第13話 ここが悪いやつらの巣です

 装備の確認と置手紙を終わらせた私は、ベッドから窓枠へとよいしょと登った。

 両開きの窓の片側を押せば、ぎっと木の擦れる音が鳴ったあと、外へと開く。寝室は二階なので、下を見れば結構な高さがあるが、【羽兎のブーツ】があれば大丈夫。

 とくに恐れもなく、ぴょんっと窓の桟を蹴って、飛び降りた。


「じゃんぷ!」


 一瞬の浮遊感。

 重力に従い、すぐに落ちていくはずの体は、【飛翔ジャンプ】の効果のおかげで、ふわふわとゆっくり降りて行った。


「ちゃくち、よし」


 【隠者のローブ】のフードが脱げていないことを確認し、とことこと歩き始めた。

 二階の窓は少し開いたままになってしまったが、仕方ない。父と母は夜にゆっくりと話をするのが習慣みたいだし、私がいないと気づくのはもっと後だろう。気づいたとしても、置手紙があるから問題なし。

 【察知の鈴】はいまだにチリンチリンと鳴っているし、近くにいるはずなんだけど――


「……いた」


 星明りを頼りに、家の周りを回ってみれば、何人かの男がうろうろとしているのがわかった。

 全員、黒い服を着て、口元には黒い布を巻いている。うん。非常に物騒な格好だ。圧倒的な不審者感。


「おい……どうだ」

「全然、意味がわかんねぇ……この村のここに家があったはずだろう……?」

「どうなってんだ……」


 不審者たちは全部で六人。前に来た人数の倍ほどいるが、どうやら、わが家を見つけることができないでいるようだ。

 ちょっとだけ観察してみてわかったが、【回避の護符(特)】はちょっとした精神干渉をしている状態なのかもしれない。

 不審者たちがわが家に歩みを進める。しかし、護符を埋めたあたりで急に足を止め、なぜか別の場所へ足を向けるのだ。

 本人たちは必死に探しているようだが、その姿は……マヌケだよね。わが家は目の前なのに、大人が六人も揃っていて、なんの手がかりも得ることができていないんだから。

 さすが【回避の護符(特)】。いい仕事をしている。

 思わずふふっと笑ってしまうと、話をしていた不審者の一人が私の笑い声に反応し、ザッと辺りを見回した。


「っ……! おい、今、だれかいたか?」

「いや……え、……どうだ?」

「俺たち以外は見えねぇが……」


 不審者が探しているわが家は目の前。そして、笑い声を立てた私はすぐ後ろに立っている。

 けれど、不審者の目にはなにも映っていなくて――


「くそっ、ここにいてもどうしようもねぇ。いったん帰るぞ」


 不審者たちの中で、一番大きな体を持つものが、手で合図をして、全員を集合させた。どうやら、一度引くらしい。

 まあ、こんな格好でうろうろしているのを村の人に見つかって、憲兵でも呼ばれたら困るだろうしね。


「……なあ、……俺、ちょっと怖くなってきた……」


 集合した六人のうちの一人がぼそりと呟いた。

 そして、それをきっかけとして、他のやつらもぼそぼそと話し始める。


「奇妙だよな……」

「ああ……こんなことあるか?」

「……俺、笑い声が……聞こえた……」

「だまれっ」


 不審者たちは恐怖を抑えていたようだが、さっきの一人の呟きで、それが漏れだしてしまったようだ。

 私から見ると、笑えるだけの姿だけど、当の本人たちにしてみれば、まさに今、怪奇現象に遭遇しているような気持ちなのだろう。

 星明りしかなく、黒い布で口元を隠しているから、表情はほとんどわからなかったけど、全員、顔色が悪くなっているように見えた。


「……もう、手を引いちゃだめなのか」

「そうだよな……たかが女一人だろ」

「今まで十分稼いだんだし、もういいよな……」

「……関わらないほうがいいんじゃないか?」

「なあ、もうこれ以上――」


 不審者五人がリーダー格の男に言い縋る。

 だが、リーダー格の男は「……うるさい」と、声を落として、五人に告げた。


「俺たちだけの問題じゃねぇんだよ。この街で仕事を続けたいならやるしかねぇ、今更引けねぇんだ」


 語気の強さに他の五人は黙る。

 そんな五人を見て、リーダー格の男は、先ほどよりも明るい声を出した。


「それにこれが成功すれば、上との関係が強固になる。今後一生、金には困らねぇぞ」


 リーダー格の男の布で隠された口元がにやりと上がるのを感じた。

 押し黙っていた五人にその言葉は魅力的だったようで、それぞれで目配せし合うと、「そうだな」と頷き合った。


「また昼に来ればいい」

「ああ。なんでこんなことになってるかはわかんねぇが、なんとかなるだろ」

「家がわからなくても、女だっていつかは外に出る。この村にいるのは間違いねぇんだから、それを捕まえればいいだけだしな」

「男のほうは何度も見てる。捕まえれば、女も出てくるだろ」

「いくら強いといったって、この村のやつらの人質にとれば、男を捕まえることもできるはずだ」


 わが家を怖がっていた不審者たちが、下卑た考えを次々にまとめていく。


「話はアジトに帰ってからだ。行くぞ」


 リーダー格の男はそれを一度止めると、わが家から離れていく。

 他の五人も話をやめ、男についていった。


「はぁ」


 思わずため息を吐くと、一番後ろを歩いていた不審者がビクッと肩を震わせて、振り返る。


「……なあ、今、聞こえなかったか?」

「いいや?」

「そうか……いや、なんでもない」


 【隠者のローブ】の効果は抜群で、私がいるあたりを見てはいるものの、目は合わない。私が声を立てなければ、気配も感じないはずだ。

 歩いていく不審者たちに置いていかれないように、私も歩いてついていった。

 そうしてたどり着いたのは、村から一番近い街。父が病気で動けなかった頃に母が働いていたあの街だ。

 街には魔物対策のために門兵がいて、基本的に夜間の出入りはできないようになっている。

 そんなに警備が厳しい街ではないので、緊急時や夜間の仕事があるものは出入りは可能。だけど、こんな不審者たちがどうやって街に入るんだろう?

 不思議に思っていたんだけど、不審者たちは気にせず、正門から街に入ろうとした。そこにはもちろん門兵もいる。

 きっと、捕まる。あるいは話しを聞かせてくれ、と別室に連れて行かれるんじゃないかと思ったんだけど――


「入るぞ」

「はい」


 ……スルー。こんな怪しい集団を全スルー。

 堂々と正門から街に入った不審者たちは、そのまま街を歩き、表通りの一本奥へと進んでいった。

 表通りにもたくさんの建物がぎゅうぎゅうに立ち並んでいたが、こちらのほうが隣との距離がない。夜だからわからないが、採光もあまり望めそうにない。

 不審者たちはそんな建物の一軒へと入った。

 木造三階建て。同じような造りの建物がたくさんある中で特徴的なのは、扉の上に掲げられた看板。


『スラニタ金融』


「やっぱりしゃっきんとりだ」


 『スラニタ』というのはこの街の名前。『金融』はそのまま金貸しの意味だから、非常にわかりやすい。

 母が生活費と父の治療費が必要だった際に、ここでお金を借りたのだ。

 表通りから一本奥に行ったと言っても、きれいな外観の建物で、まさかこんなことになるなんて、母にはわからなかっただろう。

 不審者であることを隠しもしないまま、正門に入り、まっすぐにアジト(とリーダー格の男は言っていた)に戻るなんて不用心にもほどがある。というか、街がこういう行為を許しているようにも見える。


「うえとかんけい、かぁ……」


 リーダー格の男が、五人に使った『上との関係が強固になる』という発言も気になるよね。

 そう考えれば、美人の母を売るためだけに仕組んだにしては、手が込みすぎている。……母は女神様みたいにキレイだからなぁ。

 ま、とにかく、今、私がやることは。


「じゃんぷ!」


 ぴょんっと地面を思いっきり蹴って【飛翔】。

 ふわっと浮いた体は重力を感じさせず、一気に木造三階建ての屋根まで飛び上がった。


「ちゃくち、よし」


 屋根にしっかりと両足を着ける。

 そして、地面にした屋根に向かって、右手を構えた。


「ねこのつめ!」


 言葉と同時に手を空中で振れば、【猫の爪】が発動し、屋根に向かって、五本の筋が走る。

 そして――


 ガラガラガシャーン


 木造三階建ての建物は、星空がとってもきれいに見える、吹き抜けになりました!

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