第18話 エルフの女の子

 本当に私ってなんでこうなっちゃうんだろう。

 【回復薬】を父にぶっかけ、【肥料】を畑に落とし、いろいろと零してきたわけだけど、今度は書類まで……。

 わかっていた。わかってはいたのだ。書類はアイテムボックスに入れればよかったんだよね。

 地下室を出てから、仕分けをしてから、アイテムボックスに入れようと思ったのが良くなかった。

 地下室で書類の仕分けをしようかとも考えたが、地下室の出入り口は一つしかなく、逃げ場がない。あまり長い時間留まっていたい場所ではなかったので、一階に戻ってから仕分けをしたほうが安全に思えたのだ。

 地下室から一階までのちょっとの間ぐらい、できると思った。まさか飛翔ジャンプしすぎて、書類が舞うなんて、考え付かなかったよね……。

 ……でも、大丈夫。問題ない。

 同じ失敗をしないための反省は大事だけれど、それは次に生かせばいい。ゲームでも失敗は当たり前で、大事なのはそこから考えること。

 ――そう! 書類はまた拾えばいいから!


「良かった……」


 一人で納得していると、心の底からほっとしたような声が降ってきた。

 それは私を抱き止めてくれた、女の子が発したものだ。

 うん。この子はたぶん、敵じゃない。

 私に害意を持っているならば、【察知の鈴】が鳴るはずだし、こんなに私を案じた声も、優しく受け止めてくれる腕もないだろう。


「ありがとう」


 とりあえず、身の危険はなさそう。なので、お礼を言いながら、改めて女の子のことを観察してみる。

 女の子の見た目は前世の私よりも少し若いぐらい。つやつやの金色の髪と鮮やかな碧色の瞳。顔はモデルさんみたいに、すごくきれいだ。

 そんな女の子が私を見て、目を蕩けさせている。

 安心とうれしさと幸せ。

 じっと私を見下ろす表情から、それが伝わってきて、思わず魅入ってしまう。

 かわいいなぁ……。今まで出会った女の人の中では母が一番きれいだけど、女の子っていう括りなら、この子が一番きれい。

 そして、その子の耳は少し尖っていて――


「……えるふ?」

「はい。私の種族はエルフです」


 エルフ! つまりは私と同じ!

 ……同じ、だよね?

 疑問に思った私は、書類から片手を離して、猫の耳じゃないほうの、自分の耳をさわさわと撫でる。

 うん。丸い。全然尖ってない。まったくの人間の耳。

 ……ステータスには『エルフ』って書いてあったのになぁ。

 むむっと眉根を寄せる。

 すると、女の子は焦ったように、急いで私を床に降ろした。


「っ、失礼しましたっ」


 そして、そのまま木の床に片膝を立てて、屈みこむ。

 まるで、騎士の礼のようで――


「……お目にかかれて光栄です」


 女の子はきらきらと碧色の瞳を輝かせて、私を見上げた。

 ……といっても、私は背が低いので、ほとんど同じ目線なんだけど。

 そして、どうして、そんな畏まっているんだろう。

 書類を両手でぎゅっと抱きしめて、首を傾げる。

 すると、女の子は心得ている、というように頷いた。


「私はずっとレニ様にお会いできる日を心待ちにしていたのです」

「わたしにあう? なまえもしってる?」

「はい。お母様からお伺いしております」

「まま」


 なるほど、母から!

 一瞬納得し、いやいや、と首を振る。

 なんで母とエルフの女の子に繋がりが?

 だって、母の耳も丸かったけど……。


「……レニ様はまだなにも知らないのですね」


 エルフの女の子は私の表情からいろいろと察したようで、少し苦しそうに微笑んだ。

 鮮やかな碧色の瞳にちょっとだけ差した影。

 それが胸をきゅっと締め付けて、書類から片手を離し、そっと手を伸ばす。

 私の目線のまっすぐのところ。つやつやの金色の髪をよしよしと撫でた。


「だいじょーぶ」

「っ、レニ様っ」

「れににおまかせあれ」


 私がなにを知らないのかわからないけれど、きっとなんでも大丈夫。

 なんせ、最強3歳児!

 安心していいよ、と大きく頷いて、ふふんと胸を張る。

 すると、エルフの女の子はボッと音が鳴ったのかと思うぐらい、一気に頬が赤くなって――


「光栄、です……っ……まさか、こんな日が来るなんて……っ。その手で撫でてもらえるなんて……こんな、こんな可愛らしく、素敵な……っ」


 ぽろぽろと涙を流した。


「わっ、だいじょうぶ?」

「はいぃ、大丈夫ですっ、……申し訳ありませんっ、私は、本当に、ずっとずっと……お会いできる日を……お待ちしてっ……」

「うん」

「生涯……お会いできる日は……来ないんじゃないかとも……」

「うん」

「それなのに、こんな、情けない姿をお見せしてしまってっ……」


 片膝をついて、背筋を正し、エルフの女の子は必死で涙を止めようとしているようだった。


「もっと……っ、もっと、かっこよく、ご挨拶できれば、と思っていたのに、っ」

「うん」


 エルフの女の子と私は初対面で。

 こんな風になってしまう理由は全然わからない。

 でも、たぶん、エルフの女の子にとって、すごく大事なことだっていうのはわかるから。

 だから――


「かっこよかったよ」


もう一度、よしよし、と頭を撫でて。


「さっき、れにをだきとめてくれた」


 ね。


「かっこよかったよ」


 鮮やかな碧色の瞳からぽろぽろとこぼれる雫。

 それを【猫の手グローブ】の甲の部分でそっと拭った。


「あえてうれしい」


 そして、私の気持ちが伝わるように、しっかりと瞳を見つめれば――


「あ、無理。尊い。むり」


 エルフの女の子はそう言って、その場で白目を剥いて倒れた。

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