シェーラザードと街巡り

『あそこ行きたいです!』


 街に出て最初に目に留まったのは、アクセサリー店でした。ショーウィンドウには、今年の流行らしい黒兎をあしらった、ブローチや髪留め、手帖など──様々な雑貨がずらりと並んでいました。

 兎はキャラクターものではなくシルエットだけなので少々大人っぽいですが、背景色が赤なので女の子っぽさも出ていて、少し背伸びしたいお年頃の女の子から大人の女性まで、幅広く愛用できる仕様になってます。

 女の子受けしそうですね。…語彙が乏しいので大層なことは言えませんけど、赤に黒の組み合わせって凄くかっこいいと思います!

 お店の中を見たいです、と鳴いて主張すると、ご主人様は慈愛の笑みを浮かべて頷いてくれました。

 やっぱりご主人様は優しいです!


『わぁあ…! あ、兎の他にも色々あるんですね』


 この動物シリーズは、ショーウィンドウに飾られていた兎の他に、小鳥、羊、犬、猫、蝶々がありました。

 それぞれの動物には象徴があるようで、説明文によると、兎は女性らしさ、小鳥は自由、羊は平和の象徴で、犬は忠誠、猫は救済、蝶々は新しい風を表しているのだとか。

 まぁ、年頃の女の子は、そんな意味まで気にして買わないでしょうけど…。でも、大人を対象にしているのなら良い配慮だと思いますよ。縁起担ぎに買われる方もいらっしゃるでしょうし。

 そして、それぞれモチーフとなっている動物ごとに色合いも違いますし──兎は黒兎に赤の背景、小鳥は白で背景色は水色です──並べられているのを見ているだけでも心躍ります。


『……でも、改めて考えると、わたしって兎や羊の天敵ですよね?』


 思わず誰に聞かせるでもない呟きが漏れる。

 これでも中身は人間ですから、兎や羊は食物というより愛でるものという位置付けなんですが……食べたいとは今のところ思いません。これは前世の食文化の影響もあるんでしょうけど。

 ともかく、前世でも動物嫌いでは無かったようで何よりです。……まあ、そもそも動物嫌いだったら、転生して狼になったと分かった時点で、相当大変なことになっていると思いますけど、まぁそれはさておき。


『このサイズなら羊の方がはるかに大きいと思いますけど、それでも怖がられるんでしょうか……』


 やっぱり、大きさがいくら相手より小さいからといって、種族がそもそも天敵の関係ですから、怖がられる可能性が高いですかね…。


『(狼は捕食者ですから、仕方のないことですけど)』


 そこは割り切るしか無いでしょう。

 ふぅ…と(人間であれば)ため息を吐いた私は、肩に座ったこの体制で首を回せる範囲でぐるりと店内を見回しました。

 店内に並べられたそれらの品々は、良質な割にそこまで値の張るものではなく、そんなに裕福ではない家庭の子であっても、せいぜい数ヶ月お小遣いを貯めれば手が届く範囲の良心的な値段プライス設定です。このプチ高級シリーズを持っていることにより、ちょっとした贅沢気分を味わえるってわけですね!


『ご主人さまー、ありがとうございました』


 このお店は女の子向けなので、男性であるご主人様にとっては、あまり居心地はよくないはずです。それでも、文句一つ言わずに店内に入ってくれるご主人様素敵です!

 ……とはいえ、ずっと好意に甘えているわけにもいかないので、頃合いを見て、そろそろお店を出ましょうかとお伺いをたててみます。


「あ、気に入ったのがあった?」

『はい?』


 なんてこと無いようにさらりと言われ、思わず聞き返しました。

 その私の反応から違うと悟ったのか、ご主人様は、


「シェーラの好みのものがあったら何でも買ってあげるよ。……だって、そのために街に出てきたんだし」


 最後にぼそりと呟かれた言葉に、私は目を丸くしました。

 まさか、ご主人様がそんなことを考えていたなんて思いもよりませんでしたが、ご主人様の優しい性格を考えればそれも納得できるというものです。…モテるんだろうなぁ。


『……』


 自分で出した憶測ですが、間違ってはいないでしょう。

 言わずもがな容姿は完璧ですし、その上性格もいいだなんて…っ!


『……ご主人様、悪女に捕まらないでくださいね』


 今まで外部との接触がほぼ無かったために純粋に育った彼は、そういうのに騙されやすいはずです。対処が面倒な女性と対決するのは気が進みませんが、ご主人様を守るためなら、なりふり構っていられません。

 ……今からでも、威嚇の練習をしておいた方が良いでしょうか…?

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