第42話 影から支援します

「さみゅーちゃん、みんなを!」


 上空からまっすぐに降りてくる全身鎧を確認したあと、すぐにサミューちゃんへ声をかけた。

 全身鎧が着地するのは、東屋と門の間ぐらいか。そこから少しでも離れるよう、サミューちゃんにはトーマス市長やガイラル伯爵、3人の侍女の誘導を頼む。

 そして、私はキャリエスちゃんをよいしょ、と抱え上げた。


「れ、レニ!? わたくしは重いのでは!?」

「だいじょうぶ。れに、つよいから」


 そう! いまの私は【猫の手グローブ】をつけて、【羽兎のブーツ】を履いている。キャリエスちゃんのほうが私より背が高いけれど、抱き上げるぐらい余裕なのだ。


「つかまって」

「は、はいっ!」


 いわゆるお姫様だっこ。キャリエスちゃんが私の首元に腕を回したのを確認し、東屋から屋敷に向かって跳んだ。

 どうやら、赤い髪の騎士が全身鎧のほうへ向かっていたようで、途中ですれ違った。

 赤い髪の騎士はキャリエスちゃんを抱っこして移動する私を見て、びっくりした顔をした。が、立ち止まることはなく、すれ違いざまに、私が頷いて見せると、そのまま全身鎧のほうへと走っていった。


「ここでまっててね」

「はいっ!」


 屋敷の前にキャリエスちゃんを降ろす。

 そこにサミューちゃんが誘導した人たちも集まった。そこに護衛の兵士たちも集まり、ぐるりと取り囲む。全身鎧には赤い髪の騎士と何人かの兵士が向かったようだった。


『さみゅーちゃん、きこえる?』

『はいっ!』


 周りの人に聞こえないよう、【精神感応テレパシー】でサミューちゃんと会話をする。


『れにのちから、ばれないほうがいいよね?』

『そうですね……。王女や助けた兵士には知られていますが、まだ市長や領主に直接見られるのは避けたほうがいいかもしれません』


 このお茶会に来る前にサミューちゃんがいろいろと教えてくれた。市長や領主など権力がある者に力を知られるのはいいことばかりではないこと。私は足枷もしがらみもいらない。

 というわけで。


『れに、こっそりたすけにいく』


 ね。バレなければいいもんね。


『はい! では、一度、あちらの木陰へと移動しましょう。私はそこから弓で戦います。レニ様とずっといたと証言しますので、ここにいるものにレニ様の強さが明るみになることはないか、と。木陰についたあと、レニ様は気配を消して、あちらへ!』

『うん。おねがい』


 【精神感応テレパシー】を終え、兵士の隙間からサミューちゃんが飛び出る。

 私もそれに続いて、輪から抜け出した。

 【魔力操作】を行い、身体能力が上がったサミューちゃんと、【羽兎のブーツ】を装備している私は、普通の人間では不可能な力で、東屋の横の木陰まで一気に到達した。

 みんなびっくりするだろうが、ドラゴンを倒したのはもう見るか、聞くかしているんだから、これぐらいは問題ないだろう。

 そうして、木陰まで来ると私はフードを深く被った。


「じゃあ、いくね」

「はいっ! お気をつけて!」


 サミューちゃんに声をかけてから、木陰を飛び出す。

 むかうのは全身鎧!

 ちょうど兵士三人が全身鎧に向かって、剣を振り下ろしていた。鎧だから剣で切り裂くことはできない。が、衝撃でひるんだり、体勢を崩すはず。

 しかし――


「ぐわぁ……っ!!」

「つ、強い……これは人間か……?」

「どうなっているんだ……!?」


 全身鎧は兵士三人の剣を受けても、まったくひるまない。それどころか剣で受けた、斬撃を放った兵士をそのまま弾き飛ばした。そして、残り二人の放った、肩と背中に入った斬撃にはびくともしていない。


「怯えるな!」


 吹き飛ばされた兵士をかばうように、正面に素早くだれかが回り込みフォローをする。その動きは軽快でとてもしなやか。動きを追うように、赤い髪がきれいになびいた。


「「ピオ様!」」


 兵士二人は全身鎧の力にためらっていたが、赤い髪の騎士のフォローにより、やる気を取り戻したようだ。肩と背中に当てた剣を切り返し、もう一度斬撃を振るう。そして――


「ここだっ!」


 赤い髪の騎士は短くそう言うと、構えた剣をまっすぐに全身鎧の首元へと突き出した。細剣レイピアが鎧と鎧の継ぎ目に見事に入る。

 これで決まりのはず。だが――


「……くっ、全員、距離を取れ!!」


 赤い髪の騎士は凛々しかった顔を一変させ、細剣レイピアを引きながら、後ろへ飛んだ。ほかの兵士もそれに続くため、急いで剣を引く。しかし、それよりも早く全身鎧が動いた。構えていた剣をまっすぐに横に振ったのだ。


「ぐうっ……!!」

「があ……っ!」


 赤い髪の騎士は素早く後ろに引いたために斬撃を受けることはなかった。が、兵士二人はなんとか剣で受けることはできたものの、衝撃をいなすことはできなかったようで、そのまま弾き飛ばされていく。


「あぶない」


 兵士のうちの一人が近くの木にぶつかりそうになっていたので、兵士と木の間に飛び込む。そして、【猫の手グローブ】をつけた両手を前へと突き出した。


「にくきゅうくっしょん」


 私の言葉と同時に、兵士が私へとぶつかる。すごいスピードだったが、私のピンクの肉球に触れると、兵士はぽわんとその場で少しだけ浮き上がった。そして、ゆっくりと地面へと落下した。


「……っ……え?」


 自分に訪れるであろう衝撃に息を止め、身を固くしていた兵士。状況が呑み込めなかったようで、周囲を見渡した。だれかがいると思ったのかもしれない。もちろん私の姿は見えないので、謎が解明することはないのだが。


「怪我は!」

「……、ありません!」


 不思議そうにしていたが、赤い髪の騎士の声に反応し、すぐに立ち上がる。

 どうやら大丈夫だったようだ。向こうに弾き飛ばされた兵士も擦り傷などはあるだろうが、地面から起き上がっていた。

 うん。さすが私! 影からの支援もばっちり!

 弾き飛ばされた兵士と木の間に入るなど、本来なら危ない。一緒に潰されてしまうだろう。けれど、【猫の手グローブ】には衝撃吸収の効果もあるのだ!

 全身鎧との戦闘に戻るために走っていく兵士の背中を見送り、ふふっと笑う。

 そして、まっすぐに全身鎧を見つめた。


「まもの」


 そう。あれは人間ではない。

 赤い髪の騎士の攻撃はたしかに鎧の継ぎ目に入っていたし、深さも早さも、首に届くものだった。全身鎧の構造的にそこにはかならず人体があっておかしくない。

 異常な力、ひるまない心、そして――鎧には中身がない。


「りびんぐめいる」


 ――蠢く鎧リビングメイル


 目の前にいるのはそう呼ばれる魔物だった。

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