第26話 頭を潰さなくてはいけません

 4歳になれば、サミューちゃんと旅に出ることに決まった。

 目的は世界を見ること、そして、宝玉を探すこと。

 サミューちゃんはそのために、いろいろと調べるということで、私たちの家から去っていった。

 私はその間に、家の防御増すために護符をたくさん埋めてみたり、父のための身代わり人形を大量に棚に並べてみたり。

 身代わり人形は父が猟に行くようになってから常に持ち歩いてもらっているが、使えば一度きりでなくなってしまう。なので、私がいなくなったあとにも補充できるように、こうして並べておくのだ。

 私の背でも届く、小さな棚の上にずらずらと並べていく。不気味な顔の木の人形が大量にあるこの一角。若干の工芸品展感があるが、インテリアの一部として愛でてもらおう。


「レニは感性が独特ね」


 母があらあらと笑う。

 さすが270歳。娘が不気味な人形を並べていても、気にしない。胆の座り方が違う。


「……へいわ」


 サミューちゃんが家から去って、二週間が経ったが、とくになにも起こっていない。

 父母が借金について悩んでいる様子はないし、スコップも買ってもらえた。父の猟も順調で、畑も豊作。経済状況もよくなったのだろう。

 私の察知の鈴が鳴ることもない。

 借金取りがわが家を狙うこともなくなったのだ。

 なので、私たち家族はピクニックに行ったり、村の道具屋に買い物に行ったりと親子としての時間を満喫していた。


「まま、これ、ぱぱにあげてね」

「わかったわ。レニは本当にパパが好きね」


 並べた人形を示して、食器を洗っている母に声をかける。母はエプロンで手を拭いて、私の頭を撫でてくれた。

 その気持ちよさに身を任せていると、母が「あら?」と首を傾げた。


「レニ、サミューが近くまで来ているみたい。レニに話したいことがあるみたいだわ」

「! じゅんびする!」


 街長のシュルテムのことがわかったのかもしれない。

 調べると言ってくれていたけど、どうなっているだろう。人身売買や裏帳簿。それらで私腹を肥やしていたのかな。母のほかにも売られた人がいるのか。今後も続けるのか。

 考えながら、イスに座って待っていると、ほどなく玄関のドアがコンコンとノックされた。

 イスから下り、玄関ドアまで駆け寄って、ドアの向こうに話しかける。


「さみゅーちゃん?」

「レニ様!」


 ずっと待っていたから、二週間よりもっと会っていなかったような気がする。

 急いでドアを開ければ、隙間からサミューちゃんがズサーッと入ってきて、片膝をつく体勢になった。


「レニ様、お久しぶりです。女王様もお久しぶりです」


 私ににっこりと笑ったあと、ママに向かって目礼。

 母はそれに「はい」と笑って答えた。


「レニ様、遅くなりましたが、例の件についておおまかな情報を得たので、やって参りました」


 サミューちゃんが母に聞こえないように、小さめの声で教えてくれる。

 私はそれに「うん」と頷いて、サミューちゃんの手をぎゅっと握った。


「さみゅーちゃん、ずっとあいたかった」


 何度も夜に一人で街長のところまで行こうと思った。

 でも、サミューちゃんが調べてくれると言ったのに、私だけで行くわけにはいかない。サミューちゃんなら私ではわからないことまで、きちんと調べてくれるはず。そう信じて、ずっと待っていた。

 その気持ち通り、サミューちゃんはこうして情報を持って帰ってきてくれた。

 我慢してよかった。だいたい我慢ができずに行動してしまう私なのに、ちゃんと我慢してよかった。

 なので、思わずサミューちゃんの手を握ってしまう。

 あ、でも、サミューちゃんは……。


「……っ、ぐくぅ」


 息が荒い。鼻息がすごい。


「がんばれ、がんばれ私……ダメ、ここで倒れては情けない姿を見せてしまう。吸って、吐いて……落ち着いて」


 そして、ふぅふぅ言いながら、必死で耐えてくれている。


「……ごめんね、さみゅーちゃん」


 その様子に白目の危機を感じた私は、素早く手を離した。

 サミューちゃんは離れた手に安心したのか、冷静さを取り戻したようで、背筋をピンと伸ばした。


「申し訳ありません。心の準備がないとなかなか耐えきれるものではなく……」

「うん……」

「そして、情報なのですが、レニ様があまり女王様に知らせたくないようなので、できれば外で話せたら、と」

「そうしよう」


 母は270歳なので胆は据わっているが、エルフの女王だったので、世俗に疎い。さらに魔法を使って生活していた期間が長いので、魔法を使わず、人間の生活を送れている今がすごいことなのだ。

 なので、母にあまり負担をかけたくない。

 もちろん、大切なことは伝えるつもりだが、父と母には平和に暮らして欲しいのだ。

 というわけで、散歩に行くと母に伝え、私とサミューちゃんは森の入り口へと向かうことにした。

 森には魔物が住んでいるから、あまり人は寄ってこない。

 父のような猟師がときどき通るだけで、だれかに話を聞かれる心配もないからだ。


「じゃあさみゅーちゃん、おねがいします」

「はい」


 いい感じにあった切り株に座り、話を促す。

 サミューちゃんにも切り株に一緒に座って欲しかったけれど、それはダメだった。過呼吸になっちゃうから……。

 森の下草の上に片膝をついたサミューちゃんが話を続ける。


「レニ様が手に入れた裏帳簿、書類を点検し、やはり裏にはシュルテムがいることが確認できました」

「うん」

「初めから狙っている女性に、スラニタ金融で金を貸す。払えなくなったところで女性を形に取る。そういうことを繰り返していたようです」

「ままもそうだったみたい」

「女王様が美しいからですね……。この村には他にも何人か借金をしている者がいました。レニ様の活躍によりスラニタ金融がなくなり、あちらは手足がとれた状態ですが、また時間が経てば、同じことを繰り返すかもしれません」

「うん」


 そう。スラニタ金融を潰したからといって、安心ではない。

 街長のシュルテムが主導しているのだから、また人間を揃えて、同じことを繰り返せばいいのだ。トカゲのしっぽをいくら切っても、出てくる虫を排除しても意味はない。トカゲの本体を潰し、虫を産む親を潰さなければならない。


「買われた女性はそのままシュルテムの元で働かされているようでした。そして――幼い子どもも捕らえられているようでした」

「こどもも?」

「はい」

「ただ、幼い子どもたちはシュルテムの手元には残さず、さらに売られていることがわかっています」


 サミューちゃんの話にふむ、と考え込む。

 私が借用書を取り返そうと、借金取りたちと戦ったとき。借金取りたちは私のことを捕まえて、売ろうとしていた。あの布袋はちょうど子どもが入れられるサイズだったし、もしかしたら、ああやって子どもを捕まえて、売ったことが何度かあったのかもしれない。

 そして、スラニタ金融のリーダーが言っていた。『お前みたいな子どもは高く買ってくれる場所もある』と。それは――


「――売られている先は、とある宗教団体」


 サミューちゃんの声が今までより潜められた。


「宝玉を持っていると噂があるところです」


 母を助けた宝玉。

 父とサミューちゃんはこの世界で、ドラゴンから奪った。私も転生前のゲームでは洞窟のボスを倒し、隠し部屋から手に入れた。

 それとは違う、別の宝玉を持つと噂されている宗教団体が、子どもを買い集めている。


「……慈善事業なのかもしれませんし、信徒を増やすために幼い子どもを育てているだけかもしれません」

「うん」


 子どもがさらわれ、親と引き離され、知らない土地で生きていく。

 いや、生きていけているならいいけれど……。


「宗教団体については調べることはできていません。今はシュルテムを調べ、このままではまたレニ様や女王様に危険があるかもしれない、と急ぎやってきました」

「わかった」


 サミューちゃんの言葉に頷く。

 宗教団体が気になるが、今はまず、目の前のことを。


「さみゅーちゃん、いっしょにいってくれる?」

「はい! お供します!」

「ぱぱ、まま、いまのまち、あぶないから。まちにいけるようにしたい」


 父と母がなんの危険もなく街に行けるように、旅立つ前の一仕事をしておきたい。

 平和なわが家を末永く!


「れにに、おまかせあれ」


 ――シュルテムを倒しに行きましょう!

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