが悔しそうに呟く。

 どうやらサミューちゃんの連撃も、先ほどと同じように、すべて水の壁に阻まれたようだ。


「水のある【水蛇ナーガ】はほぼ無敵じゃからの。ほれ、攻撃も来るぞ!」


 ムートちゃんの声に、【水蛇ナーガ】を見れば、空中に水の塊がいくつもプカプカと浮かんでいた。

 そして、それが、私たちに向かって飛んでくる。


「水の弾丸、ですかっ!」

「さみゅーちゃん!」

「お任せください!!」


 サミューちゃんが私を抱きかかえたまま、地を蹴る。

 水の弾丸は私たちのいた地面に着弾すると、そのまま弾けた。抉れた地面が威力を物語っている。

 当たれば、サミューちゃんも私もひとたまりもないだろう。


『シャーッ!!』


 【水蛇ナーガ】が一声鳴くと、またしても空中に水の塊がプカプカ浮かぶ。

 壁として防御もでき、弾丸として攻撃も可能ということだ。

 【水蛇ナーガ】は私たちが攻撃してこないとみると、また弾丸として、私たちに水の塊を放った。


「このような攻撃、レニ様とともにいる私に当たるはずがありません!」


 サミューちゃんはそう言うと、再び地面を蹴った。

 弾丸の数は先ほどより多い。地面だけでなく、空中にいる私たちを追いかけているようだ。跳躍のタイミングと距離に合わせたのだろう。私たちの着地地点へと弾丸が迫る。このままでは当たる……! しかし――


「はっ!」


 サミューちゃんがそう気合を入れると、碧色の目がきらりと光った。

 その瞬間、サミューちゃんが空中を蹴り、降りる場所と方向を変える。

 水の弾丸は私たちが着地する予定だった、だれもいない場所で弾けた。空中にある弾丸はまだこちらを追っているが、サミューちゃんはまた空中を蹴ると、大きく上へと跳んだ。

 私たちを追い、低空飛行していた弾丸は、急激な軌道変更についてこれず、そのまま地面へと着弾する。

 水の弾丸が消えたことを確認し、サミューちゃんは大きな木の枝へと着地した。


「いくら放っても同じことですよ!」


 木の上で堂々と言い放つサミューちゃん。かっこいい……!


「さみゅーちゃん、すごい!」

「はい! これは新技【レニ様の尊きお姿】です!」

「……え?」


 突然、よくわからない単語が聞こえた。ちょっとよくわからなかった。

 驚いて聞き返すと、サミューちゃんは笑顔で頷いた。


「技の名前です!」

「……わざの?」

「はい! この技は一度、披露しましたが、技名は伝えておりませんでしたね。レニ様の【二段ジャンプ】から着想を得ましたので、そのような呼び名にしております」

「うん……」


 空中を蹴り、体をひねる、とってもかっこいい技。その技名が【レニ様の尊いお姿】というのは、おかしいと思う。が、サミューちゃんの技だからサミューちゃんがそう決めたならそうなんだろう……。


『シャーッ!』


 【水蛇ナーガ】はまた水の弾丸を発射する。

 そして、サミューちゃんは体をひねり、宙を蹴り、水の弾丸のすべてを避けきった。すごい。

 これならば、回避はサミューちゃんに任せて、私は攻撃に専念するのがいいだろう。


「ねこのつめ!」


 サミューちゃんの抱きかかえられながら、ジャキッと爪を出し、【水蛇ナーガ】に向かって、竜巻を繰り出す。だいたいはこれに巻き込まれ、弾き飛ばされて勝てるのだが……。


『シャッシャーッ!』


 【水蛇ナーガ】が鳴くと、湖に巨大な渦巻きが起こった。

 私が作った竜巻はその渦に吸い込まれていく。そして、そのまま湖の水を巻き上げていき……。


「きえちゃった……」


 私の作った竜巻が……。

 なんていうんだろう。水に飲み込まれたというのだろうか。渦巻きによって進行を阻まれた竜巻は、水を巻き上げながらその場で力を失くしてしまったのだ。渦巻きから逃れられなかったのがよくなかったのだろう。


「さみゅーちゃん、れに、いく」

「はいっ!」


 渦巻きを作っていたため、今、【水蛇ナーガ】は水の弾丸を出せていない。

 私はその一瞬を見逃さず、サミューちゃんに頼み、地面へと降ろしてもらった。

 そして、地面を蹴り、また【水蛇ナーガ】の元へ飛び込んでいく。


「じゃんぷ!」


 しかし、【水蛇ナーガ】も私に気づいたようで、すぐに水の塊が空中に浮かんだ。


「レニ様には撃たせませんっ!」


 サミューちゃんがそう言って、矢を何本も放つ。

 すると、水の塊は矢を受ける水の壁となるため、私に向かってくる弾丸にはならなかった。

 湖から上がってくる水が私を包み込もうとする。なので……!


「ねこぱんち!」


 包み込まれないよう、水をパンチ!

 私を包み込もうとしていた、弾けて落下していく。だが、すぐに水は集合し、また私を包み込もうとする。


「ねこぱんち! ねこぱんち! ねこぱんち!!」


 でも、大丈夫! 私だって何度でもパンチが打てる! そして、【水蛇ナーガ】に近づいたところで――


「でんしれんじ!」


 魔法【電子レンジ】!

 湖に向かって、パチンとウインクをすれば、湖がボコボコっと一瞬、泡立った。


「なんじゃぁ? 結局、水を干上がらせて戦うのか? それでは湖の水を戻して戦った意味がないじゃろうに」

『シャ?』


 空からがっかりしたような声がする。

 きっと、私は貯水池を枯らせたときのように、水を沸騰させて、【水蛇ナーガ】から水を奪うと思ったのだろう。

 【水蛇ナーガ】も水の変化に気づいたようだ。だが――


「みず、りようする」


 そう! 水を消し、無力化した【水蛇ナーガ】と戦うのではない。私自身が水を利用するのだ!


「さみゅーちゃん! なーがのからだのした、うって!」

「承知しましたっ!!」


 サミューちゃんの声をかけながらも、私は前へと進んでいく。


「はっ!!」


 サミューちゃんの気合いの声とともに、矢が何本も放たれた。

 もちろん、【水蛇ナーガ】はそれを水の壁で阻もうとする。

 ほとんどの矢は水の壁に呑まれてしまったが、一本だけ、矢が【水蛇ナーガ】の巨体のあたりの水面に刺さった。


「レニ様、申し訳ありません! 一本しか……!」

「たった一本の矢ではなにもできんぞ!」

『シャシャ!』


 焦る声、がっかりした声、余裕の声。

 だれも、この矢でなにかが起きると思っていない。でも――


「じゅうぶん」


 ――私が欲しかったのは、ほんのすこしの衝撃!


「とっぷつ!」


 私の声と同時に、突然、湖がブクブクブクと泡立った。

 しかも、泡は大きく、ちょうど【水蛇ナーガ】の周辺で一つに集まる。そして――


「ふきとべ!」


 ――パァアン!

 巨大な泡が【水蛇ナーガ】の体の下で弾ける。


『シャー……!!』

「はああぁああ!?」


 驚く【水蛇ナーガ】の声とムートちゃんの声。

 【水蛇ナーガ】の巨体は泡の弾ける力に耐えられず、宙を舞った。


「にだんじゃんぷ!」


 私はそれを追うように、空中を蹴った。

 上空へと跳べば、【水蛇ナーガ】に追いつく。そして、そこでぐるっと一回転をし――


「ねこのしっぽ!」


 回転を加えた私の尻尾が【水蛇ナーガ】の下腹の部分に当たる。

 威力はすさまじく、【水蛇ナーガ】はそのまま空へと消えていき――


「おほしさまになぁれ!」


 ――キラン!


「よし」


 【水蛇ナーガ】はひこうき雲になりました!

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