第39話 赤い髪の騎士です

「殿下に対し、すこし無礼が過ぎるのでは?」


 王女様――キャリエスちゃんの名前を呼ぶと、急に上から言葉が降ってきた。そして、グイッと体を後ろへ押される。


「わっ……」

「レニ様っ!」


 押されたことで、たたらを踏んで後退する。

 そんな私に、サミューちゃんはすかさず手を貸してくれ、そっと支えてくれた。

 キャリエスちゃんと離れてしまった手を下ろし、目の前の人物を見上げる。

 その姿は――


「きし?」


 鈍色に光る軽鎧と、腰に佩いた剣。

 赤い髪を高い場所で一つに結んだ女性の騎士だ。

 きりっとした顔の美人だと思うけれど、突然どうしたんだろう。

 首をかしげると、赤い髪の騎士の後ろから声が響いた。


「やめなさい!」

「しかし……」

「わたくしがいいと言っています。下がりなさい!」

「……はっ」


 赤い髪の騎士へと厳しい声をかけたのはキャリエスちゃん。凛とした声には怒りが滲んでいる。

 その声に赤い髪の騎士は、しかたないと言った様子で横へとズレた。


「レニっ! 大丈夫でしたか? わたくしの騎士が失礼をしました……っ」

「ううん、だいじょうぶ。さみゅーちゃん、いてくれたから」


 そう。ちょっとびっくりしたけど、サミューちゃんが体を支えてくれたし、なんてことなかった。

 なので、焦っている様子のキャリエスちゃんに頷いてみせる。

 で、私を支えてくれたサミューちゃんはというと……。


「人間風情が何様ですか? そちらが呼び、無視しても良かったものを、レニ様は寛大な心でこちらに来たのです。ドラゴンに襲われた際にあなたはいなかったようですが、王女を守ったのは、だれだと思っているのです? 護衛の騎士は全滅。馬車は壊れ、馬はケガをしていました。そのすべてを救ったのは、だれだと思っているのです?」


 赤い髪の騎士の前へと立ち塞がり、まっすぐに向かい合っている。騎士のほうが背が高い。が、サミューちゃんはまったくひるまず、その目を見上げていた。

 そして、冷静に見つめながら、流れるように淡々と言葉を続ける。声に抑揚はないが、体からは冷気が立ち上っていた。

 ……うん。すごく怒っているね。


「無礼なのはどちらですか? レニ様に対し、自らの騎士がこのような態度をとることを望んでいるようには思えませんが。主の望むこともわからないのですか?」

「……それ以上言うのであれば、僕も君に反論する必要がある」


 あ、赤い髪の騎士も怒った……。

 グッと眉間にしわを寄せ、髪と同色の赤い目が燃えるようにサミューちゃんを見返している。そして、サミューちゃんはその目を無表情に見返していて――

 うーん。よくない空気。

 というわけで。


「さみゅーちゃん。て、つないでほしい」

「――っ!? はいっ! 喜んで!」


 険悪に睨みあっていたサミューちゃんだが、私のお願いにすぐに私へと向き直った。そして、私の手をきゅっと握る。


「さみゅーちゃん、おちついて」

「はいぃっ」


 猫の手で、キュムキュムとサミューちゃんの手に力を入れたり、抜いたりする。肉球がぷにぷにで気持ちいいことだろう。

 思った通り、サミューちゃんの冷気は消え、スーハースーハーと深呼吸をしている。うん、いつもの様子がおかしいほうのサミューちゃんだ。怒りは収まっている。

 こちらは大丈夫だけど、赤い髪の騎士は大丈夫かな? そちらを見ると、キャリエスちゃんの必死な声が響いた。


「ピオ、何度も言わせないでっ! 下がりなさい!」

「……はっ」


 キャリエスちゃんの言葉に、今度こそ本当に赤い髪の騎士は離れていく。

 そして、キャリエスちゃんは、顔を青くし、手を強く強く握っていた。


「本当に申し訳ありません……、わたくしは……」


 語尾が消えそうなくらい小さくて、最後のほうは聞き取れなかった。


「きゃりえすちゃんってよぶの、よくない?」

「いいえっ! そんなことはありません!!」

「よかった。きゃりえすちゃんも、れにってよんでね」

「はい……っ!」


 無礼とか無礼じゃないとかわからないけれど、キャリエスちゃんがいいって言ってて、私がいいって言ってるから、いいだろう。問題なし。

 すると、キャリエスちゃんは、なにかをこらえるように、眉をぎゅっとハの字にした。


「あ、あの……れ、レニっ!」

「ん?」

「ありがとう……っ」

「うん」


 なにへのお礼かはわからなかったけど、わかった、と頷く。

 すると、キャリエスちゃんの後ろから歓声が上がった。


「すごい……! ピオ様の過保護も潜り抜けて、ついに殿下と自然に話をする方が……っ!」

「よかった、よかったです! 殿下ぁ!」

「ついに殿下ぁ……!」


 私とキャリエスちゃんのやりとりに、制服の女性たちがすごく喜んでいる。

 そして、キャリエスちゃんの隣にいた男性二人が、空気を変えるように、声を上げた。


「騎士というのは真面目なものですからなあ!」

「せっかくの王女殿下の交流を邪魔するものではないでしょう」

「そうそう! 今日のために急いで用意したものがあります、さあさあ!」


 そうして案内されたのは、東屋。白い柱に白い屋根。床は大理石みたいなのが敷かれている。周りにある低木にはきれいな花が咲いていて、ふんわりといい香りが漂っていた。

 東屋に入ったのは、私とサミューちゃん、キャリエスちゃんと制服の女性が三人。そして、男性二人だ。赤い髪の騎士は警備をするように東屋の外に立っていた。

 東屋の中央には大きな机とイスが五つ。私とサミューちゃんが並んで座って、その正面に男性二人。そして、私の斜め向かいにキャリエスちゃんが座った。

 そして、テーブルの上にあったのは――


「おかし、たくさん」

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