一人と一匹と喧騒

「アルフィオン伯爵家長男だろう? …電光石火、というのは魔法展開の早さによるのだと聞いたが」

「そ、そうだ…! 我がアルフィオン家は凄いんだぞ。なんたって伯爵家だからな」

「そう言われてもな…我が家も身分は同じなんだが? いや、この場合は、この学園では身分が関係ないのだから、そっちよりも魔法展開の早さを自慢するべきだと言うのが先か…?」


 ……えーっと。何なのでしょう、このカオス状態は。

 寝て起きたらこうなっていましたが、全く状況が掴めません。…どうしてこうなった。

 まったく意味が分からないシェーラは、こてんと首を傾げてアレンを見上げ、そう一声鳴いた。

 ちょこんと彼の膝に座り、経緯の説明を求める。


『…仲良くなったんですか?』


 それならば喜ばしいことです。ご主人様に友達が出来たという事なのですから。…まぁ、一般的な友達の会話ではないようですけど。

 シェーラがそのように推測していると、頭上から声が降ってきた。


「シェーラ、起きたんだね。おはよう」

『おはようございます、ご主人様!』


 アレンからの笑顔混じりの挨拶に元気よく返事をした後、キョロキョロと辺りを見回し始めるシェーラ。

 彼女は、ぐるりと辺りを確認した後に一言、


『……えぇっと、授業は?』

「あと数分で一限が終わるよ」


 どう聞いても、狼がただ鳴いているようにしか聞こえないのだが、何故かアレンにはなんとなくの意味が通じているようだった。

 シェーラはその事については深く考えずに、『なるほど』と頷いた。

 ちなみに、寝ている間の時計の針の進み具合から推測するに、授業時間は45分らしい。


『(…そういえば、これってホームルームに入ってるんでしょうかね?)』


 学校から事前に送られてきた予定では、ホームルームの後は解散するとの事でしたけど、もしかしてホームルームは二時間構成なのでしょうか?

 一時間目は自由時間(各々自己紹介含む)で、二限目に先生の話、みたいな。


『…まさか、二時間も自由時間にはしませんよね?』


 一抹の不安を抱きつつも、時間がくるまで、じっと膝の上で待つことにしたのだった。




◆◇◆◇




「貴殿はアルフィオン伯爵家長男なんだろう? …電光石火、というのは魔法展開の早さによるのだと聞いたが」

「そ、そうだ…! 我がアルフィオン家は凄いんだぞ。なんたって伯爵家だからな」

「我が家も身分は同じなんだが。……いや。この場合は、この学園では身分が関係ないのだから、そっちよりも魔法展開の早さを自慢するべきだと言うのが先か…?」


 その台詞を聞いた直後、二人の従者の顔色がサッと変わった。これまでも少し青ざめていたが、さらに青くなる──を通り越して、白くなった。

 その事に訝しげな視線を向けたアレンは、すぐに原因に気が付いた。…そういえば、彼らには身分を明かしていなかったな。

 僕の身なりから貴族だというのは推測できても、細かい身分までは分からなかったらしい。

 先ほどまでの態度は恐らく、僕の身分が自分たちよりも下だと思っての事なのだろう。彼らの喋りかけを黙殺していたことが、彼らの身分の高さに怯えて喋ることが出来ないのだと勘違いされた可能性だってある──そう考えると、二人の従者かれらも、伯爵家には及ばないにしろ相当上の身分なのだろうか。

 まぁ、従者たちがそれほどの身分ではなかったとしても、アルフィオン家との繋がりがあればそこそこ良い思いは出来るだろうから、思い上がってもやむを得ないだろうとは思うが。


「…うぉんっ」


 突然聞こえてきた声に反応してそちらを見下ろすと、いつの間にか起きていたらしいシェーラがこちらを見上げていた。

 紫の瞳と目が合う。


「(やっぱり可愛い…っ!)

──シェーラ、起きたんだね。おはよう」

「きゅー!」


 彼女の元気な声に呼応して、彼女自身のふわりとした尻尾が揺れる。

 そう一声鳴いた後、おもむろに辺りを見回し探査し始めたシェーラに、アレンは内心で首を傾げた。一体どうしたのかと、不思議そうに銀狼を観察していたアレンは、漸く一つの仮説を導き出した。


「…あと数分で一限が終わるよ」


 シェーラはさっき、時計の方を向いている時に一瞬停止した。だから、時間が気になるのだろうと思ってそう答えたのだが──…彼女シェーラが頷いたところを見るに、この返答で正解だったらしい。よかった。

 そっと胸をなで下ろしたアレンは、ふと彼らのこと(・・・・・)を思い出して顔を上げた。

 ──今の今まで、シェーラ以外に関することが彼の頭の中から抜けていたのは、普段の彼の行動から鑑みても、言わずもがなだろう。というか。


「そろそろ席に着いたらどうだ」


 もうすぐ一限目が終わるから、担任も来るだろう。

 その一言にビクリと肩を揺らし、そそくさと自席に戻っていく従者二人に対して、なぜかフレディ・アルフィオンは目の前から動こうとしない。

 アレンはそんな彼に、一体どうしたのかと眉を顰める。そんな訝しげな視線を受けた彼は、一瞬言葉を詰まらせた後、


「お、お前には負けないからなっ!」

「………はぁ?」


 ビシリとアレンを指差しそう宣戦布告した。

 された本人が、「何を言っているんだ?」と尋ねようと口を開きかけたところで、担任教師が入ってきた。

 その登場は、アレンにとっては間が悪かったが、他方にとってはそうでもなかったらしい。

 そんなアレンの心情を知ってか知らずか──おそらく分かってはいないだろうが──フレディ・アルフィオンは、担任が入ってきたとほぼ同時くらいに自席の方へと戻っていってしまったため、真意を問うことは出来ずじまいとなったのだった。


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