第2話 エリック! 十八歳の軌跡~かけあし青春組~
昼間からやって来るお客はなく、夜は閉店。
売り上げは主にマニアな層からの支持と、ブロマイドの売却によって成り立っている。
「シラギクちゃん、今日もトップの売れゆきだったわよぅっ、おめでとう!」
「わーお! 死んでもいいワ」
「ハイ、お給金ね。明日もがんばってね」
「ありがとうございますぅっ」
店を出ると、用意周到なアリサが、噴水の前で待っていた。
「シコミはOK.だったわぁ。ドジっ娘店員ちゃんっ」
「シコンでないですぅっ!」
「だけど長くつづけない方がいいと思うぅ……まともな職につけなくなるからァ」
「わかってますよ……!」
わかっているらしい。
「それより何なんですかぁっ」
「かみつくのは店内だけにしてちょうだい」
アリサはシラギクをいなした。
白い相貌が夕暮れどきの蒼さに浮いている。
「今日の依頼はこいつよ」
シャラン、とした手つきで画像を雑居ビルの壁に映し出す。
黄色の頭髪が印象を左右する顔だった。
目も肌もオリエンタル系なのに、クジャクバトの尾羽のように襟足が開いていた。
『自分はエリックっス。あーもう、ダメ……てゆーかもう……がんばってるのにダメなヤツです。おにいちゃんってよんでくれる娘か、癒し包んでくれるおねーさん希望っス! よろしくっス』
意外と男前な声だった。
もっとも、ボイスチェンジャーを使っているかもしれない。
「こういうサイトにエントリーしちゃうところが、もうダメダメちゃんですね」
チャンネルを確認したシラギクが声を落として言った。
「でしょう? お願いされてくれる? サクラ」
「いいですよっ」
「ナイス! おねぇちゃん」
「せいぜい利用させてもらいます、エリックおにいちゃん……」
(姉さん、さすがワタシの好みを熟知してますね……)
けれど、上下のツイードに鉄下駄をはいているようなのはなんなのだろう。
「にゃーお……」
いつもの癖で、背後から忍びよってしまう。
シラギク、ちょい、と背中をつっつく。
「わっ、びっくりしたァ!」
「エリックおにいちゃん……」
「え? あっ、ハ、ハイ……エリックおにいちゃんで間違いありません!」
「どうして鉄下駄なんて、はいてるの?」
「どうしてって……ま、まぁ、オトコっスから! 己を、きたえないと! な感じで!」
「そーなんだー。そういう理由か……」
「えっ、あ、なんか自分、NGっスか?」
「ううん! そんなおにいちゃん、大好きよ! さ、行きましょうか」
一回のデートで五千円。
遊ぶとオプションがついて、お土産までもらえてしまう、おいしい夢のようなバイトであった。
デートの途中でも、相手が気に入らなかったら断ってもOK.むしろ拒否るとか萌え! なのである。
ただし、断っても大丈夫な相手かどうか、見きわめる目が必要だった。
基本料金は前払いだから、嫌いな相手にどうこうされる心配もいらない。
(ま、アリサ姉さんの選定眼は確かだけどね)
シラギクは、すっとエリックの腕に手をからめながら、海浜公園へと誘導した。
「えっ……と、このあたりなら、外人墓地が有名だなァ」
「え? 墓地ってオハカ? こわーいっ」
「あー、大丈夫。景色がキレイなだけだから……って、行ったことない?」
ふるふる、と首をあいまいに振る。
どうとでもとれる仕草。
「知らないってことは……この辺の娘じゃないんだナ」
さぐるような言い方にドキッとした。
シラギクは思わず、エリックの腕をはなした。
動悸が伝わってしまいそうだった。
「あー、いや。……どうしたの?」
「おにいちゃん、刑事?」
エリックは当たり前だが、首をかしげた。
「そんなことないよ。どうして? おびえてるの?」
「前にTVでデートショウホウは犯罪だって言ってた……」
「あー、デート商法って……たとえば?」
「デートしてお金をもらったら、売春だって……」
「で? 君は自分からお金を受けとったかい?」
ふるふる。
またあいまいに、けれど、決然とした目で首を振る。
料金は元締めから受けとったアリサ経由でもらっている。
「ね? 大丈夫。だから、もうちょっと一緒にいさせてくれないか……?」
本当はわかっていた。
警察に摘発されたらどうしよう、という顔をすれば、相手がこうくるのを。
だから、シラギクは、目に涙をうかべ、
「うんっ、エリックおにいちゃん!」
とびっきりのサービスをしたのだった。
ムギュ!
「意外とある――!?」
エリックは鼻血をふいて、卒倒した。
「あのまんま、置いて帰っちゃっても良かったんだけど……」
それはあんまりだし、とタクシー代を経費に追加する。
「アセったー。モロアセったわー」
アリサはそう言って、後頭部をポリポリとひっかいた。
「姉さん、この人何とかして」
シラギク、本日二度目の失態であった。
「別にいいわよ。でも、あたし、こいつのメンドーなんてみないから」
「へ!?」
「楽屋オチかー。それもいいけど、ビッとくるの描いてよ」
「よろこんで!」
アリサはひとつ敬礼すると、マムシドリンクの二本目を干した。
「アイ・サー! アイ・アイ・サー!」
そのまま机に向かって、バリバリと描き始める。
師匠のところへアシスタントに来た姉弟子が、土産を開きながら言った。
「アリサ、今月の代稿、くるっててよかったわー」
「ッス! アネゴ、ちょっとこれ見ておくんなまし!」
「いいよー。アリサもいいもん描くようになったねー」
「ッス! アザッス! ごー!」
完徹三日目の体にムチ打ったが、マムシドリンク二本では、心臓も脳神経ももたなかったらしい。
机の下で墜落睡眠。
「キャハハ、つまんなーい。こいつ殺しちゃえばいいのにー。受けると思うよー? アレ? アリサ?」
ザーッ!
キュッ。
シャワーを借りて、朝の風にあたって髪を乾かす。
目の下のクマは早くメイクで隠さなきゃ。
そんな素顔のアリサを知る者はない。
「ようし! ガンバロ! にゃんだフル! へ行こう!」
喫茶にゃんだフル! は超満員であった。
シラギクは、店員の格好をしているときは、お客に弱い。
「エリックさん、困りますぅ」
「自分、もう十八です。結婚してください!」
「ワ、ワタシはその……」
十四歳ですとは言えないのだった。
「バイトのかけもちは体に毒です! 自分が働いて、シラギクさんを支えますから!」
だってオマエ、まだ十八だろ。人生決めるには早すぎるし、十八であんなサイトに登録して情報抜かれてるヤツに安心して将来を任せられるかよ?
「あなたの未来を自分に預けてくださいっス!」
「ですから、あの、それは丁重にお断りしますと……」
何べん言えばわかるのだ。
シラギクは羞恥でますます赤面した。
その場のお客全員が、彼らを見守っていた。
「おっ! これイイナ」
「デガショッ! あたし渾身の力作でさァ」
「アリサァ! 編集さん来てるよ」
「ッス! アネゴ。モーさん、ナイスタイミングですぅ!」
「ふむふむ、デートした相手が、職場まで来てプロポーズする話かあ。じゃあこれ、編集部会議にかけますから」
「よろしくお願いいたしますっ」
「ハハッ、お願いするのはこちらですよ。六華先生のお弟子さんだから」
「それでも、よろしくお願いいたしますっ」
まかせとけ、とモーさんは胸をたたいてスタジオを出ていった。
「でもいいのー、アリサ。元ネタの彼……」
「シラギクの職場教えてっていうから、言っちゃったんスよねえ。仕方ないですよねぇ。勢いですよー。あんな夜中にタクシーで連れてこられちゃったら、参りますし」
「キチクー! でもおもしろいから、いんでない?」
「ッス!」
「結婚して下さーい!」
「きゃー、家までついてこないで下さーい!」
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