第41話 予言があるそうです
「……わたくしはずっと、何者かに狙われているのです」
キャリエスちゃんの告白にサミューちゃんと目を見合わせる。
では、ドラゴンが馬車を襲った理由はキャリエスちゃん?
「王宮で事故が多発したり、わたくしの周りにいるものが行方不明になったりというようなものでした。ですが、まさかドラゴンに襲われるなんて……」
キャリエスちゃんの言葉にうーんと考え込む。
「きゃりえすちゃん、おうじょさまだから、ねらわれる?」
王女という立場だからかと思い、そう聞いてみると、それにこれまで黙っていたトーマス市長が首を横へ振った。
「狙われているのはあの予言のせいですからな!」
「よげん?」
「そう! まったくはた迷惑な……」
予言とはなんのことだろう。
聞いたことがなく、首をかしげると、領主のガイラル伯爵がゆっくりと言葉を発した。
「『神の宝を持ったものが現れる』」
柔らかい表情。
その声はどこか夢見るようだった。
「五年前、女神信仰をしている教団が、お告げを受けたそうです。我が国では女神信仰が一般的ですが、新しくできたその教団はより強い信仰を求めています。そこがこれまでとの違いですね」
ガイラル伯爵は柔らかい表情のまま、キャリエスちゃんへと視線を移して――
「王女殿下がその人物なのではないかと考えられています」
――予言されたのがキャリエスちゃんだ、と告げた。
その言葉を聞いたキャリエスちゃんは、より眉をぎゅっとハの字にする。
「その教団が予言を受けたころに、わたくしが生まれたからです。けれど、わたくしは、お兄さまやお姉さまと違い、なにも持っていません。髪も目も地味な茶色。特別な力があるわけでもないのです」
小さく震える声。
キャリエスちゃんは、自身のことを予言の人物ではないと否定した。
そして、それに呼応するように白い髭を触りながら、トーマス市長が大きく頷いた。
「お告げなど眉唾ですとも! 殿下が気にすることなどありません!」
「わかっています。みな、新興の教団の予言を信じたわけではないのでしょう。けれど『もしかしたら……』と思っているのはわかるのです。わたくしに会う者はわたくしを見て、興味深そうな、値踏みするような顔をしますわ。……そして、私の容姿や能力を見て、がっかりして帰っていくのです」
つらそうなキャリエスちゃん。
出会ってからずっと自信がなさそうで、すぐに自分を否定するのは、そのせいなんだろう。
勝手に期待されて、勝手に失望される。
キャリエスちゃんにはどうしようもないことで、表情や態度を変える人間を見るのは、きっとつらかったはずだ。
「さらにわたくしの周りで不自然な事故が増え、侍女や騎士が何人もいなくなりました」
苦しそうに震える声は小さくなっていって……。
「こんな容姿でなんの能力もないのに、厄介なことを引き付ける。それが、わたくしなのです……」
消えていく語尾。
キャリエスちゃんはそれでもまたしっかりと前を向いた。
「わたくしはだからこそ、それでもわたくしについてきてくれた侍女たちや騎士であるピオをとても大切に思っています。……レニ、さきほどは本当に申し訳ありませんでした」
キャリエスちゃんが言っているのは、私とキャリエスちゃんが手を繋いでいたら、赤い髪の騎士に引き離されたことだろう。
キャリエスちゃんと仲良くしようと思っても、難しいということはわかる。キャリエスちゃんが「こんなに楽しいと思ったのは初めて」と言ったのは、それも関係あるんだと思う。
普通の四歳児なら気圧される。相手は王女様だしね。でも私は――
「れに、だいじょうぶ」
――最強四歳児なので。
「それに、わかった」
侍女たちがキャリエスちゃんを応援する理由。
赤い髪の騎士が私を警戒する理由。
「きゃりえすちゃんのことがたいせつ。しんぱいだから」
みんなキャリエスちゃんを大好きだから。
「それ、すてき」
きっとキャリエスちゃんはいろいろと苦労しているんだと思う。
それを助けてくれる人がいるのっていいことだよね。
「れに、きゃりえすちゃん、すき」
「……っ!? えぇっ!?」
私の言葉にキャリエスちゃんは頬をボッと赤くした。
「きゃりえすちゃんのちゃいろいかみ、ちょこれーとみたいでかわいい」
ふわふわの茶色い髪。
今日食べさせてくれたチョコレートと同じ色。
とってもかわいいと思う。
「きゃりえすちゃんのちゃいろいめ、こうちゃみたいにきれい」
澄んだ茶色い目。
今日準備してくれた、バラの香りのするお茶と同じ色。
とってもきれいだと思う。
「きゃりえすちゃんのこころ、りんとしててかっこいい」
がんばろうっとする、誇り高い心。
今日挨拶してくれたきれいなお辞儀。
自信がなくなちゃうのは、がんばろうって思うから。それってとってもかっこいいと思う。
「わ……っ! わたくしは……そんな、そんなことはないですわ……っ!」
「れにのいうこと、しんじられない?」
「ち、ちがいますわ!」
「れに、きゃりえすちゃん、すき」
「っで……でもっ……!?」
「……しんじられない?」
「そ、そうではなく……っ!?」
「れに、きゃりえすちゃん、すき」
私の言うことも否定するので、信じてもらえるまで、何度も伝える。
すると、キャリエスちゃんは、頬を真っ赤にして、目をうるうるさせて「もうっ!!」と怒鳴った。
「わかりました!! わかりましたわ!! わかりましたから……っ!!」
「ほんとう?」
「本当ですわ!!」
キャリエスちゃんはこれまで見た中で一番必死な顔をしていた。
うん。伝わったならよかった。
「……ありがとう、レニ」
キャリエスちゃんはうるうるの目をぎゅうっと閉じた。
その途端、雫がこぼれそうになる。
けれど、キャリエスちゃんはそうならないように、すぐに目を開けて、上を向いた
。すると――
「あれは……なんですの?」
キャリエスちゃんの茶色の目がある一点を捉える。
そして、私の耳に届いたのは――鈴の音。
「そらから、てき」
腰元につけていた【察知の鈴】がチリンチリンと鳴る。
全員が空を見上げると、そこには――
「よろい」
――全身鎧のなにものかが、上空から降りてきていた。
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