第73話 彼氏の誕生日に風邪引く女

 2月のバレンタイン戦から数日…私はどうも身体が怠い…。

 まさかとは思うが、逃げ回っている時に風邪引いたのか?2月の寒空だもんな…。


「時奈さん…どうかした?あ、あのさ…実は2月18日なんだけど…」


「え?うん?どうかした?明日だね」

 私はお皿を洗いながら彼の話をボーッと聞いていた。

 彼はちょっと赤くなり言った。


「実は…僕の誕生日なんだよ」


「そう…誕生日…」

 なるほど。

 ん?

 たんじょうび…。

 バースデー?

 なんですと?もう一度お願いします?

 誕生日誕生日誕生日誕生日誕生日誕生日誕生日誕生日誕生日誕生日誕生日誕生日誕生日誕生日誕生日誕生日誕生日誕生日誕生日誕生日誕生日誕生日誕生日誕生日誕生日誕生日誕生日誕生日誕生日誕生日誕生日誕生日誕生日誕生日いいいいいいいい!!???


「と、時奈さん?おーい?」


「はっ!!」

 軽くトリップしかけた。


「えとあの…明日…誕生日なの?」


「うん、言ってなかったよね?時奈さんは確か3月だったね。まだ時奈さんは17歳で明日僕も17歳になるんだ!一瞬でも君と同じ歳になると思うと嬉しいなぁ」

 あっ…そっち…。そうだね。嬉しいの?

 ………。


 ブーブーブー!!

(緊急サイレン!!)

(おい!明日誕生日だなんて知っていたか?)

(もちろん、聞いていないので知らなかったであります!!大佐!)

(馬鹿やろう!!お前失格やぞ!彼女なのに彼氏の誕生日を把握していないとか!あり得ない!)

(すみません、自分…不器用ですから…)

(んなことよりどうすんだよ!誕生日プレゼントなんて!用意してねぇよっ!今日しかないじゃないかっ!)

 私は青ざめ、頭の中でどこに何を買いに行くかシュミレーションを繰り返した。


 そもそもこのイケメンに何をあげればいいんだ?今や大金持ちである彼にちんけなプレゼントを買ってもな。なら手作りのマフラーとか?日が足りねえ!!


「大丈夫、親衛隊には僕の誕生日の情報はバレていないはず。個人情報は友達にすら話していないしね…だから明日はその…」

 彼はますます赤くなり言った。


「二人きりで温泉にでも行こうか!?」

 だから学校おおおおおお!!

 だ、ダメだ…吉城くんの瞳がキラキラに輝いている!断れない!


「えと…あのどうせもう旅館とか押さえてるんでしょ?」


「あれ?よく判ったね?」

 そりゃぶっ飛んだ思考ですからあなた。有無を言わさないし。


「…うん、判った…行くよ…」

 私の様子に何か感じた彼は近寄り額に手を当てた。


「あれ?熱ある?」

 ゲッ!ヤバイ!


「ええ?ななな…何のこと??ないよ?そんなのないよ?私は元気ー♪」

 と歌う。

 しかし吉城くんはジィーっと私を見てはぁ…と溜息をついた。


「残念だけどキャンセルするね?時奈さんが風邪なら仕方ない」


「ま、待って!もう予約済みなのに!旅館の人は一生懸命準備してそうだし!」

 すると彼は怒った。


「そんなことより時奈さんの身体の方が心配だよ!無理して倒れたらどうするの?僕のことや旅館のことなんて気にせずに休むんだよ?」


「で、でも…せめて今日プレゼントを買いに行かせて?」

 すると彼は軽くペンッと額を打った。全く痛くない。


「何もいらないよ…」


「うっ…でもでもいつも私貰ってばかり…」


「時奈さんが元気になることが僕のプレゼントだよ!」

 の言葉に一気に熱が上がった気がする!いや確実にした!やばい!熱暴走が!


 そして彼は私を抱き抱えると私のベッドまで運んだ。


「だ、大丈夫だよ!ちょっと今怠いだけだし」


「いや熱が少しあるって言ってるでしょ?大丈夫じゃないよ…薬を持ってくるから着替えてて?戻るまでに着替えてないと僕が着せるよ?」

 とちょっと照れながら言うので


「わ、判った!着替えます!!」

 と言ってしまう。今は夜21時だ。もしかして安静にしてたら明日旅館へ行けるかな?


 彼が部屋から出て行き私は急いでパジャマに着替えた。シルクのパジャマでこれも彼に貰ったんですけど!!本当に何もかも揃えてくれるから私が用意できるプレゼントなんてない…。それでも熱出して彼の誕生日を祝えないのが悔しい!何てタイミングで風邪引くんだ!私の風邪のバカ!


 遠慮がちにノックされて吉城くんが薬を持って入ってくる。


「一晩寝れば治るかも!」


「…でも病み上がりに無理したらぶりかえすよ?また今度行けばいいよ、時奈さんの誕生日にでもね」


「ううっ!ごめんね、ごめんね」

 すると彼はよしよしと頭を撫でる。やはりもうどちらが年上か判らない。

 薬を飲まされ布団をかけられてキスされる。


「う、うつっちゃうでしょ!!」


「うん、移して?」

 と彼は微笑んだ。

 くっ!!このキラースマイルで風邪菌ども殺されないかな!


 それから彼は額に冷えピッタンを貼ってくれた。ひんやりで気持ちいい。


「何かあったら呼ぶんだよ?」

 と部屋を出て行く。

 優しい!好き!!そしてカッコいい!!

 しばらくして薬が効いて眠くなった私は夢を見た。


「時奈…誕生日おめでとう…ごめんなさいね?ケーキがなくてパンの耳で。でもここ!フルーツのクリームが少しついてるでしょ?」


「ほんとだ」


「フルーツサンドに使った耳だな…」


「ありがとう!お父さんお母さん!」

 そして私は仲良くパンの耳をかじった。

 その翌日、母のバイト先のパン屋の上司の子供が私に向かい言った。例の女王様だ。


「雪見さん!あなたの母親、昨日うちのママに余ったパンの耳なんか欲しいって必死で頼んでたわ!みっともない!これだから貧乏人は嫌なのよ!」

 クスクスと私は笑われる。世界で1人になった気分。貧乏の何が悪いのか。お母さんが悪いなんて思えない。お父さんだって働いてる。

 でも惨めでダサい私には誕生日がパンの耳でも良かったんだ。でもそれをバカにされて悔しい。


 とそこで小さな吉城くんが現れた!


「みっともないのはどっちだろうね?その醜い顔を鏡で見てみなよ?さっ…行こう時奈さん」


「吉城くん」

 私は彼の小さな手を握る。


 *


「吉城くん…」

 時奈さん…。

 さっき様子を見ようと部屋に入ると彼女はうなされてていた。彼女は


「パンの耳のどこが悪い…の…」

 と寝言を言っている。かなり辛そうだ。きっと昔の夢でも見ているのかな?彼女のことは出会った時に調べたから。


 彼女のイジメは小学校の頃からだ…。家が貧しく共働きの両親と貧乏だけど頑張って暮らしていたがやはり学校では差別が起こり彼女はイジメっ子のリーダーからイジメを受ける。彼女は散々パシリとして使われた。イジメっ子の父親が政治家の娘か何かで権力に逆らえなかったのだ。そしてその親は叔父の蔵馬の支援で当時当選を果たしたという。


 最初出会った時はここにも叔父の被害者が…と思ったけど、彼女を知るうちにだんだんとどうでもよくなってきた。イジメっ子の親は現在では僕が手回しして浮気疑惑でマスゴミに叩かれて引退した。


 僕はそっと手を握ると彼女は安心したように握り返した。


 *


 翌朝、熱は微熱だけど吉城くんが看病の為に休むと言って聞かない。

 誕生日なのに病人の看病とか申し訳なくてたまらない。


「早く元気になろうね?」

 とお粥を持ってくる。レトルトだけど。

 たぶん彼が風邪引いた時もこんなのを食べていたんだろう。料理に関心なさそうだもんね。早く元気にならないと彼はこんなレトルトやどっかのシェフが作ったものばかり食べるよね。いやシェフのが悪いわけじゃないけど。


 彼が温めたものをフーフーしながら食べさせてくれる。イケメンのフーフーとか!もう死ぬ!熱暴走またしそう!


 彼に風邪が移らないか心配で聞いたけど、彼は鍛えているしあまり風邪引かないようにしているようだ。それに万一なっても私から移ったと思うと喜ぶという。


「僕が風邪引いたら時奈さんにナース服着て看病してもらおう!」

 と言うので流石にそれは遠慮する。


「あっ…こんな状態だけど…17歳おめでとう…プレゼントあげれなくてごめんなさい」

 と言うと彼は嬉しそうに笑う。


「両親以外で好きな人からおめでとうって言われるのが何年ぶりかで嬉しいよ」

 と優しく抱きしめられたのだった。

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