第11話 うちの子は天才 2
レニが護符により家を隠蔽した夜。
借用書が戻ってきたことで、今までのような働き方をする必要のなくなった夫妻は、ゆっくりと話す時間を設けることにした。
四人掛けのダイニングテーブルに三つのイス。夫妻は対面に座り、コップに注いだ白湯を飲み、ふぅとため息を吐いて――
「……これはどういうことだと思う?」
「私は……レニがなにかをしたんだと思っているわ」
「そうだな」
夫の真剣な顔に妻も真剣な顔で返す。
ダイニングテーブルに置かれた二枚の借用書。夫妻を悩ませていたそれが、いともたやすく帰ってきた。……たった三歳の娘の手によって。
「村の一人が俺の猟場まで駆けてきて、いつも見ないやつが家に入っていったって聞いたときは胆が冷えた。やつらを追い払って間に合ったと安心したのに、レニがいないとわかって、生きた心地がしなかった……」
「私もよ。たしかにクローゼットに隠れてもらったはずなのに、クローゼットにはこの紙だけなんだもの」
夫妻はレニがいるはずのクローゼットを開けた瞬間を思い出す。どう見ても姿がない。呼んでみたが出てこない。レニのことだから、クローゼットよりもっと安全な場所へと隠れたのか、と家中探したが、どこにもレニがいなかった。最初に探したクローゼットをもう一度探してみれば、そこから出てきたのは、この家には不相応な立派な紙。そして、書かれたたどたどしい文字で――
「『おまかせあれ』か……」
「この言葉はね、レニがときどき使うの。一緒に過ごすようになって、私がちょっと困っていると『れににおまかせあれ』って言ってね、いつも問題を解決してくれて……。だから、レニがなにかしてるんだってすぐにわかったんだけど、まさか借用書まで……」
ダイニングテーブルの二枚の借用書。レニが取り返してきたもの。それを見る夫妻の目は複雑な色をしていた。
「……私がここにいて、レニがここにいる。それを悟らせたくなくて、ずっとやってきたのに……」
「この借用書を公に出されては困る。だから言われるままに金を払ってきたが、もっと考えるべきだったな……」
夫妻とて、法外な借金の取り立てに、策を取るべきか話し合ってはいた。だが、結局は幼いレニに少しでも危険がある方法は取りたくなかった。
それが消極的な方法であるとはわかっていたが、金を払って納得してもらえればそれが一番だったのだ。だが――
「そのときが来たのよね……」
「そうだな。レニは機を逃さなかった。……自分で道を選んだんだ」
「……そうね」
夫妻は二人で頷き合い、泣き笑いのような表情をした。
「本当に、生まれてきてくれたのがレニでよかったわ」
「ああ、そうだな」
「きっとレニじゃなければ、乗り越えられなかったと思うの」
「レニは最高の娘だ」
二人がいつもいつも繰り返す言葉。
何度も何度でも。
「レニは天才だわ」
「そうだな天才だな」
夫妻はその思いを強くした。そして同時に――
「私たちには隠せ通せない」
「せめて、もう少し大きくなるまでは、と考えていたが……」
家族で。この村で。
たった三年。借金に追われ、家族水入らずで過ごすことはあまりできなかった。
けれど、夫妻にとっては大切な日々だった。
「……私が、あの子に連絡を取ってみます。きっとレニを守ってくれる」
「そう……だな……。ああ。そうしてくれ」
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