・・・終

 ああ、ほら、無理ばっかりするから。


 私が清野いちごから追い出されて一年。正直よく持ったと思う。私じゃなくてね。


 ずっと見守るだけで何もできない日々が続いたら、もしかしたら気でも狂っちゃうかもと思ってたけど、やっぱり私は清野いちごのネガティブの化身で、そういうことさえ、諦められる。


 だから、私のことじゃない。

 清野いちごは、自室でゲームをしている時に、笑いながら泣き出した。


 受験は終わり、お互い大学が決まり、もうすぐ来る卒業式を待つだけの二人は、ここの所よく通話をしながら通信ゲームをしていた。


 その最中で、恋人の話になって、愚痴を装った惚気を聞かされ、ふいに涙がこぼれてしまった。救いは、顔は見えていないことだ。


「ああごめん、もう眠いや」

 声だけだからつける嘘だ。


「もうこんな時間か。そうだな、寝とくか」

「うん。またね」

「おう」


 通話が切れる。涙をぬぐう。


 カーテンの隙間から漏れた朝の光に近づいて、窓を開けて空を見る。冷たい風が寝ていない体を撫でて、熱を持った頭を冷やしていく。


 だけど涙は止まらなかった。

 その背中を、私はそっと抱きしめた。触れもしないその体を、やさしく抱いた。


「もういいよ。もういいよ、清野いちご」


 聞こえていないのに、私は語り掛ける。


「これ以上はもう、辛いだけだよ」


 声は少し震えてる。

 朝日が嫌になるほど綺麗で、そのまま目が焼かれてしまえばいいとさえ思った。


「嫌いになる前に、終わりにしよう」


 私の体が、清野いちごのなかに溶けていくのがわかる。

 ここからは、私の出番だ。

 私が、ちゃんと諦められるようにする。


「……うん。ありがとう」


 消える間際に、私は私に、お礼を言った。きっと気のせいじゃない。


 こちらこそ、頑張ってくれてありがとう。


 これからは一緒。

 大丈夫、私たちなら、大丈夫。


 涙は止まった。肌に伸ばすように涙を払った。

 冷たい空気を吸い込んで、覚悟を決めた。


 我ながら、嫌な覚悟。


 思わず笑って、スマホを拾った。



                了

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

大好きのままでいるために リリィ有栖川 @alicegawa-Lilly

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ