第4話 あの夜を越えて

 失恋した。と言ってしまえば、どこも難しいこともなく、むしろどちらかと言えば単純なことなのだろう。だけど、恋愛がおわった。と言うとどことなくせつない気持ちになる。前々から、なんとなくそのような予感があったといえば本当のことで、私と彼は恋人から他人に戻り、別々の道を歩くことをつい先ほど決断したばかり。

 理由は簡単なようで難しい。私にとって、彼にとって「本物」を見失ってしまったから。-本物の愛とは?恋人の定義とは?優しさとは、思いやりとは…。それらは考えれば考えるほどに答えは出てこなくて、お互いの存在の意味が解らなくなってしまった。


 カフェから彼よりも先に出ると、涙のひとつも出てこずに、代わりにすっかり暗くなった夜を見上げたけれど、街灯りが眩しすぎて、星のひとつも見えずに、がっかりとした気分になる。案外、失恋も経験すれば慣れるもので、意外と自分の心はタフだったのかと考えながら人通りの少ない駅前の商店街を歩くと、アコーステックギターで演奏をし、歌っている男の子が目に入った。普段ならこの風景を見ても素通りするのに、なぜか今日は足が止まった。

 足がそこで止まったのは自分だけで、ほかの歩行者たちは立ち止まらずに歩き続ける。それでもギターを抱えながら歌うすがたに少しだけ見惚れていた。


「こんばんは」

 きっと、周りに誰もいないので、私に声をかけたのだろう。歌っているときとは全く別人の様なあどけない笑顔で。

「こんばんは、リクエストしてもいいですか?」

「どうぞ、なるべく応えますよ」

「失恋の曲とかって何か弾けます?」


 アコースティックギターが音を奏で始める。

 その瞬間、私の周りの空気が変わったのを肌で感じた。ワクワクするような、ぞくぞくするような、不思議な感覚に包まれながら。

 

 -次の曲は、あの夜を越えて。


 アルペジオから始まるイントロのその曲は、私のせつない心に響く。失恋したときに失恋の曲をリクエストするなんて、自分でも不思議な感覚に陥りながらその曲に耳を傾ける。


『不安のカーテンが閉まって

 遮られてゆく本当の感情 

 僕等はいつの間にか

 同じ目線で物事を見れなくなっていた 

 だけど愛しているんだ

 その気持ちは変わりなかった 

 

 優しさは何も言わないことじゃない

 大切なことは沢山言いあうことだったんだ

 不安だったあの夜を越えられるくらいに』


 優しいアコースティックギターの音色と調和する歌声。この溢れ出るなみだの理由は自分でも知っている。誰に見られても、構わないほど、深い深い感情の波に包まれる。私にとっても彼にとっても特別な存在。一緒にいて笑ったり、泣いたり怒ったりすること。それだけで良かったのだ、それだけで良かったのに。


 「ユイ?」


 後ろで先ほど別れたはずの彼の声がした。最寄り駅はひとつしかないから、寄り道をしていた私に追いついたのだろう。

 素直に今の気持ちを伝えてみよう。結果はどうなるか解らないけれど、正直に自分の気持ちを伝えなきゃいけない時がある。それが今だ。大丈夫、私は優しいアコースティックギターの音色と歌声に背中を押してもらっているから。

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