第19話 成長期なので
こんなことってある?
アイドルみたいにかわいい女の子がいきなり白目になるとか、そのまま倒れちゃうとか……。
あまりのことにびっくりして、なにもすることができず、そのまま固まる。
すると、数秒後、エルフの女の子は意識を取り戻し、元の片膝をついた姿勢へと戻った。
「申し訳ありません。取り乱しました」
「うん……だいじょうぶ?」
「はい。感情が振り切れただけですので」
感情が振り切れる……?
「ところで、こちらの書類は?」
エルフの女の子はこほん、と咳払いをすると、話題を変えるように、私が持っていた書類と床に散らばった紙へと視線を移す。
そして、手近に落ちていたものを一枚拾うと、なるほど、と頷いた。
「街長シュルテムの不正の証拠ですね」
「うん」
「さすがレニ様です。これを探しにいらっしゃった、ということだったのですね」
うーん。本当はアジトを壊せばいいかなぁと思っていただけなんだけど。
でも、裏に大物がいたんだよね。これからどうしようかなぁ。
考えながらも、とりあえず頷く。すると、エルフの女の子はにっこりと笑った。
「こちらは私に任せてください。裏を取り、まとめておきます」
「ほんと?」
「はい。レニ様はゆっくりしていてください」
「わかった」
エルフの女の子の申し出を受け入れ、手に持っていた書類を渡す。
私とこの女の子は会ったばかり。そういえば、名前も聞いていなかった。
簡単に信用してはいけないのかもしれないけれど、相変わらず【察知の鈴】は鳴らないし、たぶん、味方。私の勘がそう告げている。
……いや、正確に言うと勘ではないけど。
だって、私に撫でられただけで泣いて、涙を拭いただけで倒れちゃう人なんて、そうそういないと思う。これで実は敵だとしたら、もっとしっかり演技をして!
というわけで、金庫で見つけた裏帳簿は渡してしまう。
エルフの女の子は私から書類をうやうやしく受け取り、地面に散らばっていた紙もすぐに集めてくれた。
「では、レニ様、帰りましょう。お母様が心配されています」
「まま」
そういえば、母から話を聞いて、エルフの女の子は来たんだった。
3歳児が夜に一人でうろうろしていると分かれば心配するだろう。
置き手紙はしてきたけど、早く帰ってあげないと。
「うん、かえる」
答えてから、【隠者のローブ】のフードを被る。
こうすると、周りからは私が見えなくなるはずで――
「れ、レニ様っ!?」
「ここ」
「え、……え?」
「いるよ」
たぶん、エルフの女の子の目には私が突然消えたように見えたんだと思う。
だから、安心させるように、きゅっと手を握った。
「あいてむのちから。ろーぶの。けはいがなくなる」
「え、え……!」
「こえはきこえる?」
「はいっ! とても可愛らしい声が届いていますっ」
エルフの女の子が頬を染め、うんうんと高速で頷く。
そして、そういえば、と続けた。
「レニ様は他にも、とても力の強いアイテムを装備していますね」
「うん」
「それはお母様には?」
「いってない」
「……アイテムはどこで手に入れたのですか?」
「……さいしょからもってた」
うん。アイテムをどこから? と聞かれると、元から! としか答えようがないよね。前世でやったゲームからの持ち越しだからなぁ。
「……わかりました」
エルフの女の子は呆然としたあと、真剣な顔をした。
「レニ様はやはり特別なのですね」
鮮やかな碧色の瞳に決意が宿る。
「レニ様に特別な力があり、素晴らしいアイテムを持っていることはわかりました。そのことについては、ゆっくり考えていくとして、まず、大事なことがあります」
「だいじなこと?」
「はい。レニ様はまだ体が小さく、これから成長していく段階にあります」
「うん」
それはすっごくよくわかる。
0歳から3歳までで、かなり大きくなったし、子どもの成長と発達はすごいなぁと他人事のように思ったりもしていた。話せるようになって、歩けるようになって、今は走れるようになったからね!
「ですので、あまり装備品に頼らない生活を心がけてほしいのです」
「……あいてむ、つかわない?」
「いえ、もちろん、まったく使ってはいけないということではありません。必要なときはすぐに使って下さい。レニ様が危ないと思ったときは絶対に使って下さい」
「うん」
「ただ、力の強すぎる装備品はレニ様の身体的な成長を阻害する恐れがあるのです。……体がさぼっちゃうとでも言うか……」
「……きんにく、つかない?」
「そうです! 筋肉をご存知ですか? レニ様が大きくなるには筋肉が必要で、今は装備品に頼らず、しっかりと自分の足で歩いたり、走ったり、運動をたくさんして欲しいのです」
エルフの女の子の言葉になるほど、と頷く。
今、【猫の手グローブ】や【羽兎のブーツ】を装備していると、飛躍的に身体能力が上がり、まったく疲れていないのだ。
いいことだよね、と思ったけれど、まだ子どもであり、成長期にあると考えると、これに慣れるのはよくないのかもしれない。
ちゃんと成長するには、基本的には装備品なしで、普通の幼児として重い物を持ち上げたり、走ったり、いろんなことを体験するのが大切なんだろう。
「わかった」
すごく納得した。非常に腑に落ちた。
3歳児相手だからと「アイテムを使っちゃダメ」と言うだけでなく、理由も伝えてくれるなんて……。しかも、わかりやすくすることを考えながら、しっかりと教えてくれたエルフの女の子に好感度が上がる。
「そうび、とる」
握っていたエルフの女の子の手を離し、小さく「あいてむぼっくす」と呟く。そして、【隠者のローブ】以外の装備品を全部、アイテムボックスへと戻した。
「とった」
「え、……えぇ……もう外されたのですか? 全然……なにもわからない……」
いいことを教えてくれたので、すぐに実践したのだが、【隠者のローブ】で気配を消している間に行ったので、エルフの女の子にはまったく感知できなかったようだ。
エルフの女の子は眉毛をへにゃりと下げた。
「情けない……レニ様のことがなにもわからないなんて……。いえ、今は私の気持ちなどどうでもいいこと。レニ様は特別。素晴らしい能力がある。そう。それでいい」
エルフの女の子は下げていた眉を元に戻すと、今度は右手に拳を作った。
私はその拳にそっと両手を寄せて――
「れに、がんばってあるく」
「っ……はいっ!」
「あのね、でもね……」
「はい」
「……おねがいがある」
……3歳児なので。
父に【回復薬】をぶっかけ、畑に【肥料】を落とし、書類を降らせるのが私なので……。
「てをつないであるいてほしい」
こけちゃうと思うんだよね……。
「っっ……っ! くっ……! はいぃ、も、もちろん……!」
そんな私の言葉に、エルフの女の子はボッと音が鳴るぐらいに頬を赤く染める。
そして、今、気づいた、という風に呟いた。
「え? というか、え? この私の手に触れている温かい小さなものは……え? そんな、まさか、え? この小さくてやわらかい、愛しさしか湧いてこないこれは……レニ様の……手?」
エルフの女の子はそこまで言うと、なぜか微動だにしなくなった。
よくわからないけれど、とりあえず、手を繋ぐお願いは許可された。
でも、実はもう一つお願いがある。
こちらは迷惑をかけてしまうかもしれないので、顔を見てのやりとりができるように、【隠者のローブ】のフードを外した。
「あのね」
「……」
「つかれたらね」
「……」
「だっこしてくれる?」
もちろん、最後までがんばるつもり。どうしてもダメならそれこそアイテムを装備すればいい。
でも、成長と発達のため、私はなるべく身体を使いたい!
装備品で楽をするよりは、抱っこしてもらったほうが身体を使うと思ったんだけど……。
ダメかな? と、鮮やかな碧色の瞳を覗きこむ。
するとエルフの女の子は――
「あ、無理、尊い、むり、ごほうび」
そう言って、また、白目を剥いて倒れた。
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