イッツァ・エンタテイメンツ!!

水木レナ

第1話 シラギク! 十四歳の軌跡~ネコミミドジっ娘店員~

「あっ」



 シラギクは、そんなつもりでは決してなかった。



「にゃーお……」



 あっつあつの紅茶を運んでいる途中で、こぼしてしまったのだった。


 まれに見る童顔をひきたてるばかりの黒目がちの瞳をうるませ、謝罪の言葉を口にしようとしたときだった。



「あーっ、なーにー? 湯気の立ったお茶、浴びせてくれるのー? このお店っ」



 絢爛豪華な派手なハスキーボイスがダメ押ししてくれた。


 人聞きが悪い。


 確かにこぼしはしたが、客には被害と言える被害はないはずだ――だってこの店には客自体、あまりいない。



 だから、シラギクの失態を見とがめたのも、顔を白く塗って、強引に色を抜いて染めたパサついたパーマの金髪女だけだった。


 シラギクは、厨房からモップをとり出してきてから、嫌なヤツめと心で抵抗した。


 彼女より一歳年下のはずの、この少女は、アリサ。



 声や仕草は大仰だが、その表情を見れば、およそ人間らしい感情の発露は全くなかった。化粧が崩れるからだろう。


 アリサは業界に入る前、いじめぬかれてきた娘である。


 それで他人が失敗するのを黙って見すごすわけがない。



 ふだん猫のように静かなこの娘の、ヘビのように冷酷な、もう一つの一面だった。



「お・ね・ぇ・ちゃーんっ」



 うふふん、と、やはり感情なんてなく嗤う。



「ワタシだって、好きで失敗したんじゃないですようっ」


「にゃんダラァッ? お客に口答えするのぅっ?」


「渋茶で六時間もねばってるお客様は迷惑ものですぅっ」


「そういう了見だから、お客が来ないのよ、この店っ」


「にゃ――! にゃんだようっ」


「うるうるしたって、ここに男はいないわよ」


「ここ、これは、そういう意味じゃありませーん!」



 結局、一杯八十円の渋茶を、シラギクがアリサにおごるハメになった。じゃんけんで負けたので。



「毎度アリー」



 夜来香の香をさせて、アリサは去っていった。



「あー、シラギクちゃん、今の人よく来るけど、なんの仕事してる人?」


「知りませんよっ。知ってても店長に言いつけるネタはありません!」


「よくできた店員だ。お客が来ないのは、教育が悪いからではなさそうね」


「にゃんだよぅ……ぐすっ」


「お客様の手前、甘やかすわけにいかなくてねぇ。ごめんねぇ」


「てっ、店長が何か一言でも言ってくれれば穏便に事はすんだのにっ」


「うん、でもマグロかっさばいてたからねぇ。シラギクちゃんも、もうちょっと客あしらいをおぼえてねぇ」


「にゃーお……」



 店内からまばらな拍手がわいた。


 物見高い客が喜んで事態を観覧していた。


 シラギクはうつむきながら顔を赤くした。



 地味顔だが、アリサと違って表情豊かである。


 黒いネコミミカチューシャをとって、奥へひっこむ。


 ぺりぺりと、飲食店にあるまじき長いつけヅメもはがして捨てる。



 お茶をこぼしたのも、店にお客がよりつかないのも、このいかがわしいツメのせいである。


 店の前では、客引きが、シラギクのブロマイドを「一枚千円! 買わなきゃソンソン!」とタタキ売りしている。


 そういう店なのだ。






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