第9話 【猫の手グローブ】はとても強いです

「まずはひとり」


 衝撃波の反動が私に来たらどうしようかと思ったが、さすが付加に付加を重ねた【猫の手グローブ】。反動はなく、私自身への影響はゼロだ。


「な……なんだこれ……」

「どうなってんだ……?」


 お星さまになった借金取りの行方を目で追った残りの二人がぽかんと口を開ける。

 私はそんな二人に向き直りながら、両手を合わせ、力を入れた。すると、ピンク色のかわいい肉球からキュムキュムと音が鳴る。


「おい、お前なにをしたんだ」

「ぱんちです」

「あ?」

「しゃくようしょをください」

「くそっ! 大人を舐めてんじゃねぇぞ!!」


 ちゃんと質問に答えて、丁寧語で話したのに、借金取りは額に青筋を浮かべた。そして、二人のうちの一人が怒鳴り声を上げながら私に向かって走ってくる。

 私はそれを見ながら、冷静に左の【猫の手グローブ】の爪を出した。ほら、猫って爪を出したり引っ込めたりできるでしょ? この【猫の手グローブ】もそういう機能があって、私の意思で自由に爪を出せるのだ。

 というわけで。


「ねこのつめ!」


 私へとたどり着くまで、まだ時間がかかりそうな借金取りを見ながら、左手を振り上げる。そして、借金取りがこちらに来ていないにも関わらず、右下にかけて袈裟斬りにし、空間を切り裂いた。

 その途端、空間が五つに裂け、まっすぐに借金取りに向かっていき――


「おほしさまになぁれ!」

「ぐあぁああ!!!」


 ――キラン


 私に向かって走り寄っていた借金取りは。切り裂かれた風に呑まれ、空の彼方へと吹っ飛んで行った。


「これでふたり」


 飛んで行った空を見上げて、ふむと頷く。

 【猫の爪】は対象物のそばまで近づいて攻撃する、近接技だ。でも、これも付加に付加を重ねたおかげで、中距離攻撃として風を起こせるのだ。ここでもしっかりと機能してくれた。


「お……おまえ……」


 最後の一人。残った借金取りを見つめて、両手を合わせて力を入れる。すると、また、ピンク色の肉球がキュムキュムと鳴った。


「しゃくようしょをください」


 一応、三人の中では一番えらそうにしていた人を最後に残してみた。

 この人が借用書を持っていて、素直に出してくれるといいんだけど……。

 腰が抜けたのか、座り込んでいる借金取りへと近づいていく。すると、借金取りはわかりやすく顔を青くした。


「わ、わかった、待て、出す。……っ出すから!!」


 そう言いながら、止まれ止まれ!! と、私に向かっててのひらを向けてくる。

 私としては借用書をもらえればそれでいいので、大人しくその場にぴたりと止まった。

 男は、ほっと息を吐くと、急いで胸の辺りを探った。手を入れたのは、ベストの内ポケット。そこに借用書が入っていたのだろう。


「ほら、見ろ、これだろ!? それともこっちか!?」


 そう言って、男が見せてきたのは二枚の借用書。詳しいことはよくわからないが、長々とした文章と、一番下には名前と血判が押されているようだ。一枚は――母の名前。もう一枚は――だれだろう?

 ……あれかな? 借金取りたちが言っていた、父を売った仲間の借金ってやつかな?

 父は私たちの生活だけではなく、父を売った仲間(もう死んだみたいだ)の家族も養っていると言っていたから、これももらっていけばいいだろう。


「このむらのしゃくようしょはこれでぜんぶ?」

「え、あ……この村の借用書……? いや、まだ……」


 私の質問に借金取りがもごもごと答える。どうやら、これだけではなく、まだなにかあるようだ。でも、まずはこの二枚だけあれば、用は済むだろう。


「ほら、ここだ、置くぞ」


 借金取りはそう言うと、胸元から出した二枚の借用書を地面の上に置き、石を重しにした。

 なるほど、取りに来い、とそういうことか。

 私が一歩近づくと、借金取りは慌てて立ち上がった。抜けていた腰は治ったのだろう。借金取りはそろりそろりと距離を取り、借用書から1.5mぐらいのところで止まった。


 ――罠だ。


 借用書を地面に置くことで、それを取ろうとすると屈まないといけなくなる。そして、屈むということは、【猫パンチ】も【猫の爪】も使いづらい体勢になってしまうのだ。

 その間にこの借金取りは逃げ去るのか……。いや、1.5mの距離で止まったということは、そこから飛びかかれば、私を捕まえることができるという算段なのかもしれない。

 地面から拾い、こちらに持ってこいと言ってもいいけれど……。


「とりにいく」


 あえて。相手の策略にはまることにしよう。

 なんといっても私はまだ三歳。このまま借用書を持って逃げられると、追いかけるのが大変なのだ。

 【猫の爪】がうまく当たればいいが、当たったら当たったで、借用書ごとどこかに飛んで行ってしまう。借用書自体は手元に欲しい。


「ああ、ほら……」


 借金取りが顎で借用書を示す。

 私はそれに頷くと、すたすたと近づいていった。借用書を拾おうと体を屈めた途端――


「ひひっ!! やっぱり子どもだな!!」


 借金取りの笑い声とザッという地面を蹴る音。たぶん、私に向かって飛びかかっているのだろう。

 私はそれを一瞥することもなく、尾てい骨の辺りにあるものをヒュッと動かした。


「ねこのしっぽ!」


 ふかふかの毛皮で覆われた、滑らかに動く細長いそれが、飛びかかってきていた男の胸に当たる。そして――


「おほしさまになぁれ!」

「ひぎゃぁあああ!!!」


 ――キラン


 素早く、鞭のように動いたそれに弾かれた男は空の彼方へと吹っ飛んで行った。


「よし。さいご」


 さすが私。最強三歳児。

 ご機嫌にふふんと胸を張れば、頭の上についた三角の耳がピコピコと動いた。

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