第8話 とても怒っています

 家の外に出ると、借金取りたちは、わが家をあとにして、どこかへ向かうようだった。その背中に急いで追いかける。

 【隠者のローブ】はその役目をきちんと果たしているようで、借金取りたちの背後、2mのところまで来ても、まったく存在に気づかれることはなかった。


「いってぇ、くそっ」


 そこまで近づけば、借金取りたちの声がしっかりと聞きとれる。借金取りたちは三人。父と戦ったときに負傷したのか、一人は肩を押さえ、あとの二人は腰をさすっていた。


「やっぱりあいつは強いな」

「ああ。普通に相手してちゃ敵わねぇ」


 借金取りたちはちっと舌打ちしながら、父についての話をしているようだ。悔しそうな声音で話す二人。だが、もう一人は、ひひっと嫌な感じで笑った。


「でも、あいつも魔物の前じゃ形無しだっただろ? 仲間を庇ってケガをしてよぉ。まさかその仲間が俺達に買収されてるとも知らないで」

「だな。まんまと罠にかかってくれたもんな」

「そのまま死んでも良かったのに、生き残りやがってよぉ」


 その言葉に私は頭がスッと冷静になっていくのを感じた。借金取りの言葉でいろいろなことが腑に落ちたからだ。

 なるほど。おかしいとは思っていたのだ。父は腕のいい猟師だと言っていた。今日の借金取りたちとの戦いを見ても、かなりの戦闘スキルを持っていると考えられる。

 その父がなぜ、いつもの狩り場、いつもの獲物だったはずだったのに、ケガを負い、そこから病気になってしまったのか。

 父の慢心でもなければ、運が悪かったわけでもない。


 ――最初から仕組まれていた。


 そういうことだ。


「あのまま死んでくれたら、生活に困った嫁に声をかけて子どもごと引き取る予定だったのになぁ」

「子どもは女だったんだろ? 惜しいことしたよなぁ。あの嫁の子どもなら高く売れたはずだろ?」

「終わったことを言ってもしかたねぇ。とりあえず嫁に金を借りさせて、今は儲けてんだからいいじゃねぇか。そろそろ嫁も手に入りそうだしな」

「まあな。あいつ、庇ったけど死んだ仲間の家族も養おうとして、金を出してんだろ? 馬鹿だよな。その仲間は俺たちに買収されて、あいつを売ったのに」

「その仲間に無理やり借金を作らせて、あいつを売るように仕向けたのも俺たちだけどな」

「どうせ殺すつもりだったが、魔物に殺されてくれてラッキーだったな。死んでなお俺たちの役に立ってくれるなんてなぁ!」

「この村のやつらはちょろすぎるな」


 借金取りたちが顔を見合わせて、ひひひっと笑う。

 その声を聞いていると、胸がムカムカとしてきて――


「あいてむぼっくす」


 ぼそりと呟けば、目の前に並ぶたくさんのアイテム。私はその中から【猫の手グローブ】を選択した。


「けってい」


 胸元に現れたのは、ふかふかの毛皮とぷにぷにの肉球を持つ、かわいらしい手袋型の装備品【猫の手グローブ】。こんなかわいい見た目だが、武器で種類は双剣。錬成にはたくさんのSS素材が必要で、攻撃力も強く、私がゲーム内でずっと愛用していたものだ。

 追加素材で錬成をし続けたために、ほとんどの敵はワンパン。メインクエストの最終ボスもツーパンで倒せるまでになっていた。

 それを両手につけ、ぎゅっぎゅっと手を動かして、調子を確認する。

 うん。いける。三歳児の手にうまく入らず、使えなかったらどうしようかと思ったが、【猫の手グローブ】はしっくりと私の手に馴染んだ。


「ちょっといいですか」


 借金取りたちに声をかけながら、目深に被っていた【隠者のローブ】のフードを上げる。こうすれば、借金取りたちも私のことが見えるはずだ。

 借金取りたちは突然聞こえた声にびっくりしたようで、その場でぎくりと体を凍らせた。


「しゃくようしょをください」


 私の言葉に、借金取りたちが振り返る。

 そして、私の姿を見た途端、ふぅと息を吐き、わかりやすく緊張を解いた。


「おい、なんだ子どもじゃねぇか」

「なんだおまえ、あっち行ってな」


 借金取りの二人はすぐに私から興味を失くしたようで、しっしっと手を動かし、追い払う仕草をした。

 だが、一人は私の顔をまじまじと見て――


「おい、待てよ。見ろ、すげぇぞ」

「「あ?」」


 借金取りたちの視線、すべてが私に注がれる。借金取りたちはしばらく呆けたように私を見たあと、ごくりと喉を鳴らした。


「本当だ……これは、これは……」


 借金取りたちはさっと視線をかわし合う。その瞬間、心の中で舌なめずりしたのが簡単にわかった。

 こんなにわかりやすくていいの?

 借金取りたちの態度に胸のむかむかはより強くなる。

 借金取りたちはそんな私の胸中など知らず、不自然なほどの優しい笑顔を私に向けた。


「お嬢ちゃん、どこから来たんだい? おじさんたちに道案内してくれるかな?」

「ちょっと道に迷っちゃったんだ」


 にこにこという擬音が似合う笑顔。

 私は真顔でそれを受け止めると、すたすたと近づいて行った。


「お、案内してくれるのかい?」

「優しいお嬢ちゃんだねぇ」


 借金取り二人が私の気を引く。もう一人はというと、荷物を下ろし、なにかを取り出しているようだ。それはたぶん――


「ろーぷとぬのぶくろ」


 なるほど。油断させ、借金取りの二人が私を捕まえる。そして、もう一人の借金取りが用意したロープで縛り、布袋に入れてさらうつもりなのだろう。


「つかまらない」

「「は?」」


 借金取り二人が近づいた私に手を伸ばす。私は捕まらないように右に避け、そのままもう一人の借金取りへと走り寄った。


「ねこぱんち!」


 脇を締めて、右手をしっかりと引く。左足でしっかりと踏み込み、体重を乗せたパンチはロープと布袋を用意していた男のお腹にしっかりと入った。

 そうは言っても、ただの三歳児のパンチ。みぞおちに入ったとしても、ちょっと痛いだけですぐに復活できるだろう。

 だけど――私が追加素材を重ね、たくさんの効果を付加した【猫の手グローブ】で【猫パンチ】を繰り出せば、三歳児のパンチが衝撃波となる。


「おほしさまになぁれ!」


 言葉と同時に借金取りのお腹の辺りに空気が圧縮される。

 そして、圧縮された空気は借金取りの方向に一気に解放されて――


「――ッどぅわぁああっ!!!」


 ――キラン


 ロープと布袋を用意していた男は、そのまま空の彼方に吹っ飛んでいった。

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