第25話 エルフの秘密です

 父母と暮らす半年。

 その機関をのんびりと暮らすだけにするつもりはない。

 父と母が平和に過ごせるように、やらなければならないことがたくさんあるのだ。

 一番はスラニタの街の街長・シュルテム。

 動向を探って、母に興味がないのならば、それでよし。だが、まだ狙っているのなら――


「レニ様がお呼びとお聞きしましたっ!」


 母が出してくれたスープを食べ終わらないうちに、サミューちゃんは現れた。

 ズサーッと家に滑り込むと、イスに座る私の隣ですばやく片膝立ちになる。

 森に行っていたはずなのに早い。頬が赤くなって、呼吸も整っていないから、すごく急いで来てくれたようだ。

 なんで私が呼んでるってわかったんだろう?


「さみゅーちゃん、きてくれてありがとう」

「いえっ、まったく問題ありません! レニ様に呼んでいただけるなんて、光栄です……っ」

「なんでわかったの?」

「それはですね、女王様から聞いたのです」

「ままから?」


 でも、母はずっとここにいて、なにかしているようには見えなかったけど……。

 首を傾げると、母がふふっと笑った。


「レニにエルフの秘密を教えるわね」

「えるふのひみつ?」

「エルフはね、長命だけれど、子どもはあまり作らないの。だからこそ、子どもが生まれると、みんなで大事に育てるようにしているのよ」

「はい。エルフすべてが家族という感覚です」

「そうなんだ」

「その中でも、幼いエルフの守護者に年若いエルフがなるんだけど、それが特別なのよ」

「しゅごしゃ?」

「そう。守護者は幼いエルフに危険がないように守り慈しむ者。そして、年若いエルフが幼い子と接することにより成長するための、エルフにしかできない特別な契約よ」

「実は私の守護者が女王様なのです」


 ほうほうと頷いていると、サミューちゃんがうれしそうに顔をほころばせた。


「サミューが生まれたとき、私はまだ140歳だったのよね。懐かしいわ」

「え」


 待って待って。今、おかしな数字が聞こえた。


「まま、ひゃくよんじゅっさい?」

「あら、それはサミューと出会ったころだから、今はもっと年を重ねたわよ」

「……まま、なんさい?」

「今は270歳だったかしら」

「にひゃくななじゅっさい」


 どう見ても20代後半にしか見えない……。0が一個違う。


「さみゅーちゃん……なんさい?」


 サミューちゃんが生まれたとき、母は140歳。そしてその母は今は270歳だという。ということは……?


「私はまだまだ若輩者です。130歳になったところです」

「ひゃくさんじゅっさい」


 どう見ても転生前の私より年下なのに。中学生ぐらいにしか見えない……。0が一個違う。


「えるふのひみつ、すごい」


 びっくりした。この転生してから一番びっくりした。

 エルフが長命ってこういうことだったんだ……。

 ぽかんとする私に母とサミューちゃんがふふっと笑う。

 そして、守護者についての説明を続けた。


「守護者の契約をすると、どんなに遠くにいても、言葉に出さなくても、やりとりができるようになるの」

「【精神感応テレパシー】です」

「サミューをこの家に呼んだのは、それを使ったのよ」

「スラニタの街でレニ様を見つけたときと村が近くなったときには、私のほうから女王様に連絡しました」

「そうだったんだ……」


 私がスラニタの街から村に帰ったときに、父と母が入り口の前で待っていたのは、サミューちゃんから情報を得たからだったのだろう。

 ずっと待ちっぱなしだったわけじゃなかったようで、ほっとした。


「あのね、レニ、それでね」


 一人で納得していると、母が私の目をじっと見つめた。


「旅に出るとき、サミューも一緒に、と思っているんだけど、どうかしら?」

「さみゅーちゃんといっしょ?」


 母から目を外し、サミューちゃんと目を合わせる。

 サミューちゃんはすこしだけ眉尻を下げて、きれいな碧色の瞳は必死に私を見ていた。


「もちろんっ、レニ様が一人で旅立ちたいというのであれば、無理についていくことはできません。ただ、やはりレニ様はまだ体も小さく、一人旅はとても目立つのではないか、と」

「ママとサミューは守護者契約をしているから、【精神感応テレパシー】ですぐに連絡を取り合うことができる。だから、ママもサミューが一緒にいてくれると、すごく安心なの。……些細なことでも、できればレニがどんな毎日を送っているのか知りたな、って。レニの成長を感じたいの」

「レニ様の邪魔になることは決してしません。必ず……必ず、役に立ってみせます……! ですので、どうか……」


 母とサミューちゃん、二人の顔を交互に見る。

 母の話は感覚としては理解できる。娘である私がまだ幼いのだから、サミューちゃんがついてきたほうが安心なのだろう。保護者をつけるなら、母と【精神感応】でやりとりができるサミューちゃんは最適だ。

 でも……。


「さみゅーちゃんは、いいの?」


 すごく一生懸命だけど、サミューちゃんに利があるとは思えない。

 私と一緒に旅に出て、サミューちゃんは楽しいのかな?

 サミューちゃんは母が大好きみたいだから、頼まれたことを果たしたいのかもしれない。だけど、それだけで私についてくるなんて、もったいない。サミューちゃんにはサミューちゃんの人生があるはず。

 だから、サミューちゃんを見て首を傾げる。

 サミューちゃんはぎゅっと唇を噛んだあと、話を始めた。


「私には……ずっと叶えたい夢がありました。女王様が私の守護者となってくれ、たくさんのことを教えてくれました。私はそんな女王様を尊敬し、憧れていたのです。……そして、物心ついたとき。今後女王様が結婚し、子どもを授かられたときに、その子の守護者になるべきエルフは私しかいない、と思ったのです」


 碧色の瞳はとても強くて――


「そこから百年。ずっと努力をしてきました。だれよりも強いエルフになろう、と。女王様の子の守護者になるには必要なんだ、と。毎日毎日それだけを目標に生きてきました」


 サミューちゃんは生まれる前から、ずっと私を思ってくれていた。

 辛い時も苦しい時も。女王様から生まれる子を……私のことを思って、乗り越えてきたのだろう。


「女王様が魔力を操作できなくなったとき、無力な自分を嘆きました。女王様が人間の男と夫妻になる、と聞いたときは人間の男を恨みました。……そして、私の思いは二度と叶うことはないのだと思いました。……けれど、女王様の幸せはすべて人間の男のおかげで……。……私は情けなく、どうしようもない、なんの力もない、弱いエルフでした」


 サミューちゃんの強い瞳が揺れる。

 弱いエルフ……そう言ったサミューちゃんの声は掠れていた。


「ずっと途切れていた女王様からの【精神感応テレパシー】は響いたとき。レニ様という子がいると聞いたとき、胸からあふれる思いが止まりませんでした。一刻も早く会いたくて……一目見たくて」


 サミューちゃんはそうして私に会いに来てくれたのだ。

 こんな田舎の村と、スラニタの街まで。


「レニ様に会ったとき……。忘れません。銀色の髪で金色の瞳。満天の星の光を背負って、その子は私の前に現れ、胸に飛び込んできたのです」


 サミューちゃんと会ったのは、スラニタ金融の地下室から飛び出したとき。

 落下しながら体勢を崩した私を抱き止めてくれた。

 つやつやの金色の髪。きれいな碧色の瞳。

 ……私も覚えている。

 サミューちゃんと出会った昨日のこと。きっと、ずっと忘れないよ。


「私は思いました」


 サミューちゃんの碧色の瞳が細まる。

 うれしそうに。幸せそうに。


「――この方のために生きてきたのだ、と」


 その色はとってもきれいで、吸い込まれそう。


「レニ様にいいところを見てもらいたくて……。レニ様がしたいと思うことを、手助けできれば、と。でも、私は情けない姿ばかりを見せてしまいました……」


 ……自分をコントロールできないぐらい、だれかを思えるサミューちゃん。

 高い塀をひょいっと越えて、遠くにいる魔物を弓矢で簡単に仕留めてしまうサミューちゃん。

 私を止めるわけではなく、支えてくれようとするサミューちゃん。


「さみゅーちゃんはかっこいいよ」


 サミューちゃんに手を伸ばす。

 

「さみゅーちゃん、いっしょにいく」


 たくさんの楽しいことを一緒にしよう。


「……っレニ様……っ」


 サミューちゃんは差し出した私の手をぎゅっと握って。


「あ、無理、尊い、むり、きょうき」


 白目になって、気を失った……。

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