第47話 出発です

 それから一週間。私はトーマス市長の屋敷に滞在した。

 キャリエスちゃんと庭を探索したり、ごはんを食べたり。そして、サミューちゃんはレオリガ市とその周辺の街や村の様子を探りながら、情報を集めてくれた。

 結果、トーマス市長は悪事に手を出していない、と判断した。

 レオリガ市周辺でも子どもが何人か行方不明になっているが、トーマス市長が関わっている様子はなかったのだ。

 サミューちゃんによると、トーマス市長はキレ者というわけではないが、無難に市政を運営しているらしい。大きな野心もなく、レオリガ市の市長という立場に満足している様子で、問題を起こさず、引退することを目標としている。スラニタの街長、シュルテムのような上を目指すような者ではないので、危険を冒すタイプではないのではないか、ということだ。

 【察知の鈴】が鳴った様子もない。

 キャリエスちゃんにとっての敵もいないのだろう。この一週間はキャリエスちゃんの身に危険はなく、楽しく過ごすことができた。

 明日、領都に戻ったガイラル伯爵がキャリエスちゃんを迎えにくる。

 襲われて壊れてしまったキャリエスちゃんの馬車を新しいものにし、警備の兵士を増やしたようだ。

 警備の人数が増えるとはいえ、またドラゴンに襲われた場合に必ず勝てるという保証はない。が、キャリエスちゃんが逃げることは可能だろうと兵士が話しているのを聞いた。なによりも今回は赤い髪の騎士が合流しているから、みんなの士気が違うらしい。リビングメイルとも戦えていたし、とても強いしね。


「レニ様、一つ、情報を得ました」


 出発の前の夜。サミューちゃんは部屋の中でそう切り出した。


「近くに不審な村があります」

「ふしん? 」

「はい。レオリガ市やその周辺の街村ではやはり子どもが行方不明になる事件や売られたと思われる子どもの噂があります」

「うん」

「しかし、なにも起こっておらず、子どもについての噂が一切立っていない村があるのです」


 たしかに妙だ。

 スラニタの街と父母が暮らす村のように、大っぴらに事件が起こっていないとしても、レオリガ市の周辺でも、子どもは行方不明になっている。そのことに関して、なにも噂が立たないのは……。


「ふしぜん」

「はい。村人たちがその話題を避けているように感じました。そして、村には教会らしき建物もあり、それは新興の教団のものではないか、と」


 サミューちゃんが私を見つめる。

 私はそれに、うんと頷いた。


「いこう」


 キャリエスちゃんと一緒に領都まで行くのもいいかと思ったが、せっかくだから、そちらに足を運んでみてもいいだろう。


・キャリエスちゃんの身はしっかり守ってもらう

・私は根源を潰す


 やはり、元を絶つことが大切だ。

 よくわからないものに襲われ続けて、それを倒すよりも、そもそもそんなものに襲われないほうがいいだろう。

 教団がドラゴンやリビングメイルを操れるのかは疑問が残る。が、キャリエスちゃんが襲われているのは偶然だとも思えないし……。

 というわけで。


「きをつけてね」

「はいっ! ……とても残念です。本当に楽しかったのですわ」

「うん。れにもたのしかった」


 出発の朝。たくさんの警備の兵士とともに迎えに来たガイラル伯爵とともに、キャリエスちゃんは領都へと向かう。

 馬車は二台。ガイラル伯爵は前方の馬車、キャリエスちゃんは後方の馬車と言った感じで隊列を組んで進むようだ。

 すでに、ガイラル伯爵は馬車に乗り、兵士たちも持ち場についている。

 私はキャリエスちゃんが馬車に乗り込む前に、別れの挨拶をしていた。


「こまったらよんで」


 キャリエスちゃんを勇気づけるように頷く。


「すぐにいくから」

「……っ……はいっ!」

「あと、あげる」

「え、え……?」

「こまったらつかって」


 そう言って、袋を渡した。

 袋の中身はアイテム。【回復薬(神)】、【身代わり人形】、【回避の護符(特上)】、【閃光石】、【花火石】を入れた。結果、思ったよりも袋が大きくなってしまった。

 もしものとき、戦うというよりも、キャリエスちゃんが逃げ切れることを第一に考えて選んだものだ。


「これのむと、げんきになる。これはもってるとかわりになってくれる」

「レ、レニ、ちょっと待ってほしいのですわ!」


 袋の中身を示しながら、説明をしていたのだが、キャリエスちゃんの焦った声がしたので中断する。

 キャリエスちゃんの顔は赤くなったり、青くなったりと忙しそうだ。


「こんなに素晴らしいものをもらうことはできませんわ…っ!」

「いや?」

「いえっ、違いますわっ! 本当にとても嬉しいのです。しかし……っ」

「ちょっとおもかったかな……」


 一応、キャリエスちゃんが持ち運びできて、簡単に使えるようなものを選んだつもりだが、【回復薬】がどうしても重くなっちゃったんだよね。でも、ケガをして動けなくなることもあるだろうし、やはり一本は持っておいてもらいたい。


「これも……かわいくないかも……」


 父にも大量にあげた【身代わり人形】。父はいつも持ち歩いてくれたが、幼い女の子が持つにはちょっと民芸品の香りが強すぎる。

 私がむむっと眉をしかめると、キャリエスちゃんはすこし考えて……。そして、「もう!」と叫んだ。


「重くなんてありませんわ!」


 キャリエスちゃんが、私から袋を受け取り、しっかりと持ち上げる。


「これも素敵ですわ!」


 そして、【身代わり人形】を取り出し、ぎゅっと抱き寄せた。

 うん。どうやら、もらってくれるみたいだ。


「よかった」


 なので、ふふっと笑う。

 すると、キャリエスちゃんもほっとしたように笑ってくれた。


「じゃあ、またせつめいする。これはじめんにうめると、てきがこなくなる」

「これですわね。わかりました」


 【回避の護符(特上)】は父母の家を隠蔽するのにも使った。もし、キャリエスちゃんが逃げた先で使えば、姿をくらませるはずだ。


「このきいろいいし、なげたらひかる」

「投げたら光る?」

「うん。まぶしいから、てきがこまる」

「わかりましたわ」


 黄色い石は【閃光石】。要は目くらましができるアイテムで、ゲームだと敵が数ターンだけスタンするものだ。小さくて軽いし、使用方法も投げるだけ、と簡単。


「このあかいいし、なげたらそらにむかってひばながちる」

「投げたら、空で火花が散るんですのね」

「うん。きゃりえすちゃんのいばしょがわかる」


 最後の赤い石は【花火石】。投げたら打ち上げ花火みたいになって、空に目印が浮かぶ。ゲームではこの花火の模様を自分でデザインできた。そんなに長く残らないけれど、周りから見れば一目瞭然だし、花火が消えたとしても、噂をたどることは可能だろう。

 キャリエスちゃんはアイテムの説明を真剣に聞いてくれた。きっと、うまく使ってくれるだろう、すると――


「……殿下」


 赤い髪の騎士が私とキャリエスちゃんの話が終わったのを見計らい、キャリエスちゃんの声をかけた。

 今回は「無礼だ」と引き離されることはない。それどころか――


「殿下以外に膝をつくことを許可していただきたい」

「……っピオ! ええ。もちろんです。構いませんわ!」


 赤い髪の騎士はそういうと、私の前に膝をついた。サミューちゃんがいつもする、あの片膝立ちだ。

 びっくりしていると、そっと右手を取られ……。


「先日は君のことをよく知らず、失礼なことをした」


 そのまま、赤い髪の騎士の額にそっと押し当てられた。


「すまなかった」


 それが外されると、赤い瞳が真摯に私を見つめている。


「……あのとき、押した肩は痛くないだろうか?」


 たぶん、赤い髪の騎士が私とキャリエスちゃんの間に入ったときのことだろう。とくに痛みは残っていない。


「だいじょうぶ」


 なので、問題ないと頷くと、赤い髪の騎士はほっと息を吐いた。

 そして、また私を見つめる。


「殿下の笑顔を引き出してくれた。そしてずっと守ろうとしてくれている。……本当にありがとう」

「うん」


 赤い髪の騎士は本当にキャリエスちゃんを大事にしているのがわかる。


「ピオと呼んでほしい」

「れにだよ」


 お互いに改めて自己紹介。そして、私は赤い髪の騎士――ピオちゃんの手を取って、立ってもらった。

 いつまでも膝をついていたら、痛くなっちゃうしね。


「では、レニ君、またの機会に」

「レニっ! また会いましょう!!」


 キャリエスちゃんは馬車に乗り、ピオちゃんは馬に乗っていく。


「うん、またね!」


 私はそれに手を振って……。

 ずっと待ってくれていたサミューちゃんへと振り返った。


「それじゃあ、むらへいこう!」

「はいっ!」


 不自然なほど子どもの噂が流れない村。

 行ってみましょう!

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