第7話 借金取りが来ました

 扉を叩く大きな音を聞いて、台所で作業をしていた母がすぐさま私の元へと飛んできた。そして、すぐそばにあったクローゼットを開け、そこに私を押し入れた。


「レニ、ここにいて。絶対になにがあっても出てきちゃだめよ」

「まま」

「ここから出ちゃだめよ」


 母は真剣な顔で念押しをすると、素早くクローゼットの扉を閉める。その途端、真っ暗な闇が広がった。そして、ほんのりと香る服の匂い。これは畑で獲れたB素材の石鹸草の香りだ。母がいつも洗濯に使っていて、私が改良した畑でたくさん獲れたもの。

 いつもの匂いをくんくんと嗅いでいると、ガチャンと大きな音がして、複数人の足音が聞き取れた。どうやら母が扉を開け、借金取りが入ってきたらしい。


「おいおい、この家、本当になにもねぇじゃねーか」

「ひでぇな」

「あーこれじゃあ利子にもなんねぇな」


 ぎゃははという品のない笑い声と、木の床に響くドスドスという遠慮のかけらもない大きな足音。この感じだと大人の男が三~四人ぐらいか。母は大丈夫だろうか。


「借りたお金はとっくに全額返しているはずです。家には来ないでくださいといってありますよね。さあ、出ていってください」


 大人の男、しかもこちらを見下しているような態度の複数人を相手にするなんて恐ろしいだろうに、母は冷静で毅然としていた。

 本来なら家に入れず、玄関先で対応したかったのかもしれないが、あちらがこの家に入ろうとすれば、母に止めることはできないだろう。それでも、早く家から出て行ってもらおうと言葉尻を怒らせる母に、借金取りたちはまた、ぎゃははと笑った。


「おいおい、それが金を借りたやつの態度かよ」

「俺たちが金を借りてくださいって頼んだか? そっちがお金を貸してくださいって来たんだろーが!!」


 ガチャーン!


 なにかが壊れる音がした。……割れたのは、きっと、テーブルの上にあったパンの入ったお皿だ。

 わが家は村のパン屋から、売れ残ったものをもらっている。野菜を収穫することはできるけど、パンを畑から採ることはできないから。

 母が早朝から働きに行って、好意でもらっているパン。大事な大事なパン。借金取りたちはそれの乗ったお皿をテーブルから払い落としたのだろう。


「いいか、借用書はこっちにあるんだよ。お前の名前が入った借用書だ。公的なものだからな」

「……ですから、そこに書いてある額はすべてお支払いしました」

「ああ!? お前が毎月払ってたのは利子だっつってんだろ!!」


 ガターン!


 借金取りの怒声が響いたあと、クローゼットになにかがぶつかり、大きな音が鳴った。これは借金取りがテーブルを蹴り、吹き飛んだテーブルが偶然クローゼットにぶつかったのだろう。その瞬間、母が叫んだ。


「やめてください! 家で暴れるのはやめてください! お金は……払いますから……」

「あー? どうやってだよ? 足りねぇってずっと言ってんだろ?」


 母の言葉に借金取りたちがぎゃはは、と笑う。


「足りねーんだよ。全然足りねぇ! かといって、この家にも金になりそうなもんはなにもねぇ。……ああ、一つあるな」

「こんな美人なら、金になるもんな!」

「ずっと言ってんのに、首を縦に振らねぇからこんなことになってんだぞ」

「聞き分けが悪いよなぁ。お前がその身を売れば、借金はチャラにしてやるって言ってんのによ」


 借金取りの言葉から、雲行きが怪しい方向へ向かったのを感じた。これはあれだ。金じゃなくて、母自身を払えと言っている。

 たしかに母は美人だ。正直、女神もかくやというほどである。その母の身を手に入れたいと思うのは、おかしなことではなくて――


「それにしても残念だったな。お前に子供が生まれて、それが女なら、二人とも売れたのによ」

「本当に、子供が死ぬなんてなぁ。貧乏はやってらんねぇよな」

「ご丁寧に椅子も三つ用意してあるしなぁ。死んだ子供の分か?」


 ……え。私、死んでる……? いや、これは父と母が私を死んだことにした、ということなのかな……?

 突然の話に混乱していると、また足音がドスドスと響いた。どうやら、立ち止まっていた借金取りたちがまた乱暴に動きだしたらしい。

 そして、それと同時に、母の息を飲む音が聞こえた。


「おい!」

「……っ!?」

「これ以上、不幸になりたくなきゃ、いいから俺らと一緒にこい」

「やめてください、離して……!」


 母の悲鳴混じりの声。たぶん、手かなにかを掴まれて、連れて行かれそうになっているのだろう。

 もう限界だ。母が私を隠したそうだから、クローゼットに閉じこもっていたが、さすがに無理だ。私が死んだことになっているとか、いろいろと考えなきゃいけないけど、とりあえず、今はそれどころじゃない。


 ――借金取りたちをのす。


 心に決め、クローゼットの扉を押す。すると……。


「人の家で何をやってんだ!!」


 バタバタという焦った足音と、低く落ち着いた声ながらも、怒気をはらんだ声。父だ!


「離せ!!」


 その声とともに、足音は複雑に絡み合う。怒声と物音が響き、そして――


「二度とくるな」


 父の声は低く唸っているようだった。いつもの優しい声とは大違い。その声のあとに聞こえたのは、地面になにかが転がる音。きっと、借金取りたちが家の外へ追い出されたのだろう。父強い!

 というわけで、クローゼットから出ることを一度中断した私は、その中でそっと呟いた。


「あいてむぼっくす」


 アイテムボックス!

 そして、目の前に並ぶアイテムの中から一つを選んだ。

 選んだのは【隠者のローブ】。これは気配遮断の能力を持つ装備品だ。ゲームの中では、装備をすれば。敵に遭遇せずにマップを進めるというもの。

 それを取り出し、纏う。三歳の体は小さいので、すっぽりと頭から足まで覆えた。

 その状態でこっそりとクローゼットから出て、父と母には『おまかせあれ』と置手紙をしておく。

 玄関まで行くと、父が母を抱きしめていたが、横を通っていく私に気づくことはなかった。こちらを見ていた気がするが、声をかけられることはなかったので、このローブは気配遮断というか、透明化しているのだと思う。

 この状態で私が行うこと。それは――


 ――さあ借金取りのあとを追いましょう。

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