シェーラザードと早朝

 起きて外を見てみると、外は心地良い青空が広がっていました。

 ぽかぽか陽気で、涼しい風がそよそよと吹いています。こんな時期に外でお昼寝をしたら気持ちよさそうですね!

 私は大きく伸びをすると、ご主人様の寝ているベッドに飛び乗って彼を起こしにかかりました。


『ご主人様、起きてください!』


 香りから察するに、初日の朝食は、白麦パンと甘い卵料理と野菜の煮込みスープだと思います。デザートは嗅いだことのない匂いなので分かりかねますが、ともかく美味しそうです!

 あ、まだ私たちの部屋には運ばれてきていませんよ? ただ、他の部屋に運ぶためにこの部屋の前を通ったので、その時に漂ってきた香りで判別したんです。

 ……うん、狼って嗅覚が鋭いですね。今実感しました。


『起きて朝ご飯食べましょう、ご主人様』


 それに、今起きないと九時からの授業に間に合いませんよ?


『ご主人様ー?』


 さっきから起こしているのに、起きる気配がない。意識が浮上する気配もない。

 ある程度成長してからは、ご主人様がこんなに深い眠りに入っている事なんてあまり無かった。今までと同じ起こし方をしているから、そういう問題でもない。


『(疲れているんでしょうか)』


 原因を頭の中で一通り探ったシェーラは、ベッドの上に座り込むと、アレンの寝顔を見てそう小首を傾げた。人間、疲れると眠りが深くなる──精神的に疲れている場合は逆の場合もあるが──と聞いたことがある。

 その法則に当てはめるとすると、ご主人様は疲れたという事だろう。子供でないのだから、八時間の睡眠で足りるはずである。実際、今までの生活では八時間で事足りていたのだから、やはり原因は疲れなのだろう。

 そう納得したシェーラは、今度は起こさぬように、そろりとベッドから床に下りた。

 まだ、授業が始まるまでは時間的な余裕がある。だから、ギリギリまでは寝かせておこう。尤も、それは朝食を抜かす事が前提だが。


『むー…』


 朝食を抜くのは、身体にも脳にも良くない。そして、三十分とはいえ今までと異なる時間帯に起こしたら、体内時計が狂ってしまうのでは。

 そう危惧する一方で、疲れているのなら時間の許す限りは寝かせておいてやりたいとも思う。

 いずれにせよ、いつかは起こさなければならないわけだが。

 二つの反する意見のどちらを取り入れるべきか──脳内で判定していたシェーラは、ふと思いついた。


『(私が手伝えばいいんです!)』


 決定事項、朝食の時間は削らない。ご主人様は早食いに慣れていないし、そもそも、食事を急かすのはかわいそうなので。そうなれば、自ずと削られるべきは支度の時間ということになる。というわけで。


『……』


 今日の授業は、外国語二教科と魔法学らしい。

 学校からの冊子によると、一限と二限が外国語の授業で、三限に魔法についての座学があって、午後からは初歩的な魔法を実際に使うのだとか。

 それぞれの授業に対応する教科書や参考書を見つけるべく、ダンボールの中をのぞき込む。…のぞき込んだものの、隙間なく積められていたために取り出すことが叶わず、シェーラはふさりとした尻尾を下げ、獣耳を伏せた。

 牙で引っ張り出して涎まみれになっても困るので、教科書は諦めることにして、シェーラは次に、違う箱から服を引っ張り出した。服専用の箱は幾つもあるのだが、その中で一番手前にあったものを頑張って開ける。

 中に入っていたのは、様々な洋服だった。デザインはそれぞれ異なるものの、例外なく高級な生地が使われている。ただ、装飾品がゴテゴテとしていないからか、嫌な高級さではない。


『(ご主人様ならどれでも似合いますけど…)』


 一番はじめに目に付いた、深紅がワンポイントとして使われている貴族服を着たアレンを想像して、シェーラは勢いよく尻尾を振った。

 機嫌が急上昇しているのが傍目からでも分かる。


『(貴族服っ)』


 そういえば、ご主人様がこういう服を着ているのは、あまり見たことがありませんね。今までずっと、見た目よりも機能性を重視したような服ばかり着ていましたから。

 ……いや、何を着てもご主人様は格好いいんですけどね! そりゃあそうです。元が良いですし。

 言っときますけど、ご主人様は容姿だけが取り柄じゃないんですよ? 外見も内面も最高なんですから! それに頭も良いですし、魔法だって(恐らく)すごく上手いですし、それに──


「……ぅ。…シェーラ?」

『おはよーございます、ご主人様』

「ん、おはよう。シェーラ」

『案外起きるの早かったですね。あ、起きて直ぐですけど、朝ご飯食べますよね? 枕元の呼び鈴もどきを押せば運ばれてくるらしいので、押してください』


 てしてしっと呼び鈴もどき(魔法具)を示すと、ご主人様は頷いてそれを押した。すると、その魔法具から淡い光が発せられる。どうから、これが了承の合図らしい。


「…シェーラ、早いね」

『え、そうですか? 妥当な睡眠時間だと思いますけど…』


 シェーラの不思議そうな表情が伝わったのだろうか。アレンはちらりと壁時計を一瞥して、「……うん」と納得した。


『今何に納得しました!?』

「いや…。ほら、あそこでは九時すぎに起きることもよくあったからさ。むしろ、七時に起きるだなんてあまり無かったなぁと思ってね」

『あぁ、今日からは遅刻厳禁ですからね。あの部屋だったら、いつまで寝ていても起こさない……というわけではないですけども──とにかく、今日からは七時頃に起こしますからね?』


 慣れてきたら七時半や八時頃に起きても大丈夫でしょうけど、暫くは七時に起こしますよ。ご主人様。


「まあ、起こしてくれるのがシェーラだったら何時でも良いけど」

『任せてください!』


 アレンの呟きに、シェーラは一声鳴いた。

 シェーラにとって、アレンを起こすのは日課の一つと化しているため問題ない。


『……ん?』


 一つ返事で頷いたシェーラは、やや時間がたってから、何やら思うところがあったらしく、首をひねった。アレンの「シェーラだったら」という言葉にひっかかりを覚えたシェーラは、そこから少し想像した。

 考えてみると、この鍵がかかっている部屋にご主人様と私以外が無許可で入って来るというのは中々にホラーですね。主に目的が分からないという理由で。ご主人様目当てなら納得しますけど──もちろん、そんな輩を私が見逃すはずありませんが。

 私、こう見えても狼ですから、嗅覚は多分鋭いですし! いやー、犬科で良かったです。これなら、寝ていても恐らく気付けますね。聴覚もそれなりに良いはずですし。

 ここまで想像しておいて何ですが、さっきのご主人様の発言はそんな意図なんて一切なかったと思います。そんなに深刻な声音ではありませんでしたからね。


「シェーラ、何か考え事?」


 下を向いてじっと微動だにしていなかったので、不審に思ったのでしょう。

 そんなご主人様に何もないと首を振ると、私は『そういえば』と思い出しました。


『ご主人様、今のうちに着替えませんか?』


 朝食がやってくる前に、と付け加え、ベッドから下りてさっき選んだ服を提示する。シェーラの『着たところを見たいです』と言いたげな期待のこもった視線を受けたアレンは、にべもなく頷いた。

 アレンが日頃から可愛いと溺愛しているシェーラの頼みを断るわけもなく、そこから朝食が運ばれてくるまで、ちょっとしたファッションショーが行われたのだった。


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シェーラザード【連載版】 紫夏 @sinatsu

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