シェーラザードと捜し物

 連絡事項を聞き終えた彼らは、終了のチャイムが鳴るとほぼ同時に教室を出た。

 他のクラスメートたちは、新しく構築したグループの人たちと集まってわいわいと騒ぎ出す。一限の45分間だけでは物足りなかったようだった。

 まあ、全員が全員教室に残るなんて事はなく、数名は遣い魔を連れて早々に教室を後にしたが──彼らも、その内に含まれていた。


「じゃあ、行こうか。シェーラ」

『はーい』


 潔く返事をした銀狼が、尻尾を一振りして助走も付けずに主の肩へと跳躍する。

 一寸の狂いもなく目的の所へと着地した魔獣へと、男子生徒が声をかける。


「午後は自由だけど、どうする? 必要な物はすでに部屋に運ばれているらしいから、そこに時間を取られることはないし……あ、シェーラが望むのなら、街に出るのでもいいよ」


 街に出る、と聞いた瞬間にピンと耳を立て、きらきらと期待のこもった瞳で主を見上げる銀狼。

 見上げる、とはいっても、肩に乗っているからそれほど首を傾けてはいない。

 無意識なのだろうが、銀の美しい毛並みをしたふさふさの尻尾も、左右にゆらゆらと動いている。

 男子生徒は、その様子に楽しそうな笑い声を零した。


「それじゃあ、一旦部屋に戻ってお金を取りに行かないといけないね。…昼食は食堂でも取れるけど、どうせなら外で食べたいなぁ」

『賛成です!』


 呟きにも似た提案に、即行で同意の鳴き声を一つ上げる銀狼。

 ちなみに、彼女のテンションの上昇に伴って、尻尾も先ほどより激しく振られている。


「──ああ、着いたよ。ここが僕らの部屋だって」


 男子生徒は、ゆっくりと立ち止まると同時に、木で出来たドアの上部に付けられている金のプレート──枠組みは随分と凝った模様が画えがかれていて、その中心には深緑色の文字で『209』と彫られている──を確認してから、そう話しかけた。

 話しかけられた他方、銀狼の記憶上には部屋についての知識がなかったらしく、彼女は若干の戸惑いを浮かべつつも、分かったとでも言うかのように頷いた。

 無理矢理、自分を納得させたらしい。


『じゃあ、お財布を持って早く行きましょう!』


 続いて『それに、今日は晴天だからお出かけ日和ですよー?』と鳴いた銀狼は、主人の肩に乗ったまま部屋に入った。

 寮の部屋は、個室らしい。部屋とは言えども、家の中の一部屋というよりはマンションの一室といった造りだ。

 ドアを開けて入るとフローリングの床があって、そこをまっすぐ進めばリビングに着く。そこに行き着くまでの廊下の左右にはこれまた別の空間へと繋がるドアがある。

 ドアを開けて入った体制から見て、右手側が洗面所とお風呂(防水素材の扉で隔てることは出来るが、基本的な構造としては繋がっている)、左手側がお手洗い。

 今まで乗りっぱなしだった肩から降りた銀狼は、部屋を一通り見回った。その間にご主人様は財布を捜索しているので、その間の暇つぶしである。

 さっきまでの外でのように、ずっと彼の肩に乗っているとなると、互いに物色中の体勢がキツいだろうからと、それを配慮した結果である。

 彼はそれも考えて落とさないような体勢ではいてくれるのだろうが、それでは申し訳ない。いくら楽な体制にしたとしても窮屈さは残るだろうから──獣一匹が乗っているのだから当然だが──という考えだ。

 それに、銀狼のバランス感覚がいくら鋭いとしても、さすがにそれだけ不安定な場所に乗っているのは(主に精神的に)疲れる。


『(そもそも、今は外のように人がたくさん居るわけではないんですから、その必要はないでしょう。……それに、私は重いですからね。ずっと乗っているのは、ご主人様にはそれなりの負担でしょうから控えねば!)』


 自己完結した銀狼はそこでちらりと男子生徒の方を見た。

 どうやら荷物が多くて探すのに苦労しているらしいと見て取り、暫くはこうしていても大丈夫だろうと思われた。

 ──なんせ、自分が今まで使っていた物ではないのです(そもそも実物の財布を見たことがあるのかすら分かりませんが)から、探すのが大変なのは道理でしょう。

 私の嗅覚が役立つのなら喜んで捜索に参加しますけど、私にご主人様の匂いが全くない物を探せといわれても無理ですからね? というかむしろ足手纏いかと。

 ほら、私はこちらの世界の財布の形状なんて知りませんからね。

 ──というわけで、ご主人様頑張ってください!

 そんな応援の意味も込めてじーっと主を見ていた銀狼は、ふいに何かに気が付いた様子で、彼の体へと視線を移した。


『(……そういえば、ご主人様って、同年代の男子生徒と比べて痩せてますよね)』


 もちろん、幼少期からの生活が原因なんですけど。

 同年代と比べて食も細いんじゃないでしょうか。…成長期なのに!

 外で遊び回ってないからお腹がすかない、よって食べない、という。そういや、出された食事も時たま残していた気が…。


『(とすると、体力もないのでは……?)』


 日常生活するための最低限度の筋肉はありますけど、持久力や肺活量はないはずです。

 だとすれば、私がさっき乗っていた事は相当な負担になっていたはずですから──


『(今度からは、あまり乗らないようにしなければ……!)』


 心の中で、そう決意表明した銀狼シェーラは、タイミング良く掛けられた声に返答を返し、その声の主アレンの元へと走り寄ったのだった。

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