第17話 金庫はここですね

 さて、リーダーもお星さまになったわけだけど、これでは金庫の場所を聞くことができない。

 でも、あれ以上、話をしても無駄だっただろうし、実は先ほどのリーダーとのやりとりでわかったことがあったのだ。

 それは――


「ここをずっとみてた」


 ――瓦礫のくずのちょうど中心ぐらい。


 「金庫」という単語を出す度に、目線が絶対にそこに行っていた。

 その話題になると、私の言葉に被せるぐらいの勢いで話すし、声も大きくなっていたしね。

 金庫の存在を知られたくなくて、あえて私に悪だーと言ってみたり、嘲笑してみたりと、意識を逸らそうとしていたんだと思う。


「ばればれ」


 目は口ほどに物を言うってやつだ。

 情報収集には言葉も大事だけれど、相手の顔色や目線、手の震えなどの非言語的なものも大切だよね。リーダーはすごくわかりやすかった。

 というわけで。


「ここかな?」


 【猫の爪】で粉々になった瓦礫をひょいひょいとどけていく。

 すぐに木の床が見え、そこは一見すると、周りの床と変わらないが――


 コンコン


 軽く叩いてみると、他の部分とは違い、下に空洞があるような響いた音がした。

 ここに空間がある。間違いない。

 よく見れば、台所にある収納庫みたいな感じで、床板が四角く持ち上げられそうになっていた。

 その隙間に爪を入れ、よいしょと持ち上げれば、床板は簡単に外れた。


 そこに出現したのはぽっかりと空いた暗闇。

 あれだね。これがゲームだったら、1マス1マス調べていって、ポイントについたときに状況ステータスに「ここになにかあるようだ」とか出てくるやつだね。

 ゲームだとコツコツやらなきゃいけなかったけど、現実だと観察力が大切なんだなぁ。

 なるほど、と頷きながら、かけてあった、はしごを使って、下へと降りていく。

 【羽兎のブーツ】があるから飛び降りてもいいんだけど、地面がどうなっているかわからないから、一応慎重に。

 はしごで降りた距離は1mとちょっとぐらいで、すぐに底に着いた。


「まっくら」


 両足をついて、辺りを見回したけれど、明かりがないので暗闇が広がるだけ。

 普通の人ならなにも見えないんだろうけど。


「しょくりょうがいっぱい」


 私には暗い部屋の中に棚が置かれ、そこに食糧が並んでいるのがわかった。

 広さはだいたい6畳ぐらいかな。案外広い。


「……ねこのめ、べんりかも」


 私がこうして暗闇でも周りが見えるのは【猫の手グローブ】で猫化しているために、【猫の目】になっているからだ。

 実際の猫もこんなに見えているのかな? ときょろきょろと見渡す。

 でも、まさか【猫の目】がこんなに便利だとは思わなかった。

 ゲーム内では暗闇を照らすアイテム【妖精の提燈ランタン】というのがあって、そっちのほうが使いやすかったからだ。アイテムレベルが上がれば、ダンジョンに入る前に使えば、だいたい終わりまでずっと明るかったからなぁ。

 もちろん、今も使えばいいんだけど、問題なく見えているし、現実で【妖精の提燈】を使うと、私だけじゃなく全員が明るさの恩恵を受けることになる。

 そうなると、バレやすくなっちゃうしね。

 私は現在、隠密行動中なのだ。


「あやしいもの……あやしいもの……」


 棚に並んでいるのは、缶詰や乾物などの、いかにも長期保管するために揃えていますと言うような食糧品。

 でも、逆にそれが怪しい。

 食糧庫ならば、人が出入りしやすいような場所に入り口を設ければいいのに、ここの入り口は普通の床板っぽく隠蔽されていた。

 絶対になにかある。

 確信して、地下室の奥に進んでいく。すると――


「ここだ」


 木でできた簡素な棚の下の段。

 そこには小麦粉の入った紙袋が並んでいる。

 これも一見普通。でも、奥に黒というか銀というか、そういう色のものがチラリと見えていた。

 近づいて、小麦粉の袋をひょいひょいと移動させる。

 小麦粉の袋は、たぶん30kgぐらいある大袋だ。【猫の手グローブ】がなかったら、重くて絶対に動かせなかったと思う。

 【回復薬】と【肥料】のときも、【猫の手グローブ】をつけていれば、重すぎて失敗するなんてことはなかったはず。

 ……でも、父と母の前で【猫の手グローブ】をつけるわけにはいかないよね。猫になっちゃうしね。

 変装にはぴったりだけど、普段使いには向かない。うん。

 そうして考えながらも、小麦粉の大袋をすべて脇に寄せていく。

 袋をどけてみれば、うしろの壁は周囲の壁よりも掘りこまれていて、そこにぴったりと黒い四角いものがはまっていた。

 それは――


「きんこ、はっけん」


 金庫には銀色の取っ手がついていて、それはダイヤル式の鍵がついているようだった。右に5、左に20とかやて、カチカチカチと回すタイプのやつだね。

 鍵を開けるには暗証番号が必要だ。

 もちろん、私は知らない。リーダーもお星さま。

 でもね、大丈夫! 【猫の手グローブ】があればね!


「あんろっく!」


 右手の爪を銀色の取っ手に近付ける。

 これは錬成を繰り返すときに付加した効果、【解錠アンロック】だ。


 カチャン


 乾いた音がして、鍵が開けられた音がする。

 そうして金庫を開けてみれば、中にあったのは大量の書類だった。


「しゃくようしょ、しゃくようしょ、……これもしゃくようしょ」


 目につくものから順番に取り出して、確認する。

 借用書が一番多いみたいだけど、欲しいのはそれじゃない。

 もっと重要なものがあるはず。

 だから、めげずに、金庫から出した書類を一枚一枚確認していくと――


「……みつけた」


 思わず、くすっと笑ってしまう。

 あった。やっぱりちゃんとあった。

 私の手の中にあるのは、街長であるシュルテムの悪事の証拠となる書類。


 ――裏帳簿だ。


 詳しい内容はわからないけれど、たぶん粉飾決算とか横領とかそういうのだと思う。

 あと、人身売買っぽいのもあった。

 母が借金取りに捕まっていれば、この人身売買の契約書の控えのようなものに、母の名前が入っていたことだろう。

 とりあえず、悪い匂いのする書類を全部、胸に抱える。

 そして、地下室の入り口まで戻った。

 入ってきたときと違って、両手が塞がっているので、はしごを使うことができない。

 なので、【羽兎のブーツ】の力を使うことにする。


「じゃんぷ!」


 地下室の天井にある入り口をしっかりと見て、ぴょんと床を蹴った。

 入り口はあまい大きくなかったので、目測を誤って、頭を打つのはいやだなぁと思ったけど、さすが私。しっかりと入り口から脱出することができた。


「――ふわぁ!」


 でも、思ったより飛び上がってしまった。

 一階の床に着地できれば十分だったのに、気づけば元々二階だった場所まで来ていた。しかも、勢いがあったせいで、風圧も上がり、胸に抱えていた書類の何枚かが手から離れていく。

 ひらひらと落ちていく紙たちに気を取られて、手を伸ばした。

 すると、空中での姿勢が乱れてしまって――


「危ない――っ!」


 響いたのは鈴の音のようなきれいな声。

 だれかいる!? びっくりして下を向けば、そこにはつやつやの金色の髪と鮮やかな碧の瞳の女の子がいて……。


「こちらへ!」


 体勢を崩しながら、ふわふわと落ちる私をしっかりと抱き止めてくれた。

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