第12話 缶コーヒーが冷める前に

 彼の横顔はいつも凛としてみえる。缶コーヒーを飲む姿も、煙草を吸う動作のときも。


 深夜の住宅街は漠然とした暗い闇に包まれている。自分たちの足音以外には何もきこえない。その闇のなか、私は彼と缶コーヒーを片手に歩いていた。特に何をするわけでもないのに、いつも0時前に時間が合えば会い、深夜の散歩みたいなことをする。ずっと前から私は彼のことが好きで、たぶん、彼は私のことを何とも考えていなくて、だけどふたりで会う機会が多くて。だけど、気の許せる友だち止まりで終わってしまうような関係だと思うんだ。

 

 彼のどこが好きか。そう訊かれたら、私はほんの少し困る。長い指先や、私よりも頭がひとつ分高い背丈も、眼鏡を指先であげる仕草や、物知りなところも、話していると穏やかな気持ちになれるところも。だけど、彼のいいところは私のなかにしまっておきたくて、他のひとに知られたくない、答えたくないっていうのが正直な考え。

 逆に、嫌いなところは。と訊かれたら声を大きくしていえる私は素直ではないと思う。たとえば、ラーメンを食べているときに眼鏡が曇ると、それを服の袖で拭くことや、平気で私が気にしていることを言ってくること、背の低い私の顔を覗き込んで笑うことなんかも。

 ただこうして「深夜の散歩をする相手」でいい。なんて心の底から思っているわけではないけれど、振られると解っているのに告白して、ぎくしゃくしたらどうしようとか考えてしまうと言えずにいる。

 

 冬の澄んだ空気でいちばん星がきれいに見えるこの時期をふたりとも好きで、白い息を吐きながら、まだ温かい缶コーヒーを飲みながら、夜空に浮かんでいる、星座は何か考えていたときに、流れ星が一瞬見えた。


「あっ、流れ星みえた。ほらほら!見えたよね?」

 肩を何度も何度もたたいた。流れ星の見えた方向を指差しながら。

「え?どこどこ?」

「もう消えちゃったよ」


 彼にもみえたと思って、はしゃぎすぎた自分が急に恥ずかしくなって、-そっかあ。残念だなあ。とか言いながら髪の毛を指先でくるくるまわす仕草をして誤魔化してみせた。


「穂香ちゃん何かお願い事言えた?」

「一瞬だったから言えなかったよ」


「翔くんだったら何をお願い事した?」

「穂香ちゃんの彼氏になりたいってお願いするかな」


 そう言うと、私の顔を覗きこんだときに見えた翔くんの顔はいつもの皮肉な笑いなんかではなく、優しい表情をしていて、そのまま続けた。


「俺、穂香ちゃんのこと好きなんだわ」

「え?」

「本気だよ?」


 ほんの少し。ぬるくなった缶コーヒーを握り締めて、想像していなかった告白に、顔がみるみるほてって、-私も。そう一言いえば済むのに、言葉を発することを忘れたかのように、言葉が詰まって何を言っていいのかわからない。解らずに困りきって彼の横顔をみると。やっぱりその横顔は凛としていた。

 この缶コーヒーが冷める前に彼に告げよう。

 -ずっと、私も好きです。と。

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