第49話 父の気持ちがわかりました

 司祭から紹介されたのは、ある一軒の普通の民家に住む家族だった。

 突然の訪問になってしまって、申し訳ない。

 それなのに、家族は嫌な顔をせず――というか、そういう問題ではなく、ただただ表情が硬い。緊張がこちらにも伝わってくる。

 家に案内され、食事を勧められ、席に着いたのだが……。


『レニ様。ここで出される食事には手をつけないようにおねがいします』

『どく、はいってる?』

『そうですね……。毒とは限りませんが、なにか混入されていてもおかしくありません』


 民家の一室のダイニング。大きなテーブルには六つのイスがあったので、うちの二席に座り、私とサミューちゃんは【精神感応テレパシー】で会話をしていた。

 明らかに怪しいんだよね……。

 隣に座った私とサミューちゃん。そして、目の前に座った壮年の男性。そこに壮年の女性が食事を持ってきた。この二人は夫婦らしい。

 六つイスがあるが、住んでいるのはこの夫妻だけなのかな。もう夕食の時間だけど、家の中にほかの気配はない。


「ど、どうぞ」

「か、簡単なもので申し訳ありませんが……」


 夫妻がそれぞれの言葉で私たちに食事を勧めてくれた。

 男性の顔は青く、女性の手はカタカタと震えている。

 ……うーん。 

 サミューちゃんは食べるな、と言った。私も食べないほうがいいとは思う。でも――


「しちゅー、ありがとう」


 ほかほかと湯気を上げる、とってもおいしそうなホワイトシチュー。

 これって、私たちに出すためじゃなく、夫妻で食べるために作っていたのではないだろうか。

 そして、そこに急遽、司祭からの連絡が入り、私たちに提供されたんだと思う。時間的にも新しく作るのは無理だっただろうし。


「おいしそう」


 そう言って、スプーンを手に取る。

 すると、慌てた声が頭に響いてきて――


『レ、レニ様っ!?』

『たべてみようとおもう』

『しかし、これは明らかに……っ』

『うん。でも、こういうためにつくったわけじゃない』


 この食事はおいしく食べるために作られたもの。私たちが来たせいでその役目を果たせなくなったんだろう。

 そう考えると、おいしく食べたいなぁと思って……。


『れに、つよいから。すぐに、くすりのめば、だいじょうぶ』

『……レニ様。……わかりました。けれど、お願いです。異常を感じたら、すぐにアイテムを使ってください』

『うん』


 サミューちゃんは心配そうに眉を寄せて……。

 けれど、私を止めずに頷いてくれた。


「いただきます」


 猫の手では持ちにくいけど、慎重にスプーンを握る。シチューを掬えば、スプーンからこぼれたスープがとろりと器に落ちていった。中に入ってるのはじゃがいもかな? それをパクッと口に含んで――


「とってもおいしい!」


 熱すぎずちょうどいい温度。ほくほくのじゃがいもがスープに包まれて、ゆっくりと喉を通っていく。

 ふんわりとした乳の香りと、塩気、ほのかな甘みもとってもおいしい!

 左の猫の手を頬に添える。おいしくてふふっと笑うと、突然、右手に持っていたスプーンを引き抜かれて――

 

「ダメッ……っ!! 食べてはダメよ……っ!!」


 私を止めたのは、シチューを持ってきてくれた女性だった。


「ごめんなさい、ごめんなさいっ……私はなんてことを……っ!!」

「っ……。……すまない……とにかく水を……」

「ごめんなさい、本当にごめんなさい」


 女性は私からスプーンを奪うと、片手で顔を覆い、その場に崩れ落ちる。

 すると、私たちの前に座っていた男性が立ち上がり、女性の元に駆け寄った。男性は私やサミューちゃんには目を合わせず、水を勧めた。

 それでも、女性は謝罪を止めなくて……。


「このシチューにはなにが入っているのですか?」


 サミューちゃんが私からシチューを遠ざけ、立ち上がって夫妻の元へと歩く。

 夫妻は一瞬ひるんだが、女性がゆっくりと呟いた。


「眠り薬よ……。司祭に渡されたの……」

「体に害を及ぼすような毒ではないのですね?」

「俺たちはそう聞いている。……二人を眠らせる。それだけでいいと言われたんだ」


 どうやら、シチューに入っていたのは眠り薬だったようだ。

 それを聞いたサミューちゃんは夫妻から離れると、私へと向き直った。


「レニ様、大丈夫ですか? 体調は?」

「だいじょうぶ」


 きっと一口ぐらいなら問題ない薬効だったのだろう。

 というわけで。


「れに、たべる」


 サミューちゃんが向こうへ押しやったシチューを手元に戻し、サミューちゃんのスプーンを掴む。私のスプーンは取られてしまったしね。


「レ、レニ様っ!?」


 サミューちゃんの焦った声が聞こえたが、気にしないようにし、一気に食べていく。アツアツだと大変だっただろうが、やけどするような温度ではなかったので、はぐはぐと口に入れていった。もちろんとってもおいしい。

 本当はゆっくりと味わいたいが、時間をかけると、眠り薬が体に回ってよくないだろう。

 皿を空にしたのだが、すると、頭がぼんやりとしてきて――


「あ、いてむ……ぼっくす……」


 ……ね、眠い。思ったより眠い……。

 これは二徹して、見たことがあるから内容は知っているのに、スキップできないムービーやモーションを五分ぐらい見たときの感覚に似ている。脳が勝手にシャットダウンしていく感じ……。

 なんとか呟いた言葉に応じて、目の前にアイテムがずらっと表示される。まずい、あんまり認識ができない……。でも、たぶん、これ……。


「けって……い……」


 ズシッと胸に重み。そうこの重み……。大丈夫。これ。

 油断すると閉じそうになる目。というか、たぶんもう閉じている。

 なので、最後の気力を振り絞って、猫の手の爪で胸の重みの先端のところをぶすっと刺した。そして、そのまま手を引き、眠る体に任せて、重みを傾ければ――


 ――バシャーッ!!


「……つめたい」


 冷たい。


「レニ様ぁ……っ」

「大丈夫かい!?」

「その水はどこから!? テーブルのをこぼしたのか!?」

「いいから、なにか拭くものよ!」

「そ、そうだな!?」


 びしょ濡れの私。そして、心配しすぎて涙目になるサミューちゃん。あと、嘆きを忘れて、水浸しになった私と床を拭くための布を取りに走る夫妻。

 ……うん。


「かいふくやく、すごい」


 眠気がなくなった!

 【回復薬(神)】を父にぶっかけ続けていたが、たしかにこれは効く。飲んだほうが効果はありそうだが、こうして経皮的なものでも効くことが自分の身をもって実証できた。

 ゲームで言うと、状態異常が一瞬で治った感じだろう。

 でも、あれだね。やっぱり液体を頭からかけられると冷たい。

 これまでたくさんぶっかけてきたが、ようやく父の気持ちを知った。やはり回復薬は飲むものであって、かけるものではない。

 そうして、一人で納得しているうちに、夫妻が拭くものを持ってきてくれる。

 サミューちゃんが涙目で、びしょ濡れの私を拭いてくれ、身なりを整えてくれた。

 その間に夫妻も落ち着いてようで、私たちに頭を下げた。


「本当にすまなかった」

「本当にごめんなさい」

「うん」

「……それなのに、シチューを食べてくれてありがとう」

「うん。おいしかったから」


 そう答えると、女性はぎゅっと眉を顰めた。


「自分たちの行いを反省するのであれば、どうしてこうなったか話してくれますか」

「……わかった」

「そうね……」


 サミューちゃんの言葉に夫妻がそろって頷く。

 そして、ゆっくりと話を始めた。


「この村は……あの教団に支配されているのよ」

「支配?」

「そのままの意味だ。俺たちに自由はない。あいつらに命令をされたらやるしかない」


 夫妻は暗い顔だ。

 六人用のテーブル。そこにある六つのイス。……なのに、住んでいるのは夫妻だけ。その答えは――


「私たちは、子どもを人質にとられているの」


 ――いるべきはずの子どもがいない。


「毎朝、教会にお祈りに行くときにだけ、会えるの……。だから、あそこにいるのは間違いない。けれど、どうしようもなくて」

「村人全員で戦おうとは思わなかったのですか?」

「あの教会は表向きは司祭が一人いるだけだ。だが、ある日、屈強な男たちが十数人やってきた。逆らった家もあったが……」

「逆らった家の子どもは、もうお祈りの時間にも会えなくなった。……もう、ここにはいないかもしれないわ……」

「この村はもうダメだ」

「あの教会が手に入れたかったのは、エルフのあなただと思うわ。早く逃げて。こんな村からは……」

「裏口がある。……案内する」


 夫婦はそう言うと、二人で頷きあった。

 どうやら、私とサミューちゃんを逃がしてくれるらしい。でも――


「こまらない?」


 私とサミューちゃんを逃がす。それは、二人が教会に逆らうということ。


「こども、きょうかいにいるんだよね?」


 私の言葉に夫妻はぐっと息を飲んだ。


「いいの……。いいえ、よくはない。けれど、あなたたちを騙すようなことをした自分が許せないの……」

「……すまない。どうか、俺たちの気が変わらないうちに……」

「……私がまた最低な人間にならないうちに、逃げてちょうだい」


 夫妻はそう言うと、目を伏せた。

 ……子どもが人質に取られていて。それなのに、私たちを逃がそうとするのは、どれだけ葛藤があっただろう。

 私とサミューちゃんは気づいていた。きっと最初からうまくいく計画じゃない。

 けれど、眠り薬を入れたシチューを食べようとした私をそのままにしていたほうが、夫妻にとっては良かったはずだ。


「ありがとう。おしえてくれて」


 けれど、私が一口食べたあと、すぐに止めてくれた。

 そして今も、私たちを逃がす決断をしてくれた。


「たすける」


 最強四歳児なので!


「れににおまかれあれ!」


 ――教会を潰して、子どもたちを助けましょう!

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