第85話 村も元通り……です……?

 さっそく、【涼雨の湖】へと戻り、うまくいったかどうかを確認する。

 まだ水位はほとんど変わっていない。けれど、水脈はしっかり繋がったようで、湖底がどんどん潤ってきていた。


「なーが、どう?」


 湖底でとぐろを巻いている【水蛇】に声をかける。

 最初に会ったときは、覇気がなく、ぐてっとしているようだったが、今はシュッと素早く頭を起こした。

 二股に分かれた舌がチロチロと動く。


『ミズ、モドッタ』

「うん。いっぱいになったら、たたかおうね」


 そう伝えると、【水蛇】はまた頭を湖底へと戻した。どうやらあふれてきた水を全身で感じているようだ。

 浅い水位に浸していた体がうれしそうにうねうねと動いている。

 これなら、水さえ戻れば、強い【水蛇】と戦えそうだ。


「どれぐらいで、いっぱいになるかな?」

「どうでしょう。この調子であれば一週間ほどでしょうか」

「この湖も大きいからな。元の通りの水位になるにはそれぐらいかかるじゃろう」

「そっかぁ……」


 思っていたよりも時間がかかる。一度、壊したものはなかなか戻らない。それならば、一週間で戻るなら御の字だ。


「じゃあ、そのあいだ、むら、いってみる」

「麓の村ですか?」

「うん。おかねをかえす」


 というわけで、麓の村へと移動する。

 村はいかにも農村といった様子だ。水車がいくつかあって、本来なら【涼雨の湖】から流れる豊かな水源を元にたくさんの作物を育てていたのだろう。

 今は水路は枯れ、水車が止まってしまっている。たくさんの畑も作物が植えてあるのはわずかになっていた。

 村人の顔も一様に暗い。やはり、農村にとって水というのは大切なのだ。

 私とサミューちゃんとムートちゃんと。三人で村へ入っていく。すると、すぐに女性が声をかけてくれた。


「旅の方ですか?」

「はい、そうです」

「まあ……それはこんな田舎までよくいらっしゃいました。……やはり、名物の大水車を見に来たのですか?」


 女性はそう言うと、村の一点を指差す。

 そこにはとても大きな水車があった。いくつかある水車のうち一番大きい。


「だいすいしゃ?」

「あら、大水車を見に来たわけじゃないのかしら? この村で旅の方がいらっしゃるときは、みんな大水車を見に来るので……」

「たしかに、とても大きな水車です。あれで畑に水を送っているのですね」


 女性の言葉にサミューちゃんが「なるほど」と頷く。

 どうやらあの大きな水車がこの村の観光スポットらしい。


「大水車が水を運ぶ様子はとても人気がありました。力強い水車と美しい水。カラカラ、ギィギィと鳴る木の音も褒めてもらっていたのですが……」

「れに、みたい!」


 素敵な観光案内にわくわくして、思わず声を上げる。

 けれど、女性は申し訳なさそうに、眉根を寄せた。


「……ごめんなさい。今は、止まってしまいました」

「あー……水が無くなったからか」

「はい……もう、二度と……動くことはないかもしれません」


 ムートちゃんがやれやれと肩を竦める。

 女性は悲しそうに顔を伏せた。


「とても……、きれいだったのに……っ」


 女性はそう言うと、急いでハンカチで目許を拭った。

 村がこれからどうなってしまうのか、それを考えると、つらい気持ちになってしまうのだろう。

 私は女性の手をそっと握った。


「だいじょうぶ」


 私の言葉に女性が顔を上げる。

 私は元気づけるように、「うん」と頷いた。


「ぜんぶ、もとどおり」


 そう。すべて解決したのだ!

 ただ、まだ湖の水位が戻っていないため、村の水路は枯れてしまっている。女性に私の言ったことはわからなかっただろう。

 けれども、私の手をぎゅっと握り返してくれた。


「……、そう……ね……ありがとう。すこし元気が出ました」

「うん。まっててね」


 湖に水が溜まるまで一週間はあるらしいので。

 すると、ちょうどそこへ老人が通りかかった。あれは――


「ちょすいち、いたひと」


 ――貯水池でお金を入った革袋を持っていた人だ。


「あ、村長をご存じですか?」

「そんちょう」


 女性の言葉に「なるほど」と頷く。あの老人は村長。つまりこの村で一番偉い。きっとあのお金は村を代表して持ってきたんだな。

 すごく悲壮な顔をしているのは、土地の権利書も手に入らず、お金も取られ、最悪の状況になってしまったからだろう。

 女性の手を離し、村長のもとへ、てててと近づく。

 そして、「はい」と持っていたものを差し出した。


「これ」

「あ、旅のお方ですか? 儂になにか用でしょうかな……」

「うん。これ、おちてた」


 私が差し出したのはお金の入った革袋だ。

 それが革袋だとに認識した途端、落胆していた村長の目がカッと見開かれた。


「こ、これは!? 儂らがさっき持っていったものじゃ……‼ な、なぜ、これを!? どういうことじゃ!?」


 驚いている村長を気にせず、そのまま革袋を渡す。さらに、【隠者のローブ】の下に持っていた革の書類綴じも「はい」と渡した。


「おちてた」


 その途端、さらに村長の目が見開かれた。


「こ、これはぁあ!? と、土地の、け、権利書じゃぁ……!?」

「うん。おちてた」


 とても驚いている村長を気にせず、革の書類綴じもそのまま渡す。

 よし。これで任務完了!

 村長から離れようと足を動かす。しかし、それはうまくいかず――


「お、待つんじゃ……いや、お待ちくだされ……! これは、これは儂らの村にとって非常に大切なものですじゃ。ほ、本当に、お、落ちていましたでしょうか……!」

「……うん」


 ズササッと目の前に周り込まれ、しかも地面に膝をついている。なぜか言葉も敬語に変わっていて、熱意がすごい。

 思わず一歩下がれば、私をフォローするようにサミューちゃんがそっと背後から支えてくれた。

 私としては「落ちていたなら、そうなんだな」となる予定だったのだが、どうやらそれはうまくいかなかったらしい。


「あなた様方が、儂らを救ってくださったのでしょうか……! どうぞ、どうぞ、なにとぞ、そのお話をお聞かせください……!」


 村長はそう言うと、事の成り行きを見守っていたらしい、周りの村人たちへと声を上げた。


「みな! この方々が土地の権利書とそれを買い戻すはずじゃったお金を、取り戻してくださった……‼ こちらへ来るのじゃ!」

「「「まさかっ!!」」」


 う……なにやらすごいことになってしまった……。気がづけば、村長のうしろにもたくさんの村人が膝をつき、私を見上げている……。

 おかしい……父と母に「おちていた」と借用書を返したときは、うまくいったのに……。こんな……こんな、大事になるなんて……。


「さ、……さみゅーちゃん」


 思わず、サミューちゃんのスカートの裾をクイクイと引っ張り、心細さをアピールしてしまう。ちょっとちょっと相談を……。


「くっううぐっぅ」


 そんな私の行動がサミューちゃんのなにかを刺激してしまったようで、サミューちゃんの目が一瞬白目になった。あ……。

 しかし、さすがに今はダメだと踏ん張ってくれたようで、サミューちゃんは体を細かく震わせながらも、表情だけは冷静さを取り戻した。


「……みなさん、落ち着いて聞いてください。この村の窮状はすべてではありませんが、わかっています。水源を奪われた農村。その心情は察して余りあります」


 サミューちゃんが凛とした声で村人を労った。

 美少女であり、エルフであるサミューちゃんが人々の視線を集めて、演説のようなものをする姿は絵になる。……体はずっと小刻みに揺れているが。


「今、みなさんを苦しめていた者は消え、権利書もお金も返ってきました。そして……【涼雨の湖】もいずれ水位が戻り、ここの生活も元のように戻るでしょう」

「「「おおおおお……!!」」」

「ちょうど今、水路にも水が流れたようですね」


 サミューちゃんの言葉に村人が水路へと視線を走らせる。

 すると、たしかにこれまで枯れていたはずの水路にわずかだが水が流れていた。


「本当だ……!」

「水が……水が戻ってきている……!」

「よかったなぁ、よかったなぁ……!!」


 水路の様子を見た村人が沸く。それぞれが声を上げ、お互いに抱き合っている人もいた。

 サミューちゃんは時間を空け、村人たちが喜びを分かち合うのを見つめる。

 そして、すこし落ち着いた頃合いを見計らい、また凛とした声を発した。


「だれが? なぜ? どうやって? もちろん、そのような疑問も当然です。ですが、それは些末なこと」


 サミューちゃんはそこまで言うと、一度、言葉を切った。

 村人はサミューちゃんの雰囲気に呑まれ、ごくりと唾を飲む。

 サミューちゃんは村人を見下ろすと、まっすぐに言い切った。


「――これは、奇跡です」

「「「おおぉぉぉおお……」」」

「この幼い体に、奇跡を体現されているのです」

「「「おおお……」」」


 サミューちゃんはそう言うと、大切なものを扱うように私の手を取る。

 すると、村人の目が私へと集中して――


「みなさんはただ感謝すればいいのです。――奇跡が、ここに、降臨されたことを」

「「「おおおおお……!!!」」」


 村人の歓声が地鳴りのように広がっていく。

 いや、でも、なんか、どういうこと……? 力は隠したほうがいいんだよね?

 慌てて、サミューちゃんに【精神感応テレパシー】を飛ばす。


『さ、さみゅーちゃん、さみゅーちゃん……どういうこと?』

『レニ様。今回は力を隠すのは不可能だと考えました』

『うん』


 それは、……そうだろう。「おちてた」作戦が全然うまくいかなかった。


『ですので、ここは逆にレニ様のお力を信仰まで上げておくことがいいだろう、と判断しました』

『しんこう……』


 それはつまり、崇拝とか畏敬とかそういうことだよね?


『人間は自分と同じものであると思えば、利用することや取り込むことを考えてしまうもの。しかし、奇跡はだれのものでもありません』

『なるほど……』


 わかるようなわからないような……。

 ただ、村人たちが雰囲気に呑まれ、「だれが、どうやって行ったか」を考えないでいてくれるのはいいことだろう。

 「私、が魔法と、アイテムボックスと、装備品で」いろいろとしたことを説明するわけにはいかないしね。


「さぁ! 崇めるのです。 奇跡を!! その身に浴びるのです!!」

「「「おおおおお!!」」」


 ……浴びる?

 扇動するサミューちゃんと、熱狂する村人を前に、私はそっと目を閉じた。

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