第20話 深呼吸は大事ですね

 白目を剥いて倒れたエルフの女の子は、数秒後、さっきと同じように元の片膝をついた姿勢へと戻った。


「申し訳ありません。取り乱しました」

「……うん」

「問題ありません。呼吸を忘れただけですので」


 ……呼吸を忘れる?


「では、レニ様、参りましょう。……僭越ながら……お、お手に触れさせていただきます」

「おねがい」


 うやうやしく差し出された手にはい、と手を置く。すると、エルフの女の子は、んぐっと喉を鳴らしたあと、目を閉じた。


「がんばれ。がんばれ私。落ち着いて……吸って、吐いて。そう深呼吸……そう、……深呼っ吸……っ」


 必死に深呼吸を試みているようだけど、二回目にしてすでに呼吸が荒い。これはたぶんダメなやつ。

 察した私は繋いでいないほうの手で、フードを下ろした。


「これでどう?」


 声をかけると、エルフの女の子が目を開く。

 【隠者のローブ】のフードを被った私は見えなくなっているだろう。


「レニ様の姿がまた見えなくなって……。先ほどと同じ、装備品の効果ですか?」

「うん。これならだいじょうぶ?」

「……そうですね。私にはレニ様の姿を見ながら、手に触れさせていただくのは刺激が強すぎたようです」


 エルフの女の子はしょぼんと肩を落とす。

 でも、とりあえず呼吸は正常化したようだ。


「レニ様に手間をかけさせてしまいましたが、私のことは置いておいたとしても、レニ様の姿は見られないほうがいいかと思いますので、この状態で帰りましょう」

「うん」

「では出発します」

「おー」


 エルフの女の子は私の返事を待ってから、そうっと歩き始める。それにつられて私もとことこと歩みを進めた。


「どうやってかえる?」


 リフォームし、屋根と人がすべてなくなったスラニタ金融の建物から出て、通りへと出ていく。街から出るには門を通らないといけないけど、エルフの女の子は夜でも外に出してもらえるのかな?

 疑問に思ったので聞いてみると、エルフの女の子は大丈夫です、と頷いた。


「そもそも私はこの街に入るために、塀を乗り越えてやってきましたので、帰りも塀を乗り越えるつもりです」

「え、もん、いかない?」

「はい。レニ様のように姿を見えなくできればいいのですが、私にはその術はないので……」

「へいをこえるの?」

「はい」


 私の疑問にエルフの女の子はこともなげに答える。

 でも、塀って魔物の襲撃に備えてるから、かなり背が高いし、登りにくそうだったけどなぁ。

 不思議に思いながらも、手を引かれるままについていってみれば、エルフの女の子は5mはありそうな塀の前で立ち止まった。


「登りましょう」


 いや、無理では?


「すごくたかいよ?」

「レニ様。レニ様はエルフが巷ではなんと呼ばれているか知っていますか?」

「うんと……もりのけんじゃ?」


 森の賢者。それがゲームの中でのエルフの呼称だった気がする。


「はい。その通りです。エルフは人間とはあまり交流せず、奥深い森に住んでいます。そして、魔力を操ることに長けているものが多い。寿命も長く、知識も豊富。ゆったりと過ごしている様からそのように呼ばれています」


 ゲームでもそうだったなぁ。エルフは人里にはおらず、エルフだけの村を原始の森というすっごい大きな木がたくさんある場所に作っていた。で、魔力が強いんだけど、攻撃魔法より回復魔法よりで、薬草や歴史の知識も詳しかった。

 私はそんなエルフの種族を選択したわけだけど、もっぱらアイテム錬成ばかりをしていたな……。

 思い出して、うんうんと頷いていると、女の子はふわっと笑った。


「ですが、もう一つ、呼び方があるのです」


 とっておきですよ、と笑う顔はかわいくて――


「それは森の狩人です」

「もりの、かりゅうど」

「その呼び名の所以をお見せします。……ので、その、……抱き上げてもかまいませんか?」

「もちろん!」


 とってもわくわくする提案を受けて、急いでエルフの女の子の両方の上腕にそれぞれ手を添える。うん、抱っこポーズだ。これなら私の姿が見えなくても、なんとなくどのあたりに身体があるかわかるはず。

 エルフの女の子は私の手の感触から私のいるところを推測できたようで、腰のあたりを持って、ぐっと抱き上げてくれた。


「……っ、これがレニ様の重み……愛しいしか感じないぃ……無理、とうとい……っでもダメ、落ち着いて、落ち着いて、私……今、私が倒れたらレニ様も巻き添えになってしまう。それは絶対に回避しなければ……がんばれ私。吸って、吐いて……吸って……」

「だいじょうぶ?」

「んぐっ」


 抱っこしてくれたはいいものの深呼吸を繰り返すエルフの女の子にそっと声をかける。

 すると、エルフの女の子はピタッと動きを止めた。


「みみもとでこえ」


 そして、ガタガタと膝が震え、荒い呼吸は今にも倒れそうで――


「ダメ……私は……倒れるわけには……っ!!」


 ――最終ボスのテンション。


 今は話すべきときじゃなかった!

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