第50話 潜入調査です

 教会を潰すために私がしたこと。それは――


「たぬきねいり」


 そう。眠ったふり。

 これで、教会の隠し部屋まで運んでもらおうという算段だ。

 これなら、夫妻はちゃんと眠り薬を盛る任務を達成できたように見えるし、あちらも油断するはず。

 というわけで。


「レニ様、なにかありましたら、すぐに戦闘開始してください」

「うん。さみゅーちゃんもやだったら、すぐにいってね」

「はい!」


 私とサミューちゃんは確認し合うと、ダイニングテーブルに突っ伏した。

 テーブルの上の空っぽの皿を見れば、教団の人も騙されるだろう。

 夫妻は私とサミューちゃんが寝たふりをしたのを確認すると、玄関から外へと出ていった。ほどなくして、ドタドタと足音が聞こえる。そっと薄目を開けてみれば、そこにはスラニタ金融にいたような男たちがいた。

 ええ……。教会はすごくきれいで、神聖な感じだったのに、この人たちが教団の人? 普通にゴロツキにしか見えない。

 この人たちに逆らうのは、一般人であればつらいだろう。


「お、うまくやったじゃねぇか」

「は、はい……あ、眠っているだけなので、丁寧にお願いします」

「わかってるよ。俺たちだって司祭から言われてる」


 夫妻の話を、男たちは鼻で笑う。

 そして、私とサミューちゃんをそれぞれ別の男が肩に担ぐと、家を出た。

 向かうのは教会。肩に担がれているので、前は見えないが風景でわかる。薄目で【探索の腕輪】を確認すると、金色の魔石がぽわっと光っていた。やはりここに隠し部屋があり、そこに子どもたちがいるのだろう。


「よし、開け」

「おう」


 男たちは祭壇まで進むと立ち止まった。

 薄目のまま確認すると、どうやら一人の男が懐から赤い水晶を取り出す。


「あ」

「あ、なんだ起きたのか?」


 思わず声を上げてしまう。

 すると、私を担いだ男は、私の顔が見えるようにぐいっと体を正面に持ってきた。

 いけないいけない。寝たふりをしなきゃ。


「……ぐぅ」

「いや、寝てるか」


 体から力を抜いて、こてりと首を傾ける。

 そんな私を見て、男は寝ていると判断したらしい。もう一度、肩に担ぎなおした。

 さすが最強四歳児の私。寝たふりもうまい。


「どうした?」

「起きたと思ったが、気のせいだったみてぇだ」

「気にしすぎだ。子ども一人が起きても問題ない。俺たちで運べるだろ」

「そりゃそうか」


 男たちが話ながら、祭壇の裏手に回る。

 司祭に案内されたときにはここまで見れていなかったが、どうやら祭壇の裏には魔法道具があったようだ。

 そう。これはスラニタの街の街長、シュルテムの家にあった。隠し扉と地下室。そして、それを壊すための仕掛け。あれとまったく同じものだ。

 なので、あの赤い水晶を見て、思わず声を上げてしまったわけだが、うまく誤魔化せたのでよかった。


「おい、離れてろ」

「おう」


 男の一人が声をかけ、祭壇の裏の窪みに赤い水晶をはめる。するとゴトゴトと音がした。

 男たちが不自然に離れた床の一角。そこがゆっくりと動いているようだ。

 そして――


『さみゅーちゃん、いりぐち』

『はい、ここが隠し部屋に通じていたようですね』


 【精神感応テレパシー】でサミューちゃんとやりとり。たぶん、サミューちゃんも寝たふりをしながら、周りを窺っているのだろう。


「よし、じゃあいくぞ。エルフは司祭のところ。子どもは牢屋だ」

「ほかと一緒でいいのか? 獣人は力が強いだろう?」

「獣人といっても、まだチビだ。なんにもできないだろ」

「そうだな」


 どうやら私とサミューちゃんは別々の場所へ運ばれるらしい。


『レニ様、分かれてしまうようです。どうしましょうか、ここでもう戦いますか?』

『さみゅーちゃん、ひとりでもだいじょうぶだよね?』

『はい、それは問題ないと思います。負ける気はしません』

『じゃあ、このまま。さみゅーちゃんはしさいのことをおねがい』

『わかりました』


 隠し 部屋の入り口もわかったし、このまま全員倒してもいいが、司祭と子ども、どちらにも用がある。なので、二手に分かれたらちょうどいいだろう。

 私は一人でも大丈夫だし、サミューちゃんも強いしね。

 というわけで、そのまま運ばれていく。

 祭壇の裏、床が空いた場所は地下へと続く階段が姿を現していた。地下へと降り、石の壁の廊下を進む。サミューちゃんを担いだ男は廊下の途中にあった扉を開けて、入っていった。たぶん、その先に司祭がいるのだろう。

 さらに男たちがその先の扉を開け、部屋へと入る。扉の隙間から中が見えたが、たくさんの男がいた。ここは男たちの待機場所みたいな感じなのかな。

 最後まで廊下に残ったのは私を担いだ男。着いたのは廊下の突き当たりの扉で、閂がかかり、大きな南京錠がついている。扉の横には、見張りの男がイスに座っていた。


「開けてくれ」

「おう。新しい子どもか?」

「ああ、こいつはすぐに売る予定だ」

「へぇ。まあ獣人の子どもなんて珍しいし、高く売れそうだしな」

「ああ。司祭は獣人には用はないらしい」


 そんな会話をしながら、見張りの男が南京錠を開け、閂を外す。

 扉が開き、私を担いだ男が部屋の中へと入った。そこには――


「面倒なことはしてないだろうな?」


 ――子どもたちだ。


「1、2、3……8。よし全員いるな」


 男は子ども一人一人を指さしながら確認している。一番大きい子が小学校の高学年ぐらいで、小さい子は私よりも年齢が低そうだ。

 子どもたちは怯えるように、ぎゅっと身を寄せ合って、部屋の隅に集まっていた。


「お前らの仲間だぞ」


 そう言うと、私はごろりと床に転がされた。


「え……どうして、また子どもが……?」


 私を見て、一番大きい子が、恐る恐る声を上げる。

 すると、男は楽しそうにククッと笑った。


「お前らの親がな、こいつに薬を盛ったんだ」

「パパとママが……」

「お前らを守るために、この獣人の子どもは騙されて、ここに連れてこられた。お前らはここで親に会えるが、こいつはもう二度と会えないだろうな。明日には売られていくんだ。かわいそうになぁ。お前らのせいだよなぁ」


 男の声はねっとりとしていて――


「たった一日だけの仲間だけど、仲良くしてやれよ。なんていってもお前らのために売られるんだからなぁ。かわいそうになぁ」


 その言葉に子どもたちが顔を伏せるのがわかった。

 こうやって、罪に加担させたような話をすることで、マインドコントロールのようなことをしているようだ。

 地下室に閉じ込められ、親には少ししか会えず。こんな風に言われ続ける。子どもたちは反抗する心も折られているだろう。

 ……胸がむかむかする。


「わたしがここにきたのは、わたしがきめたから」


 転がされた床からむくりと起き上がる。

 そして、ぐっと拳を固め、肘を後ろへ引いた。


「あ、お前、起きて――?」

「ずっとおきてる」


 驚いたように私を見下ろし、目を丸くする男。

 その男の下腹部を目掛けて、拳をまっすぐに突き出した。


「ねこぱんち!」


 斜め上に突き出した拳が、男の下腹部に当たる。そして――


「かせきになぁれ!」

「ぐわぁっ!!」


 ――石の壁にめり込む男。


「よし」


 まずは一人。

 埋まった男を見て、拳から力を抜く。

 すると、わぁっと声が上がった。


「……っすごい!」

「つよい……!」

「どうしてそんなことができるの!?」

「大丈夫? 痛くないっ?」


 部屋の隅に固まっていた子どもたちだ。

 あっという間に周りを囲まれる。興奮しているような子やこちらを心配している子。さまざまだけど、みんなどこか不安そうなのは一緒だ。

 だから【猫の手グローブ】の親指をぐっと立てた。


「たすけにきた」


 ――家へ帰りましょう!

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