第48話 教会です

 キャリエスちゃんたちと別れ、村へと向かう。筋力トレーニングのため、装備品を取って歩いて行った。

 レオリガ市を出たのは朝だったけど、たどり着いたのは夕方。ちょうど夕食の準備をするぐらいかな。

 レオリガ市に比べると小さな村。父母の村よりはちょっとだけ大きいが、大差ないだろう。ぽつんぽつんと家が建っていた。


「ここがニグル村です」

「うん。……へんだね」

「はい。やはりレニ様も感じますか」


 村の入り口でサミューちゃんと視線を交わし合う。

 一見すれば普通。だけど――


「ひとどおりがない」

「はい。この時間であれば帰宅するものや、子どもの声、夕食を支度する音などがあるはずなのですが……」

「しーんとしてるね」


 なんだろう。この感じ。問題があるようには思えないのに、ひっそりとしている。なにかから隠れているような……。


「ねこになるね」

「はい」


 とにかく【猫の手グローブ】と【羽兎のブーツ】を装備。そして、あと一つ。これでなにかあっても安全だ。

 そうして、サミューちゃんと手を繋いで村へと入る。最初に向かうのは村の外れにある教会らしい。

 結局、村の人とは一度もすれ違うことはなく、教会へとたどり着く。

 白い壁とオレンジ色の屋根。一部は塔のようになっていて、そこには大きな鐘がついていた。転生前によく見た教会と変わらない。

 けれど、一部だけ違っていて……。


「あれ、はなかんむり?」

「はい。この教団のシンボルはあのような、花を円にしたものなのです」


 塔の部分に描かれたもの。それは花かんむりだった。私がよく見ていたのは十字架だったので、ちょっと不思議な感じ。でも、当たり前だが、世界が違えばシンボルも変わるだろう。


「見た目は他の宗教のものとあまり変わりはないように思います」

「はいってみる?」

「そうですね」


 サミューちゃんに確認し、教会の入り口へ近づく。装飾のされた茶色い木の扉、そこに花の形をしたドアノッカーがついていた。金属製で、サミューちゃんが使うと、カンカンと音がした。きっと、中にも響いているだろう。


「はい、ご用件は?」


 少し経って、人が出てきた。

 その人は白くて丈の長い服を着ていて、肩に緑色の布を垂らしていた。

 聖職者という感じの壮年の男性だ。


「中を見学させてください」


 サミューちゃんが用件を告げる。

 すると、男性はサミューちゃんへと視線を向け――


「な、なんと……! エルフのお方ですか……!?」

「見た通りです」

「おお……ッ! なんという僥倖。このような田舎の村へようこそお越しくださいました。夢のようです。これも女神様のご加護ですね」


 男性は大仰に驚くと、その場で手を組み、目を閉じた。祈っているって感じかな。

 口振りからして、サミューちゃん個人に対してというよりも、エルフという種族に対しての態度に思える。

 サミューちゃんはそんな男性の態度に反応をすることはなく、ただいつも通り冷静に言葉を続けた。


「それで、見学は可能なのですか?」

「はいっ、もちろんでございます。さあ、どうぞこちらへ」


 サミューちゃんの視線を受け、男性が慌てて、扉から体を避ける。そうすると、教会の中がしっかりと見えた。


「わぁ……きれい」

「そうでしょう。ここは女神様を信仰する場。美しいものを大切にしております」


 思わず漏れた歓声に、男性が頷く。

 その言葉通り、教会の内装はとてもきれいだった。広さはちょっとした講堂ぐらい。真っ白な床と壁で、普通の家より天井が高い。そして高い壁の上方にはきれいなステンドグラスがはめられていた。片側の壁のステンドグラスに西日が差し込み、斜めに光を落としている。ステンドグラスにはさまざまな色が使われていて、それを写した床が鮮やかに模様を浮かび上がらせていた。

 礼拝をするためだろう。置かれていたベンチは白い石でできていて、それもステンドグラスに染められている。室内の要所要所には観葉植物のようなものが置かれ、無機質な中にも自然の温かみを与えていた。


「レニ様、入りましょう」

「うん」


 サミューちゃんに促され、中央の通路を進んでいく。

 進んだ先には祭壇があって、たぶんそこで祈りを捧げるのだろう。そこに飾られていたのは――


「まま?」


 白い像。私よりも大きな像は、とてもとても美しい顔をしていた。

 ――そう。母だ。


「こちらは我々が信仰している、女神様のお姿を写したものです」

「みみがとがってる」

「女神様は現在のエルフの方々と近いお姿をされています。それは、女神様が最初におつくりになったのがエルフの方々と言われているからです」


 男性の言葉に、ほぉと頷く。

 母は女神様のようにきれいだと思っていたが、本当に女神様がそういう姿なのかもしれない。今の母は人間になっているので耳が丸いが、エルフの女王をしていたときはこの像のように耳が尖っていただろう。


「エルフの方々は女神様のお姿とそして力を受け継いでいらっしゃいます。我々人間とは違い、魔力が強く寿命が長いのがその証拠と考えています。そのようなエルフの方々を我々は敬愛しております」

「それは迷惑な話ですね」


 うっとりと告げる男性の話をサミューちゃんがばっさりと切り捨てる。

 きっと、サミューちゃんだけでなく、エルフからしても人間に信仰されるのは、特に気持ちがいいものではないのだろう。

 信仰するもの自身に「迷惑だ」と言われたら、ショックを受けてもおかしくない。が、男性は「わかっています」と頷いた。


「我々のような者の思いが尊いエルフの方々にとって必要ないということはわかっています。こうしてお話しできている今など、まるで夢のようです」


 そう言った男性は頬を紅潮させてサミューちゃんを見つめている。

 本当にうれしそうだ。そして、それを見返したサミューちゃんの目は冷めに冷めている。……うん。


「そんなことより、今、子どもが行方不明になる事件が頻発しているのを知っていますか?」


 サミューちゃんの確信をつく言葉。この村では噂は立っていないはずだけど……。


「ええ。村の外ではそのようなことがあることは知っております。とても悲しいことです。幸いにもこの村では被害が出ていません。これも女神様のご加護のおかげかもしれませんね」


 男性はそう言うと、祈りを捧げるように手を組んで目を閉じた。

 私とサミューちゃんはその姿を見て――


『このひと、じけんのことしってる』

『はい。噂が立っていないだけで事件のこと自体は知っているようですね』

『あやしいよね』

『……はい』


 【精神感応テレパシー】でこっそりとサミューちゃんと会話をする。

 男性の話を信じるならば、この村には関係のないこと、この村ではなにも起こっていない。そういうことなのだろう。だが――


『ここ、かくしべやがある』

『隠し部屋ですか?』

『うん』


 【精神感応】で会話をしつつ、サミューちゃんに私の右手を見せる。

 そこには――


『あたらしいアイテムですか?』

『あやしいものがあると、ひかる』


 私の右手首にはめた銀色の腕輪。その中心にある金色の魔石がぽわっと光っていた。

 これは【探索の腕輪】。隠し部屋や隠しアイテムなどがあると、ゲーム画面に表示が出てわかるようになっていた。

 【察知の鈴】をキャリエスちゃんに渡したので、新しいアクセサリーを装備したのだ。


「はんのうあり」


 ばっちり。

 ここにはなにかがある。


「この教会の部屋はここだけですか? 他に続きの間などは?」

「小さな村の教会ですので、あるのはこの礼拝堂だけなのです」

「……そうですか」


 男性は穏やかに笑って、そう答えた。

 邪気は感じないし、まさか嘘をついているようにも見えない。けれど――


『うそだね』

『そうですね』


 最強四歳児の私の前では、その嘘はばっちりお見通しである。

 私のアイテムが、男性の嘘を見抜いているのだ!


「ところで、今日はこれからどうされる予定ですか?」

「この教会が目的だったので、このあとの予定はありません」

「そうだったのですか! それは本当に来てくださり僥倖でした。もし、宿泊先など決まっていないようでしたら、ぜひ、この村にお泊りになってください。村の者に頼みましょう!」


 男性がサミューちゃんを見て、目を輝かせる。

 どうやら、この村に泊まってほしいようだ。


『レニ様、どうしましょうか。このまま男を倒し、隠し部屋を探してもいいのですが……』

『うん。でもせっかくだから』

『……そうですね。まだこの男はなにかを仕掛けてきそうです』


 サミューちゃんと頷きあう。

 こちらから仕掛けてもいいが、あちらからなにかをしてくるのであれば、それがなにかを見極めてからでもいい。

 そんなわけで。


「司祭様」

「では、よろしくお願いします」


 男性は一組の家族に私とサミューちゃんの世話を頼んだらしい。初めて出会った村人は堅い顔をして、男性のことを「司祭様」と呼んだ。

 男性――司祭は、村の人に私たちのことを頼むと、穏やかに笑った。

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