第40話 お茶会です

 マドレーヌやフィナンシェ、クッキーにチェリーパイ。あっちにあるのはスコーンとキャラメルかな? どれもとてもおいしそうだ。

 たくさんあるお菓子の中で、一際目立つもの。中央には大きなお皿にきれいに配置された、親指の先ぐらいの大きさの茶色のお菓子。表面はつやつやで、光を受けてきらっと輝いていた。


「ちょこれーと」


 焼き菓子はともかく、チョコレートまで準備されているなんて。

 村ではチョコレートを食べたことがないし、スラニタの街で売られているのを見たこともない。きっと高価で珍しいのだろう。

 思わず呟くと、キャリエスちゃんが嬉しそうに笑った。


「レニはチョコレートを知っているのですね。とても甘くておいしいのですわ!」

「うん。たべたい」

「はいっ!」


 私の言葉を聞き、キャリエスちゃんが机のそばに立っている女性に目配せをした。それは、いつもキャリエスちゃんを励ましている制服の女性の一人だ。女性は中央の大皿から、チョコレートを一つ取り、私の前のお皿へと移してくれた。

 残りの二人の女性はお茶を入れてくれたり、サミューちゃんへもお菓子を取ったりと、それぞれ給仕をしている。

 女性たちの制服と役割から見るに、キャリエスちゃんの侍女なのだろう。王女様だし、そういうお付きの侍女がいても不思議じゃない。

 そうして、侍女たちの給仕で、それぞれのお茶と最初のお菓子が行き渡ると、キャリエスちゃんが、こほんと咳払いをした。


「では、あらため。、今回、レニがいなければ、わたくしたちに甚大な被害があったことは間違いありません。本当に感謝しています」

「うん」


 キャリエスちゃんの凛とした言葉に頷いて返す。

 幼いのに、しっかりとしているキャリエスちゃんを見ると、すごいなぁと思う。

 すると、私の正面に座っている、灰色の髪の壮年の男性が口を開いた。


「私からもお礼を。あなたのおかげで貴き王女殿下と部下たちが助かりました。私はここレオリガ市を含む地の領主をしております。ガリム・ガイラルと申します。伯爵位を賜っています」

「がいらるはくしゃく」


 どうやら、灰色の髪の壮年の男性のほうが領主、ガイラル伯爵だったらしい。表情はにこやかで、目が優しく垂れていた。


「儂からも感謝を伝えさせてもらいます! 市長をしているトーマスと申します。ここに来るまでに殿下が襲われたと聞いたときは肝が冷えました。王族の方をお招きできる機会など少ないのに」


 サンタクロースに似た高齢の男性――トーマス市長はそう言うと、わかりやすくほっとした顔をして、胸に手を置いた。キャリエスちゃんが無事だったことも大切だが、自分の管轄地で大変なことが起こるのは避けたかったのだろう。

 その口ぶりになるほど、と頷く。

 立場はいろいろだから、悩みごとはそれぞれ違うもんね。


「ではレニ、どうぞお茶が冷めないうちに」

「うん」


 話が続きそうだったけれど、キャリエスちゃんがサッと話を切って、お茶を勧めてくれた。

 なので、私も遠慮せず、淹れてもらったお茶を飲んで――


「うん! おいしい」

「そうですか!? よかったですわ……!」

「このおちゃ、おはなのにおい」

「はいっ! バラの香りがするお茶にしてみましたの!」


 私の言葉に、キャリエスちゃんの顔がほころぶ。きっと、私のためにいろいろと考えてくれたのだろう。


「ちょこれーともたべてみるね」

「はいっ!」


 キャリエスちゃんに伝えてから、ニュキッと猫の爪を出す。そして、猫の爪をピック代わりにして、チョコレートにぷすっと刺した。

 ……ほら、猫の手だから。

 人間の手と違って、小さなものがつまみにくいのだ。すると――


「あ、なかみ……」


 ツヤツヤのチョコレートの表面。爪を刺したところから、とろとろとソースがこぼれてきた。

 どうやらただのチョコではなく、チョコの中にはソースが入っていたようだ。爪の横から赤いソースが出てきてしまっている……。

 急いで、口に入れると、薫り高いチョコレートととろっと染み出たイチゴのソースがとても合っていた。でも……。


「おいしい。けど、そーす、もったいない」


 そう。おいしいのに、もったいない。

 爪を刺したせいで、ソースがこぼれてしまったが、本来なら、口に入れて噛むと、チョコとソースがいい感じに調和するものなのだろう。

 ソースがこぼれても問題なく食べられるが、せっかくのおいしさが半減している気がする。残念……。

 人間の手ならば、普通につまんで食べればいいと思うが、猫の手はそういう作業には向いていない。どうしよう。

 むむっと眉を寄せる。

 すると隣からフゥフゥという息の音が聞こえて――


「レニ様。僭越ながら私が口許に運ばせていただきます」


 サミューちゃんの鼻息と決意の瞳。

 うん……。

 【猫の手グローブ】を外すわけにはいかない。

 だから、食べさせてくれるというのならば、とてもありがたい。が、サミューちゃん大丈夫かな……。倒れない? 今すでに、深呼吸が必要な感じになっているけど……。


「……さみゅーちゃん、めをとじれば、だいじょうぶ?」

「はい、お任せを!!」


 サミューちゃんは自分のお皿に載っていたチョコレートをつまむと、私のほうへと慎重に運んだ。手が震えているから、右手でチョコをつまみ、左手でしっかりと手首を固定している。


「深呼吸、深呼吸よ……。私はできるエルフ……やりとげるエルフ……」


 サミューちゃんはブツブツと呟きながら、チョコレートを私の口許へ寄せる。そして、ぎゅっと目を閉じた。

 私はサミューちゃんが目を閉じたのを確認してから、あーと口を開いて――


「うん! さっきとちがう!」


 チョコレートをかぷっと一口で食べ、歯で割る。すると、イチゴの香りが鼻腔までふわっと広がっていった。香りがいいね!

 爪で刺したのを食べたときにはなかった。やっぱり口の中で割るのが正解のお菓子だ!


「さみゅーちゃん、すっごくおいしい」


 おいしくって思わず顔がにやけちゃう。頬に手を当てて、ふふっと笑ってサミューちゃんを見上げる。

 そこには碧色の目があって――


「あ、あうっ……うぐっ……ひう……」


 あ……。私が名前を呼んだから、サミューちゃん、目を開いちゃったんだ……。


「……ごめんね……」


 呼吸が止まったり、戻ったり……。

 たぶん、いつもなら白目で気を失うやつ。が、今は警戒してくれているんだろう。白目になりそうでならないという怪しい挙動を見せていた。

 思わず謝って、目をそらす。

 そうしないと、サミューちゃんが大変なことになっちゃうから……。


「れ、レニッ!」

「ん?」


 そのとき、キャリエスちゃんに声をかけられたので、そのままそちらを向く。

 すると、キャリエスちゃんはその手にチョコレートを持っていて――


「わたくしのは、その、……あの、……オレンジソースなのです!」

「わあ、それもおいしそう」

「で、ですわよね!?」

「うん」

「では、こちらも、ぜひ……っ!」


 キャリエスちゃんがそう言って、私の口許へチョコレートをぐっと差し出す。

 その手にあるチョコレートは、サミューちゃんがくれたのとは形がちょっと違った。

 ……これは、このまま食べてもいいってことかな?

 爪で刺しちゃうと、ちゃんと味わえないので、それならば非常に助かる。

 なので、私はそのままかぷっと一口で食べた。

 その味は――


「おいしいっ!」

「そ、そうなのね!」

「うん! おれんじのすっぱいのあう!」


 甘味と酸味がちょうどいい。そして、口の中で割ったから、やっぱり香りがふわーんと広がって、とてもおいしかった!

 また顔がにやけてしまって、頬に手を添える。

 すると――


「あ――っ!!」


 突然の大きな声。

 驚いて、声のしたほうを向けば、そこにいたのは赤い髪の騎士。

 どうやら、私とキャリエスちゃんの様子を見ていたようだ。

 その表情は雷に打たれたかのように、驚き、目が見開かれていた。


「……失礼しました」


 赤い髪の騎士は、そう言うと、サッと目礼をする。その顔がみるみる赤くなっていく。うーん。ちょっと汗もかいてる? 大丈夫かな? ちょっと体がプルプル震えているようだけど……。

 侍女の一人が近づいていって、様子を確認している。どうやらなにもなかったようで、キャリエスちゃんは侍女と目配せをすると、私へと向き直った。


「驚かせてしまい申し訳ありません。あちらは大丈夫なようですわ」

「うん」


 それなら、よかった。


「レニ、あの、えっと……、これも、どう……かしら?」

「たべたい」

「ええ! そうですわよね!!」


 キャリエスちゃんはそうやって、次のお菓子を勧めてくれる。

 今度はマドレーヌ。小ぶりなシェル型でころんとした形がかわいい。マドレーヌなら猫の手でも掴めたかもしれないが、キャリエスちゃんがまた口許に差し出してくれたので、遠慮なく食べさせてもらった。

 うん! しっとりした生地とふんわりとたまごの香り。これもおいしい!


「レニ様……っ! レニ様……っ! 私にもう一度、機会をいただけないでしょうか……っ!」


 白目との闘いから戻ってきたらしいサミューちゃん。その手にはまんまるのビスケットが。


「れに、それもたべたい」

「はいっ!! ありがとうございます!!」


 お礼を言うのは食べさせてもらっている私のほうなのに、なぜかサミューちゃんが元気よく感謝を述べる。

 そうして食べさせてもらったビスケットはバターがしっかり使ってあるようで、サクサク!


「レニ、では、次はこちらを……」

「レニ様! こちらを!」


 そうして、代わり替わりにお菓子を食べさせてもらうと、あっという間におなかいっぱいになった。

 いっぱいの種類のお菓子を少しずつ食べられるなんて幸せ……。

 頬に手を添えて、ほぅと息を吐く。


「きゃりえすちゃん、ありがとう。とってもたのしい」

「はいっ……! わたくしも……ですわ!」


 キャリエスちゃんはそういうと、なにかをこらえるようにぎゅっと眉をハの字にした。


「わたくしは……こんなに楽しいと思ったのは初めてです」


 キャリエスちゃんの膝の上の手が強く握りこまれる。

 そして、そっと呟いた。


「……わたくしはずっと、何者かに狙われているのです」

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